放埒ほうらつ)” の例文
突然、馬は車体に引かれて突き立った。瞬間、蠅は飛び上った。と、車体と一緒に崖の下へ墜落ついらくして行く放埒ほうらつな馬の腹が眼についた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
なんの放埒ほうらつもなくなった。勇気も無い。たしかに、疑いもなく、これは耄碌もうろくの姿でないか。ご隠居の老爺ろうや、それと異るところが無い。
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もとより長き放埒ほうらつに、貧しく乏しくなりはしても、玉より輝く美容のために身を粉にしても、入揚いれあぐる娼婦しょうふの数もすくなくないのでした。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
あらゆる放埒ほうらつ、物盗り、辻斬りまでやって、なお恬然てんぜんたる悪行の甘さを夢みるお十夜だが、母を思う時、かれはもろい人間だった。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若い時はずいぶん放埒ほうらつな暮しもしたようですが、今ではすっかり堅くなって、兄の佐兵衛を助けて、家業大事に励んでおります。
あの男は酒を飲んだり、放埒ほうらつなまねをしたりするのは、大嫌いなんだが、それだのに父親はあの男でなければ、夜も日も明けないありさまだ!
彼奴きゃつ長久保ながくぼのあやしき女のもと居続いつづけして妻の最期さいご余所よそに見る事憎しとてお辰をあわれみ助け葬式ともらいすましたるが、七蔵此後こののちいよいよ身持みもち放埒ほうらつとなり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ときには自分から放埒ほうらつ無慙の人間のようにも見せかけていたのは、たった一つ自分に在るこの気の弱さを隠すカムフラーヂュに過ぎないのだ。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
猾智で放埒ほうらつ極まるものだそうである。まるで鴉の王国といった風だそうである。初めて私はこの小樽でそれを思い当った。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
愛子の涙——それは察する事ができる。愛子はきっと涙ながらに葉子と倉地との間にこのごろ募って行く奔放な放埒ほうらつな醜行を訴えたに違いない。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
放埒ほうらつがたび重なるにつれて、幕府の執政たる土居大炊頭利勝おおいのかみとしかつ、本多上野介正純こうずけのすけまさずみは、ひそかに越前侯廃絶の策をめぐらした。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そして他の者なら死んでしまってるかもしれないほどの放埒ほうらつと不摂生にも、彼の頑強がんきょうな健康は害されないらしかった。
これには何か子細があるに相違ないと、さらに進んで詮索するとお時はまた驚かされた。外記が小普請入りの処分を受けたのは身持放埒ほうらつとがであった。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あるいは真実の愛情のない放埒ほうらつ遊蕩ゆうとう生活をしたりして育つと、恋物語をあざわらい、恋愛小説を小説家や詩人の単なる虚構にすぎないと考えるものである。
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
自分の放埒ほうらつを時代になすりつけるわけではないが、まあ、この徳川末期の時代というものを一渡り見てみるがいい、おれは三千石だし、勝のおやじは四十俵だ。
仕えの女腹から出た定明は、父の歿後、母の許すところとなり引き取られて育ったが、異常な野性と、放埒ほうらつの気性は経之とはまるで違った性格をひらいて見せた。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
色は衰えたといってもまだのこんの春をたくわえている。おもだちは長年の放埒ほうらつすさんだやつれも見えるが、目もと口もとには散りかけた花の感傷的な気分の反映がある。
ただ放埒ほうらつに時を移す者のごとく見なして、老人もこれを許し、また青年自身もこれを許して、その言行の正しからざることがあっても、みずからも世人もとがめなかった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
久次の放埒ほうらつに乗じてこれを押し込め、真柴の天下を覆さんと云ふ大望を懐きたりしが、手もなく裏をかかれ、久次の放埒は手段なりと聞き、これに手向はんとせしに
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
騒擾そうじょうと沈滞とのふちである。そして仕事が減ずるとともに、欠乏は増加していった。それは自然の法則である。人は夢想の状態にある時、必然に放埒ほうらつとなり柔惰となる。
正面から時代と闘うことは勿論もちろん、大きな声では批評もできず、諷刺ふうしわずかに匿名とくめい落首らくしゅをもって我慢する人々、大抵は中途で挫折して、酒や放埒ほうらつに身をはふらかす人々が
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
もし世の中に本当に善人といふものがあるのなら、それは恐らく寧ろ放埒ほうらつな人々の間に見いだされるに違ひない。私は潔癖な少年の常として、他人の悪には非常に寛大だつた。
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
最後に、残りの一部分を、平岡の放埒ほうらつから生じた経済事状に帰した。すべてを概括した上で、平岡はもらうべからざる人を貰い、三千代は嫁ぐからざる人に嫁いだのだと解決した。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
究屈を嫌って放埒ほうらつを好み規律を嫌って我儘わがままを好むような人に物の真相が解る気支きづかいがない。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
けれどその代り、はてしもない大洋と、限りない蒼空あおぞらと、それから、波も、風も、オゾーンも、元気な水夫達の放埒ほうらつな生活も、すべてはみな、叔父の若さを養うのには充分であった。
まず吉岡どの自身の放埒ほうらつをあげ威福をほしいままにし、公法を犯して常に白小袖を着すこと。饗宴きょうえんに善美をつくし酒興遊楽にふけること。乱舞の者を召抱え、たかを飼うこと百羽を越えること。
永い間、十年近い間、耕吉の放埒ほうらつから憂目うきめをかけられ、その上三人の子まで産まされている細君は、今さら彼が郷里に引っこむ気になったという動機に対して、むしろ軽蔑の念を抱いていた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
酒と女のちまたへ、やりどころのない我儘わがままと、頭のめぐらしようのない鬱憤うっぷんを、放埒ほうらつな心に育てて派手な場処へと、豪華を競いにいったが、家にかえれば道徳の人情責めと、いわゆる世間の義理とが
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
谷山家の内情……特に龍代の放埒ほうらつの底意を、ドン底まで看破みぬいておりましたAは、それから一か八かの芝居を巧みに打って、私を谷山家の養子にめ込んでしまうと、いい加減な口実を作って
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
放埒ほうらつだけならまだしも助かるが、殊更ことさら、幕府の忌諱ききに触れるような所行ばかりする。政道に不平を抱いているかのように推測おしはかられ、幕府の諸侯取潰とりつぶしの政策に口実を与えるような危険な状態になった。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
貞之進は自分の放埒ほうらつを父が聞及んでのこと、ヒシと胸板を貫かれ、おず/\部屋へ迎え入れたが、庄右衛門は手織のあわせ絹糸いとの這入ったゞけを西条の豪家として、頬から下へ福々しい顔に変りはなく
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
その放埒ほうらつな乱行をもって知られている。
眼につく一切のものが、過ぎたロココの優雅さのように低声で、放埒ほうらつに巻き上った絨氈の端にまで、不幸な気品がこぼれている。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
生涯を物欲にゆだね切って、ずいぶん無理な金を溜めたためにさんざん諸人のうらみを買ったらしく、先年女房に死に別れ、放埒ほうらつせがれを勘当して
慰めようと思っていたのです。ところが来てみると、父は放埒ほうらつきわまる色情狂で、しかも卑劣この上もない茶番師なんです!
吉宗も、まだ新之助といって、紀州家の部屋住みでいた当時は、よく市中に出て、市井しせいの不良と大差のない放縦ほうじゅう放埒ほうらつをやッていた経歴がある。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしそうした放埒ほうらつな、利己的な生活のなかにも、氏には愛すべき善良さがあり、尊敬すべきる品位が認められました。
それから一年ほどの後に、甚五郎は身持放埒ほうらつかどを以って留守居役を免ぜられ、国許逼塞くにもとひっそくを申付けられた。
恨みの蠑螺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
放埒ほうらつな、移りな、想像も及ばぬパッションにのたうち回ってうめき悩むあの大海原おおうなばら——葉子は失われた楽園を慕い望むイヴのように、静かに小さくうねる水のしわを見やりながら
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
と答えて平然たるものでしたが、僕はその時、その洋画家を、しんから軽蔑けいべつしました。このひとの放埒ほうらつには苦悩が無い。むしろ、馬鹿遊びを自慢にしている。ほんものの阿呆あほうの快楽児。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
放埒ほうらつな生活をし、遊び歩き、勝手な時間に帰ってき、おもしろいことをし、働いた様子も見せず、払ってくれとも言わないで借金をし、よその家の窓ガラスをこわし、乱暴なまねをし
もうこの頃から、忠直卿の放埒ほうらつを非難する声が、家中の士の間にさえ起った。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かつて持彦の放埒ほうらつおびえた彼女は、もう慄えることがなくなっていた。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
売る土がなくなると姉が死んだといって、蔵前の札差ふださしに、来年さらいねんの扶持米を金にして貸せといたぶりに行く。札差し稼業はもとよりそういう放埒ほうらつな、または貧乏な武士さむらいがあって太るのだ。
はなはだしい酒乱にも至らず、甚だしい放埒ほうらつもない。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「あの万太郎と来ては、尾張殿も持てあまされている放埒ほうらつ息子と聞いておるが、御三家の一子、知らぬふりをしているわけにもまいるまいな」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勤めるたいそうな材木屋だが——金に不自由がなくなると、人間はどうしても放埒ほうらつになるんだね。お蔭様でこちとらは——
そうして、室の中は暗くなると、跳ね上げられた鹿の毛皮は、閃めく剣の刃さきの上を踊りながら放埒ほうらつに飛び廻った。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「毎日毎晩あそび暮らしていては勤め向きもおろそかになる。兄の放埒ほうらつにも困り果てた」と、源三郎は苦々にがにがしそうに言った。「今夜もきっと柳町か祇園であろうよ」
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
自分の放埒ほうらつ時代にしじゆう留守をさせられた彼女の、若き妻としての外出中の夫に対する心遣ひを、こまごまと打開けたものや、子の無い自分が長柄川閑居時代に
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)