“木挽:こびき” の例文
“木挽:こびき”を含む作品の著者(上位)作品数
吉川英治13
柳田国男3
夢野久作3
泉鏡花3
木暮理太郎2
“木挽:こびき”を含む作品のジャンル比率
社会科学 > 経済 > 経済学・経済思想28.6%
社会科学 > 風俗習慣・民俗学・民族学 > 伝説・民話[昔話]6.9%
芸術・美術 > スポーツ・体育 > 戸外レクリエーション2.9%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
「はい。いぜんの羅刹谷らせつだににはおいでなく、あれよりもっと山深い木挽こびきの小屋に兵火の難を避けておられました」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その頃まではどこの材木置場にも木挽こびきが活躍していたので、現場の周囲が随分遠くまで新らしい鋸屑だらけだ。
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そうすると、いろいろ難儀なことが出来て、実に閉口したと帰って来てから後藤君が話された処によると、木挽こびきは木を四ツにしたのです。
越中沢岳から東に派出した尾根の突端に在る木挽こびき山は、奥廊下の大勢を窺うには好都合の位置を占めている。
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
京橋木挽こびき町の或る大建築の前の缶詰兼洋酒類煙草屋は、震災前、海軍大学その他、高等海員向きの女の世話をするので通人間に知られていた。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
そこで、一両日前会津の山奥から送つてきた狸を、木挽こびき町の去る割烹店へ提げ込んだ。そこの主人が、料理に秘術を尽すと言ふことであつた。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
茶店の夫婦が、山小屋の木挽こびきだの、石切工だのを、呼び集めて来てみた時は、もう、雲霧はいなかった。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
船頭、馬方、木樵、機業場はたおりばの女工など、あるが中に、この木挽こびきは唄をうたわなかった。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
木賃には、旅芸人だの、鏡磨かがみとぎだの、木挽こびきだの、雑多な者が泊っては入れ交わって行った。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「むむ、まあ、大抵は見当がついたようだ」と、半七は笑った。「ところで、木挽こびきの方はどうした」
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
實地を知らない友人に空想と笑はれない爲め、渠はあちらで實見した材料の控へ帳と、相當な大工並に木挽こびきに製調させた見積り書とを出して見せた。
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
あの地方の“木挽こびきぶし”といふ民謠がおもしろくて、毎夕、仕事がすむと、土地のおばあさんを呼んで、物ずきに、木挽ぶしを習つてゐたのだつた。
折々の記 (旧字旧仮名) / 吉川英治(著)
そのために、彼は常に往来する要処要処に、「馬継うまつぎ」をする小屋をもっている。多くは猟師りょうしの小屋か、木挽こびき小屋などであった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木挽こびき炭焼すみやきの小屋に尋ねてきて、黙って火にあたっていたという話もあれば、川蟹かわがにを持ってきて焼いて食ったなどとも伝えます。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
小屋の横に、おおきな材木が枕木に横たわっているし、辺りに大鋸屑おがくずが積もっているなどから見ても、これは木挽こびき職人の寝小屋らしかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時の旅行目的は、熊本を中心に、武蔵に関する史料蒐集にあったのだが、もっぱら郊外の一日亭に沈酔して、二人で“木挽こびきぶし”ばかりを稽古していた。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
角川の家は代々の郷士で、かたわらに材木伐出きりだしの業を営んでいたので、家の雇人等も木挽こびきの職人と一所に山奥へ入ることが屡々しばしばある。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
豪胆な木挽こびきなどが退屈のあまりに、これに戯れたなどという噂のあるのは自然である。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
船頭せんどう馬方うまかた木樵きこり機業場はたおりば女工ぢよこうなど、あるがなかに、木挽こびきうたうたはなかつた。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その翌早朝伝六を従えると、まず第一番に木挽こびき町なる柳生の道場に出向きました。
「お客樣きやくさまだつて、あの、わたし木挽こびき小僧こぞうだもの。」
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
木挽こびき町五丁目の佐久間象山の江戸屋敷である。約束の日に、清麿はそこへ行った。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「案のじょう、この先に、木挽こびきどもの寝小屋があったので、申しうけて来た」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし自分ひとりではさすがに不安でもあるので、喜平は自分の店へ出入りの銀蔵という木挽こびきの職人を味方にひき込もうとすると、銀蔵も年が若いので面白半分に同意した。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
十六歳から六十歳までの人別にんべつ名前をしたため、病人不具者はその旨を記入し、大工、そま木挽こびき等の職業までも記入して至急福島へ差し出せと触れ回した。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
日暮れごろから、木挽こびき町のさる料理屋の大広間で、社の懇親会があった。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
檜沢ひのきざわを通ると、沢で材木を挽いていた木挽こびきたちが、
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先ず神田辺から相生町、深川の木場、日本橋の裏通り、京橋の八丁堀、木挽こびき町、新富町あたりの彼等の昔の巣窟を探検して見ると、どうしたことか彼等の巣窟らしい気分がちっともない。
「詩吟ていうのか、唐人の難しい詩を歌ったり、そうかと思うと、子守歌を謡って歩いていたりすることがあるというぜ。——そんなところを、山の木挽こびきが、二、三度見かけたという話だ」
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木挽こびき 四二 五—五 一六七 八六 五〇一 五三八四 
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
ふたりとも、非常に疲れている容子だし、空腹でもあろうとわしは察して、鍬を返しに行ったついでに、木挽こびき小屋から食物や湯など貰って来てやると、二人は欣んだが、食物には手をつけず、
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お客様だって、あの、私は木挽こびきの小僧だもの。」
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それ以外は、びょうとした草原と、近頃、埋めたばかりの広い土だった。もっとも其処此処と、ポチポチあかりの影は見えるが、近づいて見ると、それは皆、木挽こびき石工いしくの寝小屋だった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道具箱からのみ金槌かなづちを持ち出して、裏へ出て見ると、せんだっての暴風あらしで倒れたかしを、まきにするつもりで、木挽こびきかせた手頃なやつが、たくさん積んであった。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いッそ、くわを捨てて、馬口労ばくろうか、木挽こびきかになろうとしても、役銀をとられるし、油屋、酒屋も株もの、川船で稼げば川運上かわうんじょう雑魚ざこっても、網一つに幾らの税だ。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
木挽こびき木樵きこりる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
また大工とか木挽こびきとかいう山の木に関係のある職業の人が、今でも御太子様といって拝んでいるのも、仏法の方の人などは聖徳太子にきめてしまっておりますが、最初はやはりただ神様の御子であったのかも知れません。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その木挽こびきの代が十円ほど。
最も近く大きな蛞蝓なめくじを匍わしたような鬼ヶ岳と、黒部の谷を横さまに駿馬の躍るが如き木挽こびき越中沢二山との間に、五色ヶ原の曠原こうげんが広く長き段階状に展開して、雪と緑とそして懐しさとが溢れている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
黒いひげ、首に重々しくたれさがった毛、没表情の太いしわが寄ってるひたい、粗雑な木彫のように変な四角形な顔、短い腕、短いあし、でっぷりした胸、まるで木挽こびきかオーヴェルニュの人夫みたいだった。
しかして私がここに特に読者の注意を請わんとするは、労働中と休業中とにおける所要熱量の差異であるが、右の表によれば、木挽こびき業者のごときは、その労働中の所要熱量は休業中のほとんど五倍ないし六倍に達するのである。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
紀の国橋を渡って木挽こびき町の方へしばらく行ったところにこの正さんの古物骨董の店があって、正さんは雨さえふらなければ毎夕車の上に荷をのせて、私の家の前にうすべりを敷いてむずかしい顔をしてだまりこくって座っていた。
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
この人のほうは立派な人物で、大橋流の書もいし、絵は木挽こびき町の狩野かのうの高弟で、一僊いっせんといって、本丸炎上の時は、将軍の居間の画を描いたりしたほど出来たし、漢学も出来る、手をとって教えてもらった。
本業は木挽こびきなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
木挽こびきぶし。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
「お前はよいとこへ気がついた。ヨメはいいものだ。お前の着物もぬってくれるし、お前が木挽こびきの仕事につかれて帰ってくると、ちゃんとゴハンの支度ができていて、つかれた肩をもんでくれるなア。ヨメは山の人には来てくれないから、お前はどうしても町に住まねばいかんわい」
もらつた当時から、どう処置したものかと実は持てあましてゐたしろもので、或る日、荒い歯ののこぎりを借りて来て木挽こびきのまねをやつては見たが、薪にこしらへたとて所望者があらうわけもないので、腹をへらすだけ馬鹿らしいと、そのまゝ打つちやらかして置いたそれなのだ。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
柳田君の御説はそれから見れば大いに進んだもので、本誌七巻三号の倉光君の報告せられた「かまとクグ」(五九頁)によると、今でも山陰地方では、山子・木挽こびき・石屋等に限って、かます様の藁縄製の袋を携帯しているが、旧皮屋部落の青年が、それをかまで作ったものを持っておったとあるのも思い合される。
——あの櫛まきのお藤と申す女、かれはもと品川の遊女で、のち木挽こびき町の芝居守田勘弥かんや座の出方でかたの妻となったが、まもなく夫と死別し、性来の淫奔大酒いんぽんたいしゅに加うるにばくちを好み、年中つづみの与吉などというならずものをひきいれて、二階は常賭場じょうとばの観を呈しておることはわしの耳にもはいっておる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)