洋傘こうもり)” の例文
「いわぬことか、いいものをひろってきた。」といって、洋傘こうもりひらいてさしてあるきますとあたまうえで、クンクン小犬こいぬのなきごえがしました。
犬と古洋傘 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大きな洋傘こうもりをさしかけて、坂の下の方から話し話しやって来たのは、子安、日下部くさかべの二人だった。塾の仲間は雨の中で一緒に成った。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
白襯衣君が、肩をそびやかして突立つったって、窓から半身はんしん乗出のりだしたと思うと、真赤な洋傘こうもりが一本、矢のように窓からスポリと飛込とびこんだ。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しばらくすると川向かわむこうの堤の上を二三人話しながら通るものがある、川柳のかげで姿はく見えぬが、帽子と洋傘こうもりとが折り折り木間このまから隠見する。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私は運転台と座席の間に洋傘こうもりを広げて立てかけ、そのかげに小さくなっていた。電線はうなり、大木は風にしなって今にもへし折れそうだ。
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
孝之進は、ちょうど盲人の通りに、上半身を心持後へそらせ、杖がわりに持っている洋傘こうもりで、前方を探り探りたどって行った。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼は尻をからげて、莫大小めりやす股引ももひき白足袋しろたびに高足駄をはき、彼女は洋傘こうもりつえについて海松色みるいろ絹天きぬてん肩掛かたかけをかけ、主婦に向うて
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
片手に洋傘こうもり、片手に扇子と日本手拭を持っている。頭が奇麗きれい禿げていて、カンカン帽子を冠っているのが、まるでせんをはめたように見える。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
売薬の名を大きく墨書した白洋傘こうもりをさして、学童の鞄を下げた朝鮮服の男が、安重根と反対側に立って大声に言いはじめる。
女がクリーム色の洋傘こうもりして、素足に着物のすそを少しまくりながら、浅い波の中を、男と並んで行く後姿うしろすがたを、僕はうらやましそうにながめたのです。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と云って大きな白ケンチウ張りの洋傘こうもりを持って、竹細工の山高帽を冠って、中足高ちゅうあしだかをお穿きになりました。私も行きたいと思いましたがお父様が
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
雨は小歇おやみなく降つてゐる。洋傘こうもりを持つてゐる手先は痛いやうにつめたくなつて来る。からだも何だか悪寒さむけがして来た。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
肩掛け、洋傘こうもり、手袋、足袋、——足袋も一足や二足では足りない。——下駄、ゴム草履、くし、等、等。着物以外にもこういう種々なるものが要求された。
窃む女 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
しばらくの沈黙の後、倉地はいきなり洋傘こうもりをそこにかなぐり捨てて、葉子の頭を右腕で巻きすくめようとした。葉子は本能的に激しくそれにさからった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「じゃ、行きましょうよ。ねえねえ。」美和子は、両手で洋傘こうもりを持っている美沢の手を、一、二度ゆすぶった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
小さい家ではあったが、黒塀の中から、深張りの洋傘こうもりをさしたりして、錦子が出てくると、附近には法律学校や医学校の書生が多かったので、目をひいた。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そして主人公は汗臭い蒲団の上へ腹這いになり、ギラ/\西日の射し込む窓の障子を立ち上って閉めるのが億劫おっくうなのか、座敷の中央に洋傘こうもりをさして寝て居た。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
手には元禄模様の華美はでな袋にバイオリンを入れて、水色絹に琥珀こはくの柄の付いた小形の洋傘こうもりげている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
そして、店をたたんだ金で、その頃十七、八円もする縮緬ちりめん長襦袢ながじゅばんや帯や洋傘こうもりなどを買ってやった。
(新字新仮名) / 金子ふみ子(著)
唐草模様のついたかばん一つさげた留吉は、右手に洋傘こうもりを持って、停車場を出て、歩きだしました。
都の眼 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
西那須にしなすからは三島通庸つうよう君が栃木県令時代に俗論を排して開いた名高い三島道路。先頭に立ったのが吉岡虎髯こぜん将軍、屑屋くずやに払ったらば三銭五厘位のボロ洋傘こうもりをつき立てて進む。
そしてこの僧侶の如きものを見ては、誰だって憐れまずにはいられないだろう。この僧侶は大きな、薄汚ない洋傘こうもりを持っていて、しかもそれをしょっちゅう床に倒していた。
ニコル文学士は不相変あいかわらず例の洋傘こうもりや汚い古帽子や手袋などを抱えて応接室に待っていた。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
彼女もしきりに、洋傘こうもりを右や左へ持ちかえていましたが、ふいに云い出したのです。
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
見ると、黒目鏡をかけ、つけ髭をつけ、古風なアルパカの背広を一着に及んで、黒の折鞄おりかばん繻子しゅす洋傘こうもりという、保険の勧誘員か、集金人みたいな中老人が、カフェの前をうろうろしている。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お銀はその時、はっきりその男をそれと指ざすほど笹村にれていなかった。その晩はしょぼしょぼ雨が降っていたが、男は低い下駄をはいて、洋傘こうもりをさしながら、びしょびしょ濡れていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一つの注意——日中正午前後は、ちょっとの外出にも、東印度帽ソラ・タピイ——ソラという樹木の髄で作った一種の土民がさ——をかぶるか、または洋傘こうもりをさすかして、正確に太陽の直射を拒絶すべきこと。
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
電話の切れるのが合図あいずだったように、賢造は大きな洋傘こうもりを開くと、さっさと往来へ歩き出した。その姿がちょいとの間、浅く泥をいたアスファルトの上に、かすかな影を落して行くのが見えた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして、彼は手に舟板ふないた一枚と洋傘こうもり一本とをしっかりと握りしめていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
彼は手に持っていた洋傘こうもりを、自分の体の前へぱっとさしかけました。そして又それをすっとすぼめ、又ぱっと開きすっとすぼめして、洋傘の陰に身をかくしながら、思い切って熊の方へ進んで行きました。
(新字新仮名) / 久米正雄(著)
明るい街を、あおい眼をした三人の尼さんが、真白の帽子、黒の法衣ほうえの裾をつまみ、黒い洋傘こうもりを日傘の代りにさして、ゆっくりと歩いて行った。穏やかな会話が微風そよかぜのように彼女たちの唇を漏れてきた。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
どうかすると、連の二人はズンズン先へ歩いて行ってしまった。曾根は深張の洋傘こうもりに日をけながら、三吉と一緒に連の後を追った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
境は、今の騒ぎで、取落した洋傘こうもりの、寂しく打倒ぶったおれた形さえ、まだしも娑婆しゃば朋達ともだちのような頼母たのもしさに、附着くッついて腰を掛けた。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
僕はやがてちょっと町へ出て来るという口実いいまえもとに、午後の暑い日を洋傘こうもりさえぎりながら別荘の附近を順序なく徘徊はいかいした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お祖父様は、そののち、前記の洋傘こうもりと、鼈甲縁の折畳眼鏡と、ラッコの帽子を大自慢にして外出されるようになった。
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
携帯品としては聖書。晴天にも洋傘こうもり。日曜日には、猫が走っても犬が吠えても、顔をしかめて「OH! MY!」
字で書いた漫画 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
自動車は余の嫌いなものゝひとつである。曾て溜池ためいけ演伎座前えんぎざまえで、微速力びそくりょくけて来た自動車をけおくれて、田舎者の婆さんが洋傘こうもりを引かけられてころんだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
やがてそう激しくいい捨てると思うと、倉地は腕の力を急にゆるめて、洋傘こうもりを拾い上げるなり、あとをも向かずに南門のほうに向いてずんずんと歩き出した。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
わたしもやがて空をみながら歩き出すと、老女もつゞいて出て来た。かれも小さい洋傘こうもりを持っていた。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
どこのおじさんであったからないが、おつとめのかえりによっぱらったとみえて、くろ外套がいとうどろだらけであったし、にぎっている洋傘こうもりが、れそうに、がっていました。
青い草 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そして、店を畳んだ金で、その頃十七、八円もする縮緬ちりめん長繻絆ながじゅばんおび洋傘こうもりなどを買ってやった。
アンナ・リヴォーヴナが自分の体からはなして洋傘こうもりの滴をきりながら立っているのであった。
赤い貨車 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
而も相箱あいばこが今以て盛んに流行すると見える。幅が狭くて、両股の間へ鞄を挟むと足を入れる空地がない。お蔭で私は買ひたての足駄の歯を欠いて、洋傘こうもりを何処へか落して了つた。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
長い帰りの電車のなかでも、彼はしじゅう崩壊に屈しようとする自分を堪えていた。そして電車を降りてみると、家を出るとき持って出たはずの洋傘こうもりは——彼は持っていなかった。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
一方小さなエセックスの僧侶は、彼の洋傘こうもりをもとめて、眼をしばたたいていた。
そこから一けんばかり隔った所に、新聞紙を敷いて、洋傘こうもりをさして、きちんと着物をつけた二人の細君さいくんらしい婦人が、海に這入っている子供を見守りながら休んでいたが、時々深山木達の方を見て
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
華奢きゃしゃ洋傘こうもりをパッとひろげて、別に紅い顔をするのでもなく薄い唇の固く結ぼれた口もとに、泣くような笑うような一種冷やかな表情を浮べて階壇を登って行ってしもうた、土方はもうみかえる者もない
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
一粒ぐらいぼつりと落ちるのを、洋傘こうもりの用意もないに、気にもしないで、来るものは拒まず……去るものは追わずの気構え。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
樹と樹との間には、花園の眺めが面白く展けて、流行を追う人々の洋傘こうもりなぞが動揺する日の光の中に輝く光影さまも見える。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
着て……黒い洋傘こうもりを持って……チョット眼立たぬ風じゃったろう……ナ……ナ……そうじゃったろう……ウンウン。
童貞 (新字新仮名) / 夢野久作(著)