白刃はくじん)” の例文
裾野にそよぐすすきが、みな閃々せんせんたる白刃はくじんとなり武者むしゃとなって、声をあげたのかとうたがわれるほど、ふいにおこってきた四面の伏敵ふくてき
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
安岡は研ぎ出された白刃はくじんのような神経で、深谷が何か正体をつかむことはできないが、凄惨せいさんな空気をまとって帰ったことを感じた。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
平次の袖の下を掻いくぐって飛込む八五郎、その鼻の先へ白刃はくじんがスーッとなびくと、上がりかまちの破れ障子はピシリと閉じられました。
と言って、部屋を出ようとしたり、声を出そうとすれば、今にも喬之助の手に白刃はくじんひらめきそうに思われるのだ。玄蕃は、素手すでである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と、義竜の姿が忽然こつぜんと消えて、怪しい白刃はくじんへやの中に電光のようにきらきらとひらめくと共に、長井と篠山がばたばたとたおれた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼はうなじの上に振上げられた白刃はくじんをまざまざと眼に見るような気がした。同じように感ずればこそ、理兵次もはじを含んで遁亡とんぼうしたものに相違ない。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
今のふたりの立ち場は剣道の達人たつじんと達人とが、白刃はくじんをかまえてにらみあっているのと、少しもかわりはありません。気力と気力のたたかいです。
怪人二十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かつての自分のほこりであった・白刃はくじんまえまじわるも目まじろがざるていの勇が、何とみじめにちっぽけなことかと思うのである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
雖然けれどもどう考えても、例えば此間盗賊に白刃はくじんを持て追掛けられて怖かったと云う時にゃ、其人は真実ほんとに怖くはないのだ。
私は懐疑派だ (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
山内侯に見染められたのも、水戸の武田耕雲斎たけだこううんさいに思込まれて、隅田川の舟へ連れ出して白刃はくじんをぬいていどまれたのも、みな彼女の若き日の夢のあとである。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
人に金を借用してその催促に逢うて返すことが出来ないと云うときの心配は、あたか白刃はくじんもって後ろから追蒐おっかけられるような心地こころもちがするだろうと思います。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
白刃はくじんの下をくぐる千番に一番のカネ合いで、ついにあやか夫人が短剣を握って出演するに至りましたが、これは例外中の例外で、最後の一馬殺しをのぞいて
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
さかさに銀河を崩すに似ている飛泉に、碧澗から白刃はくじんなげうつように溌溂はつらつとして躍り狂うのであるから、鱒魚の豊富な年ほどそれだけ一層の壮観であるそうである
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
庄「誠に種々いろ/\御厄介に相成りました、余り不法を申しますから残念に心得、一言二言云うと貴方あなた白刃はくじん振廻ふりまわし、此の狭い路地を荒す無法の奴でございます」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
二人はあたかも白刃はくじんを抜いて立ち向った者がピタリと青眼せいがんに構えたように、相手のすきねらっていました。その瞬間、私は実にナオミの顔を美しいと感じました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかもその人影は、手に白刃はくじんを提げて立っていることに渾身こんしんから驚いて、わななかずにはおられません。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
東町奉行所で白刃はくじんしたのがれて、瀬田済之助せいのすけが此屋敷に駆け込んで来た時の屋敷は、決して此出来事を青天せいてん霹靂へきれきとして聞くやうな、平穏無事の光景ありさまではなかつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
此盲動的動作亦必ず人意にあらじ、人を殺すものは死すとは天下の定法ぢやうはふなり、されども自ら死を決して人を殺すものはすくなし、呼息せま白刃はくじんひらめく此刹那せつな、既に身あるを知らず
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
人の世のうつし身の男子にふより先、をとめのかの女は清冽せいれつな河神の白刃はくじんにもどかしい此の身の性慾をきよさわやかにられてみたいあこがれをいつごろからか持ち始めて居た。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
権力の座にヌクヌクとおさまっている大臣どもが、白刃はくじんの前でどんな正体をさらすか。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
白刃はくじんをふるって斬りこまれたり、闇討ちに遭いかけたことは、これまでたびたびあったことだし、そう言われれば、なるほどこれくらいの威かしに今さらびくつくこともいらないわけで
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
川上機関大尉の体が前かがみになったと思ったら、右手にさっと閃いた白刃はくじん
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
明治四年の鉄道敷設問題に際して我輩は刺されようとしたことが、なにしろ維新前後には殺伐さつばつの気がみなぎっていて、刺客縦横しかくじゅうおうの有様であったから、白刃はくじんひらめくくらいは覚悟の前で平気であった。
青年の天下 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ただ下枝は右にありて床柱に縛し上げられつ、人形は左にありて床の間に据えられたる、肩は擦合うばかりなれば、白刃はくじんものを刺したるとき、下枝は胆消え目もくらみて、絶叫せしはさもありなん。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただ、相手に白刃はくじんがあることだが、何とかだまして取り上げる工夫くふうはないかしら?——気違いに刃物、これほど危いものはない。待てよ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
横に白刃はくじん光流こうりゅうがその玉縄を下からすくったかと思うと、ぶらさがっていった四、五人が、たばになってまッさかさまに下へ——。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
顔を挙げると、いつの間に集まったか、三方から五六人の人数、棍棒と匕首あいくちを、中には二条の白刃はくじんさえ交えて
水戸みとの武田耕雲斎に思われ、大川の涼み船の中で白刃はくじんにとりまかれたという挿話そうわももっている。
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それはかの鵜飼うかいの四人であった。皆さっきのままのなりで、手に手に白刃はくじんを持っていた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
庄左衞門は堅いから向うで金を出したのを立腹して、一言二言ひとことふたことあらそいより遂にぴかつくものを引抜き、狭い路地の中で白昼に白刃はくじんひらめかし、斬合うという騒ぎに相成りましたから
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
白刃はくじんをつきつけられたような、わけの分らぬ恐怖がいつまでも背筋を這って止まらなかった。それでも彼はこの質問をきき忘れるわけには行かない。胴ぶるいをグッと抑えて、必死の構え。
現代忍術伝 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そもそも陵の今回の軍たる、五千にも満たぬ歩卒を率いて深く敵地に入り、匈奴きょうど数万の師を奔命ほんめいに疲れしめ、転戦千里、矢尽き道きわまるに至るもなお全軍空弩くうどを張り、白刃はくじんを冒して死闘している。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
己は白刃はくじんを胸にせられたと同様の脅喝きょうかつに襲われた事を感じた。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
予算一万貫、工人二万、京都の富豪たちにも、賦課ふかを申しつけた。——そして彼は虎の毛皮の行縢むかばき穿うがち、時には、手に白刃はくじんをさげて、外門の工を見廻った。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蓮様れんさまの寮で柳生源三郎が剣豪峰丹波みねたんば一党にとりかこまれ、くらやみの中にいのちと頼む白刃はくじん真綿まわたでからめられた「源三郎の危機きき」から稿こうをつづけるべきですが
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かねて文治と云う奴は、腕を突張つッぱって喧嘩の中や白刃はくじんの中へ飛込むと云う事は聞いてったが、仮令たとえのような儀があっても人の女房を手ごめに殺すとは捨置きにならん、拙者も元は右京の家来
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かれはふいに耳をたって、四、五けんばかりかけだしてながめると、いましも、ひとりの兇漢きょうかんが、皎々こうこうたる白刃はくじんをふりかぶって、ッぽけな小僧こぞうをまッ二つと斬りかけている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
安「こりゃアどうもしからん、白刃はくじんふるっておどすなぞとは、えゝ貞藏」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
寝ている守人の肩へ伸びた刹那せつな、もうだめと思ったか、むくりと起き上がった守人の手が夜具の下へ行ったかと思うと、隠していた帰雁が、白刃はくじんせん! おどり出たと見るまに、早くも捕手の一人
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一とかたまりの武者が白刃はくじんをそろえて前をふさいだ。みなおもてや全身を血にそめている死にもの狂いの荒木ぜいである。殊に、うしろへ駆け廻った幾名かは、栗山善助の背に眼をつけて
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松五郎殿が其のまきぬすんでくような次第と云わざるべからざる義だから、恐入り奉る訳ではない、なれど白刃はくじんって政府かみお役人の集会を蒙むるような事に於ては愍然びんぜんたる処の訳じゃア無いか
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)