満更まんざら)” の例文
旧字:滿更
「あの誘拐かどわかしなら、俺の方じゃもう検挙あげるばかりになっているんだ。満更まんざら知らねえ顔でもない兄哥に恥を掻かせるでもないと思ってね」
なかには埃塗ほこりまみれの手で、湯気の立つたスウプの皿を持つてゐるのを見掛けたと言ふからには、これも満更まんざら嘘だとばかしは言はれない。
併し、御逢いはしていないけれど、満更まんざら御縁がなくはないのですよ。あなたはもしや、北川きたがわすみという女を御存じじゃないでしょうか
モノグラム (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
されば満更まんざらあとかたのない話ではござりますまいが、御家来衆は兎に角として、殿様が左様な企てに耳をおしになりましたかどうか。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
御前おまへだつて満更まんざら道楽をした事のない人間でもあるまい。こんな不始末を仕出しでかす位なら、今迄折角かねを使つた甲斐がないぢやないか」
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
看護婦はコーラ・ワードといってすこぶる美人であったが、いつの間にかハリーに心を寄せ、ハリーも満更まんざら厭でない様子であった。
誤った鑑定 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
その友人が、後に私が発狂したと云う噂を立てたのも、当時の私の異常な行動を考えれば、満更まんざら無理な事ではございません。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おゝ、面魂つらだましひ頼母たのもしい。満更まんざらうそとはおもはん。成程なるほど此方こなたつくつたざうは、またゝかう、歩行あるかう、いやなものにはねもせう。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
写したとはいいながら原作が優れており自分も手間をかまわず丹念にやった仕事であるので、これならば自分のお礼の意味も満更まんざらではあるまい。
けれども一日の旅行を終りて草臥れ直しの晩酌に美酒佳肴びしゅかこう山の如く、あるいは赤襟赤裾あかえりあかすその人さえも交りてもてなされるのは満更まんざら悪い事もあるまい。
徒歩旅行を読む (新字新仮名) / 正岡子規(著)
それ故、たまたま醜悪な男に出会って、常識を脱した行動を受けて見るのも、満更まんざら興味のないことではなかった。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
赤くなったり青くなったりして星尾の物語るところは、満更まんざらうそであるとは思えなかった。彼はその変態性欲について大いに慚愧ざんきにたえぬと述べて、汗をふいた。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
器量の悪い女でも、周囲の者から何か云われると自分でも「満更まんざらではないのか。」と思い出すように。
マスク (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それで実験技術としては満更まんざら縁のない話でもないので、私の所の講師のT君が私の方をめて、その研究所へはいって、専心その方面の仕事を始めることになった。
原子爆弾雑話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その方自身の悟入の結果、わしの流儀に反対うらはらな、説を立てねばならぬことにならぬと、誰に言えよう? そうしたわしの心構えを、満更まんざら知らぬその方でもあるまいに——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ほんとに仏蘭西製のこの種の豪のモノが世界じゅうに散らばってることも満更まんざらうそじゃあないんだが、その多くは、女中つきで倶楽部くらぶなんかに出没するグラン・オペラ的な連中で
「さあ、幾らか気も変になっているか知れないが、所謂いわゆる狂人きちがいと云うのでも無いようだ。」と、安行は考えて、「彼女あれも俺のうち満更まんざら縁が無いでも無いのだ。お前も知っているだろう。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
織田家のうちには、わしの父や母方の縁故をたどれば、顔を知らぬまでも、訪ねて参ればわかる程度の知人は満更まんざらないこともない。けれど、初めが大事だからなあ。わけて問題は大きい。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一疋で穀六十ポンド、また豆ハンドレッド・エートを蓄うるものありとは仰山ぎょうさんな。しかしこの事を心得た百姓は、その巣を掘って穀を過分に得、またその肉を常翫するから満更まんざら丸損まるそんにならぬ。
子供の時分からいい着物を着たいなんていう欲望を余り持ち合わさなかった私ではあるが、でも余所行よそゆきの着物を買って来てやろうと言われて見れば、私とても満更まんざら嬉しくないことはなかった。
「ははあ、すると満更まんざら白痴はくちでもなかったんだね」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「急には出て来ませんが、——実は公儀隠密の手に入ったことと思い込んで、心配いたしましたが、満更まんざらそうでもなかったようで——」
もしそれがうまく行けば、そこは複雑な迷路みたいな町だし、夕暗のことだから、うまく逃げおおせることも、満更まんざら不可能ではなかった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
黄檗わうばく隠元いんげんが日本へやつて来た折、第一に払子ほつすを受けたのは、この独照だつたといふからには、満更まんざらの男では無かつたらしい。
「話しはそんなに運んでるんじゃありませんが——寒月さんだって満更まんざら嬉しくない事もないでしょう」と土俵際で持ち直す。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
行者の云うことがほんとうなら、同じ主家に奉公をした侍がこんな姿に落ちぶれているのは、今のわが身に思い合わせて満更まんざら哀れでないこともない。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それから、石ということを頭に置いて色々なことを試みさせて見ましたが、彫ることには心がないのではありませんから、なかなか満更まんざらではありません。
しかし、それ以来、僕の提供する材料が、嘘ではないと云ふ事が、僕の友だちの小説家仲間に、確証されたからね。満更まんざら莫迦ばかを見たわけでもないと云ふものさ。
創作 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
満更まんざら容色きりょうではないが、紺の筒袖つつそで上被衣うわっぱりを、浅葱あさぎの紐で胸高むなだかにちょっとめた甲斐甲斐かいがいしい女房ぶり。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
莫迦ばか——」男爵は、満更まんざらでもない様子で、ニヤリと笑って、真弓の逃げてゆくあとを、見送った。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それから一松斎は、満更まんざら、芸道にもくらからぬ言葉で、江戸顔見世かおみせの狂言のことなど、訊ねるのだったが、ふと、やや鋭い、しかし、静かさを失わぬ目つきで、雪之丞を見詰めると
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
西北にしきた寒風かんぷうに吹付けられながら歩いて行くと、何ともなく遠い行先の急がれるような心持がして、電車自転車のベルのをば駅路の鈴に見立てたくなるのも満更まんざら無理ではあるまい。
まだ始めて間もないのであるが、それでも人間のつめ位の大きさの角板が出来たこともあった。この調子では手のひら位の大きさの雪の結晶を作る話も満更まんざら夢とばかりはいわれなくなって来た。
雪雑記 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「ヘエ——そうおっしゃられると、満更まんざら考えたことがないではございませんが——、あまり事件が大きくて、私は怖ろしいような気がします」
それでも状袋が郵便函の口をすべって、すとんと底へ落ちた時は、受取人の一週間以内に封をひらく様を想見して、満更まんざら悪い心持もしまいと思った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
或は時平にも多少その方面の天分があったかも知れず、満更まんざらこれらの婦人たちの贔屓目ひいきめではなかったでもあろうか。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
もっと近い所、例えば風船の繋留所けいりゅうじょの真下からでも発射したとすれば、そして誰にも気づかれぬに森の中へ逃込んだとすれば、満更まんざら出来ないことでもありますまい
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
又盛衰記の鬼界が島は、たとひタイテイではないにしても、満更まんざら岩ばかりでもなささうである。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
其癖そのくせ、犬に吠えられた時、お弁当のおさいつて口塞くちふさぎをした気転なんぞ、満更まんざらの馬鹿でも無いに
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
雀のやうに質素じみ扮装みなりをして、そしてまた雀のやうにお喋舌しやべりをよくするものだとばかし思つてゐるむきが多いやうだが、女流教育家といつた所で満更まんざらそんな人ばかしで無いのは
そういって、もう音信たよりはないものと思いながらも約束は約束だから待っていますと、先方も満更まんざら打っちゃって置いたのではなく、五月の末になって、長谷川栄次郎からたよりがありました。
この露月の、萎れ屈している逍遙そぞろあるきに、満更まんざら理由のないわけでもありませぬ。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「よろしい」彼は満更まんざらでない面持おももちうなずいた。「ではこの装置を開けましょうが、爬虫どもを別の建物へ移さねばならぬので、その準備に今から五六時間はかかります。それは承知して下さい」
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「連れてっておれ、満更まんざら他人でもないだろう。皆な聞いて知ってるぞ。親指が留守なら構わないじゃないか。……いけないのか、いけなきゃア鳥渡ちょいとその辺の待合へ行こうよ。話があるんだ。」
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
皆んなあっしの首っ玉にブラ下ったんだからてえしたもので、あんな役得があるんだからでっかい雷鳴も満更まんざら悪くありませんね
落ちついて聞きさえすれば満更まんざら無理もない言訳なのだが、電話以後この取次がしゃくさわっている敬太郎には彼の云い草がいかにも気に喰わなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「それは満更まんざら嘘ではない。何度もおれは手招てまねぎをした。」と、素直すなお御頷おうなずきなさいました。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なるほど、そうおっしゃられると、僕はあの時分のことをだんだん思い出して来ましたが、僕もあの時満更まんざらそれに気が付かなくはなかったのです。けれども僕はこう考えたのです。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さきの人見廣介は、やっと彼の仕事の反応を見ることが出来ました。この分なれば、彼の計画は満更まんざら夢に終ることもないようです。そこで、彼は愈々、得意のお芝居を演じる時が来たのでした。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「昨夜のことなんだよ、それは……。火の番の、常爺つねじいが、両方の耳で、たしかに、そいつを聴いたよッて、あおい顔をして、のおいらに話したんだ。満更まんざらいつわりを云っているんだたァ、思えねぇ」
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)