罌粟けし)” の例文
たけなす薔薇ばら、色鮮やかな衝羽根朝顔つくばねあさがお、小さな淡紅色ときいろの花をつけた見上げるようなたばこ叢立むらだち、薄荷はっか孔雀草くじゃくそう凌霄葉蓮のうぜんはれん、それから罌粟けし
東京トンキンから持つて来た罌粟けしの種子を死骸で肥えた墓地に植ゑて見ると思ひの外に成績がよくてその特徴を発揮させることが出来た。
鴉片 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
特に自分の国に好意をよせ、出すべき舌を隠していてくれる場所であるだけになお彼にはこの罌粟けしの中の都会が恐るべきものに見えて来た。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
溝渠こうきょ廃址はいしの赤黒い迫持せりもちの下には白巴旦杏しろはたんきょうが咲いていた。よみがえったローマ平野の中には、草の波と揚々たる罌粟けしの炎とがうねっていた。
瑠璃草るりさう紫羅欄花あらせいとう罌粟けしの花、どんなに嫖緻きりやうよりも、おまへたちのはうが、わたしはすきだ。ほろんだ花よ、むかしの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
母の歩く道には真紅まっか罌粟けしの花が、長い茎の項に咲き、その花がゆらゆらと揺れて、母の行くのを危ぶむように見えました。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一体に白、水色、淡紅とき色などのかるい色のロオヴを着た女が多く、それ等を公園の木立こだちの下の人込の中で見るのは罌粟けしの花を散らした様である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
一年生として入学した年の夏、その丘の下いっぱいが色とりどりの罌粟けしの花盛りで、美しさに恍惚としたことがあった。
青春 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それからすこしあがったあたりと右の脇腹のところに甚松の身体にあったような文久銭ほどの赤痣が罌粟けしの花のように赤くクッキリと残っている。
顎十郎捕物帳:24 蠑螈 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いま花の眼についたは、罌粟けし、菖蒲、孔雀草、百日草、鳳仙花、其他、梅から柿梨茱萸ぐみのたぐひまで植ゑ込んである。
梅雨紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
青草の中に罌粟けしらしい花が澤山咲き亂れてゐる、油繪まがひの繪であつた。不圖、其處へ妹娘の民子が入つて來て
札幌 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
二人は、門からすぐ左に折れて罌粟けし畑とお茶畑との間の道を、睡蓮すいれんの花が咲いている小さい古池のみぎわに出ていた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
が、『蜻蛉とんぼ』及び『カリフォルニアの罌粟けし』もまたそれに劣らず美しいものであった。題目が踊りの振りや踊り手の心持ちとどう関係するかは知らない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
□三月上巳の節句とて往来し、艾糕くさもちを作ておくる、石竹・薔薇ろうさばら罌粟けしともに花咲く、紫蘇生じ、麦みのにじ始て見ゆ。
東京へ売出すのを目的に栽培された草花の畑には今、芍薬しゃくやくやら擬宝珠やら罌粟けし、矢車草などの花が咲き敷き、それに夕陽栄えがさして五色の雲のようです。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その花は菊、罌粟けし解脱母げだつぼの花、小木蓮しょうもくれん欝金香うこんこうその他種々の花が多く御殿の椽先に鉢植えで置いてあるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
せめてはレールのかたわらすみれが咲いて居るとか、または汽車の過ぎた後で罌粟けしが散るとかすすきがそよぐとか言うように他物を配合すればいくらか見よくなるべく候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
罌粟けしの花みてえな真紅な頬ぺたをしてるでねえか。これぢやあこの人の名前は、ツイブーリャ(玉葱)ではなくて、ブーリャク(赤蕪)か、それとも、こねえに人を
白い壁に、罌粟けしの花の油絵と、裸婦の油絵が掛けられている。マントルピイスには、下手へたな木彫が一つぽつんと置かれている。ソファには、ひょうの毛皮が敷かれてある。
故郷 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼女の罌粟けしの花の様な笑顔や、歌の様に甘い声を、汽車の動揺につれて目と耳に繰返した。彼は又、彼女が最後の日に舟の上で話しかけた、夢の様な恐怖を思出した。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして結局何の得るところもなく元の書斎へ戻ってくるとこれはしたり、僕の机の上に、くれないの罌粟けしの花束が、探していた花筒に活けて載っているのを発見した。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
説明が終わると、私達は許しを得て死体に接近し、罌粟けしの花の様なその姿に見入る事が出来た。
デパートの絞刑吏 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
その頃の女は、剃刀を使へるのが一つのたしなみで、しうとめの眉を剃つてやつたり、亭主の髯を剃つたり、赤ん坊の罌粟けし坊主を剃つたり、なか/\に利用價値があつたわけです。
が、ところどころへ、罌粟けし山査子さんざしの実、黄色いたんぽぽをぱっとあしらう。マチルドと区別をするためだ。彼は、笑いたくない。で、三人とも、それぞれ大真面目おおまじめである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
朱色の罌粟けしや赤椿などは前者の例であり、紫色の金魚草やロベリアなどは後者の例である。
雑記帳より(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
野バラが咲くと川の手長エビ、罌粟けしの花が咲くとキス、麦の花が散ると鮎といふ風に、昔から月令によつて釣暦が出来てゐる。大江戸の通人は雪の日でもタナゴ釣りをやつた。
日本の釣技 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
去れどこの世にての逢いがたきに比ぶれば、未来に逢うのかえってやすきかとも思う。罌粟けし散るをしとのみ眺むべからず、散ればこそまた咲く夏もあり。エレーンは食を断った。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ザラザラっと薬が咽喉に落込むと、ツーンと鼻へ罌粟けしのような匂いが抜けて来た……。
「何だツけねえ、その罌粟けしみたやうな奴は。叔父さんは何度聞いても忘れちまふ。」
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
まるで魔女の身ごなしだ。朱い唇が罌粟けしの花さながらに仰向いて何かあえぐ。……どうかしてよ! どうかしてよ! 彼女自身すら持て余しているものを身もだえに揺すぶるのだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いわく、レモン水、過度の運動、労役、疲労、石き、不眠、徹夜、硝酸水および睡蓮すいれんせんじ薬の飲取、罌粟けしおよび馬鞭草くまつづらの乳剤の摂取、それに加うるに厳重なる断食をもって腹をからにし
○柿、銀杏、竜眼肉、罌粟けしの如き菓物は収斂性食物にして便通を秘結せしむ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
その時奥さんは縁側えんがわに出て手ミシンで縫物ぬいものをしていました。顔は百合ゆりの花のような血の気のない顔、頭の毛はのベールのような黒いかみ、しかして罌粟けしのような赤い毛の帽子ぼうしをかぶっていました。
その皮粘りありて紙をすくに用ゆ。実もゆずに似て冬熟すれば甘美なり。『本草啓蒙』にその細子罌粟けし子のごとし。下種して生じやすしとあれど、紀州などには山中に多きも少しも栽培するを見ず。
罌粟けし粒よりも微小な鉛色の火薬が、砂時計が時を刻むように乳白の電球の中へさらさらと流れ込んだ。そうして、次第に口金の方から火薬が流れ込むに従って、だんだん鼠色に染め上げられて行った。
鼻に基く殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
非常にかさのある罌粟けし牡丹ぼたんの花がゆらぎ出たようでもあった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ひたすら卓上の罌粟けしくちびるを見詰めてる。
北原白秋氏の肖像 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
薔薇さうびの、罌粟けしうまし花舞ひてぞ過ぐる
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
罌粟けしの花を生けた白い水注みづさしと並んでね。
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
あかあかとおほゆめる罌粟けしのゆめ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
夕風に浮かみて罌粟けしの散りにけり
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
罌粟けしの、いよこの、もろさに
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
罌粟けしは風に狂う
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
あの燃えるような紅い花に、世界のありとある悪があつまっていたのだ。彼は罌粟けしからは阿片あへんの採れることを知っていた。
青草の中に罌粟けしらしい花の沢山咲き乱れてゐる、油絵まがひの絵であつた。不図、其処へ妹娘の民子が入つて来て
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
一面の罌粟けし畑、月光それを照らす。左方に領主の一子(公子)の住む高殿聳つ。その奥は断崖にして海に連なる。右方には音楽堂の姿背景バックにて現わる。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
せめてはレールの傍にすみれが咲いてゐるとか、または汽車の過ぎた後で罌粟けしが散るとか、すすきがそよぐとか言ふやうに、他物を配合すればいくらか見よくなるべく候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
罌粟けしはなあいの疲のねむり、片田舍の廢園。蓬生よもぎふなかに、ぐつすりねむるまろ寢姿ねすがた——靴のおとにも眼が醒めぬ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
そして、ここはまだ自分の考え及ばぬ罌粟けしの花の中だと思う心も次第につよまって来るのだった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
まんなかに大きい富士、その下に小さい、罌粟けしの花ふたつ。ふたり揃ひの赤い外套を着てゐるのである。ふたりは、ひしと抱き合ふやうに寄り添ひ、つとまじめな顔になつた。
富嶽百景 (新字旧仮名) / 太宰治(著)