“矯(た)” の例文
一たい、おまえは私に似て情熱家肌の純情屋さんなのに、よくも、そこを矯(た)め堪えて、現実に生きる歩調に性情を鍛え直そうとした。
巴里のむす子へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかもその修養のうちには、自制とか克己(こっき)とかいういわゆる漢学者から受け襲(つ)いで、強(し)いて己(おのれ)を矯(た)めた痕迹(こんせき)がないと云う事を発見した。
長谷川君と余 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
呼吸を矯(た)めていた、兵さんは、ウンと唸(うな)りながら、殆(ほと)んど奇蹟(きせき)的な力で腰をきった。が、石は肩に乗り切らないで背後(うしろ)に、辷(すべ)った。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
面白くてその夜もそこに宿って三日目にまた戦うて青竜例の通りというところを、猟師箭(や)を矯(た)めて赤竜に射中(いあ)てると海中に入って
政府はこの弊を矯(た)めるがために神仏混淆を明らかに区別することにお布令(ふれ)を出し、神の地内(じない)にある仏は一切取り除(の)けることになりました。
というのは、彼女は、こんご次郎の悪癖を矯(た)め、彼に上品な礼儀を教えこむという、母として重大な責務を負っていたのだから。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「私の長座を矯(た)めようとするなら、氏よ、自分の体から、優秀なるものをお捨て下さい」と。「罪の一半は氏にもあります」と。
小酒井不木氏スケッチ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
汝等手綱をとれるよりこのかた、拍車によりて矯(た)めらるゝことなければ、見よこの獸のいかばかり悍(たけ)くなれるやを 九四—九六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
黄色にすれば坊主(ぼうず)に似たりとか、紺色(こんいろ)にすれば職工みたいだと言い、何を着ても批評する人の心が矯(た)められぬ間は非難が尽きないものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
こういうものを矯(た)めるには、一つには国民の教養を高める他はないし、また経済的生活の保証を与えること、宗教をさかんにすること等である。
最近の犯罪の傾向に就て (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
夜遊びの癖を矯(た)めるのも困難だつたが、一度崩れたものを盛り返さうなどと云ふことは、考へるだけでも憂欝(いううつ)であつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
元来儒教の精神はかくの如き積弊を矯(た)むる事に心を尽くしたのであるが、その精神もついに未だ実現されずにいる。
しかもその結局は、これが為に彼ら姉弟が神教を矯(た)めて天皇を欺き奉ったという罪名を以て、罪科に処せられた事によってともかくも一旦は落着した。
道鏡皇胤論について (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
近くは三十年前の王政維新は、徳川政府の門閥圧制を厭うて其悪弊を矯(た)めんとし、天下に大波瀾を起して其結果遂に目出度く新日本を見たることなり。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
春雨に降りこめられたつれづれに、その弓を足で踏んで狂いを矯(た)めようとする、という意味ではないかと思われる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
角(つの)を矯(た)めて牛を殺す頑固派のパリサイ人を退け、他方では燔祭および犠牲、すなわち神殿の形式的礼拝を重んじて
樹(き)も縄(なわ)を受けて始めて直くなるのではないか。馬に策(むち)が、弓に檠(けい)が必要なように、人にも、その放恣(ほうし)な性情を矯(た)める教学が、どうして必要でなかろうぞ。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
なるべくその弊を矯(た)めて四海みな兄弟の交わりをなさしめんとの旨にて、その手段は一に英国政略に注目すべし。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
子どもを育てないやつが横着(おうちゃく)の仕得(しどく)をしてるという法もない。これはどうしても国家が育児に関する何らかの制度を設けて、この不公平を矯(た)めるのが当然だ。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
だん/\其(その)忘れる癖(くせ)を矯(た)め直して、心を落着け、恐れ多いことですが、総(す)べて聖(ただし)き御心のまゝに治めて入(いら)つしやる御神(みかみ)の見まへと思つて万事する様にしたら
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
貧乏を直そうと焦心(あせ)るために、誰へもやかましくなり、日吉の性質をも、強(し)いて矯(た)め直そうとするのだった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
も忍びて聞く、これキリストの医術にして、わがおごれる魂(こころ)を矯(た)めんがために、おくられたるものなればなり
その大食は自分でも害のある事を知っているからお登和さんが側にいて追々矯(た)め直して行けば必ず直る。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
彼女はその枝振りを心ばかり矯(た)め直して、正面にかけてある三社の托宣の掛軸を今更のように眺めた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
我国は此事件に由りて「ペロレー」の非行を矯(た)め得たるも、同時に日本政府は今尚ほ斯(かか)る非行を公行する未開国たる事実を正式に世界に暴露したるの結果を来せり。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
つまりわしは、長い間矯(た)め隠していたわし自身の癖を、すっかりさらけ出して、白髪白髯の黒眼鏡の外は、全く昔の大牟田になり切って婚礼の式場に現われたのだ。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
時勢は定信を起して老中となせり。定信起(た)てり、先づ従来の弊政を矯(た)め、文武を励まし、節倹を勤め、以て回復を謀(はか)れり。当時松平越州の名児童走卒も亦皆之を知る。
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
……この弊を矯(た)めるには演奏会で受けた感動を、その後に何か主動的な方法で表現しないではおかないという習慣をつければいい。それはどんな些細(ささい)な事でもかまわない。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
とすまし込んだ藤吉は、木の下へ立って黄色い花を矯(た)めつすがめつ眺めていたが、ぐいと裾を引上ると、浅瀬でも渉る時のような恰好でやたらにそこらじゅうを歩き始めた。
未だ書けそうだが矯(た)めて寝る。少し歩いて来て寝る。今夜は佳き夢があるだろう。(四、九)
斉泰の輩、もとより諸王の帝に利あらざらんことを恐る、詔を矯(た)むるの事も、世其例に乏しからず、是(かく)の如きの事、未だ必ずしも無きを保(ほ)せず。然れども是(こ)れ推測の言のみ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
後年夫の浅ましい性生活を矯(た)めようとしてひたすら神佛に祈願をこめつゝ悲歎と孤独の月日を送るべき運命にあった此の夫人も、結婚の当初は至って朗らかな少女であった。
百計尽きて、仕様がないと観念して、性を矯(た)め、情を矯(た)め、生(いき)ながら木偶(でく)の様な生気のない人間になって了えば、親達は始めて満足して、漸く善良な傾向が見えて来たと曰う。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
また民間ではこれを薬用に用いるので有名でもある。ドクダミとは毒痛(どくいた)みの意だともいわれ、またあるいは毒を矯(た)め除(のぞ)くの意だともいわれ、身体の毒を追い出すに使われている。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
そこへ矢島玄碩の二女、優善(やすよし)の未来の妻たる鉄が来て、五百に抱かれて寝ることになった、蜾蠃(から)の母は情を矯(た)めて、暱(なじみ)のない人の子を賺(すか)しはぐくまなくてはならなかったのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この男には、自然としか見えぬものでさえも、矯(た)め直す不思議な魔力があるのだ。と、巡査には、なにか人間放れのした神秘的なものを見るように、この男が薄気味悪くなってきた。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
……。尤も、定太郎のせいばかりじゃない。子供のときから親父のいいなり次第。張りのねえ男で、吝(しみ)ったれが盆栽を弄(いじ)るようにすっかり枝を矯(た)められてしまったせいなんでしょうが……
それは一個の人間の天性を矯(た)めることであり、神に嘘(うそ)をつくことではないか。
素地を矯(た)め、強いて純白をねらい、形をむずかしくし、絵附を丹念にし、一切を錯雑にして作り上げる。暇でもあるのか、かくして時間と精力とを浪費する。そうして醜いものを強いて作る。
北九州の窯 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼女はこの不正を矯(た)める為に(!)重吉に馴(な)れ馴(な)れしい素振りを示した。それは或は重吉には何ともないものかも知れなかった。けれどもお鳥を苛立(いらだ)たせるには絶好の機会を与えるものだった。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その詩に史上の事實を矯(た)め、聞くに堪へざる平字の連用をなしたるなど、皆笞(むちう)ち懲(こら)すべき科(とが)なるを。我はまことに甚しき不快を覺えき。かゝる事に逢ふごとに、我は健康をさへ害せられんとす。
鏨を取った片肱(かたひじ)を、ぴったりと太鼓に矯(た)めて、銀の鶏を見据えなすった、右の手の鉄鎚(かなづち)とかね合いに、向うへ……打つんじゃあなく手許(てもと)へ弦(つる)を絞るように、まるで名人の弓ですわね、トンと矢音に
村に図書館のようなものでも建てる世話をしてやる、悪い顕俗を矯(た)めてやる、屋根葺(やねふき)も手伝ってやる、必要なら車も引く、馬を追う、何でも社会的生活に大切なこと、これを向上するようなことには
僧堂教育論 (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
「生きの身をくだきて矯(た)めよ囚人(めしうど)の心おのづとさめて来たらむ」
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
師の愛に心を矯(た)めて生き来しに召されしと知るひと日おくれて
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
一(いっ)たい、おまえは私に似て情熱家肌の純情屋さんなのに、よくも、そこを矯(た)め堪(こら)えて、現実に生きる歩調に性情を鍛(きた)え直そうとした。
巴里のむす子へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
乞食の型とか牢屋の型とか云うのも妙な言葉ですが、長い年月の間には人間本来の傾向もそういう風に矯(た)めることができないとも限りません。
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
登らむために己を矯(た)むる魂よ、我に答へし者汝ならば、處または名を告げて汝の事を我に知らせよ。 一〇三—一〇五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
気の弱いことを矯(た)むるには、その弱い理由を考え、その理由からこれに処する方法を案出せねばならぬ。しかしてその第一の理由は身体にありと思う。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
箱根竹を矯(た)めて円蓋(えんがい)を作り、そのしほんに梯子段(はしごだん)を持たせて、いつぞやお話した百観音の蠑螺堂(さざえどう)のぐるぐると廻って階段を上る行き方を参考としまして