きく)” の例文
彼が死に到るまで、その父母に対してはもとより、その兄妹に対して、きくすべき友愛の深情をたたえたるは、ひとりその天稟てんぴんのみにあらず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
技巧すこぶる幼稚なれども、亦きくす可き趣致なしとせず。下巻も扉に「五月中旬鏤刻也」の句あるを除いては、全く上巻と異同なし。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こんな平凡な光景でも、時として私の心に張りつめた堅い厚い氷の上に、一きく温湯を注ぐような効果があるように思われる。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
御者は縦横に鞭をふるいて、激しく手綱をい繰れば、馬背の流汗滂沱ぼうだとしてきくすべく、轡頭くつわづらだしたる白泡しろあわ木綿きわたの一袋もありぬべし。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
このデカダン興味は江戸の文化の爛熟らんじゅくが産んだので、江戸時代の買妓ばいぎや蓄妾は必ずしも淫蕩いんとうでなくて、その中に極めて詩趣をきくすべき情味があった。
書中雅意きくすべし。往時弁論桿闔かんこうの人に似ざるなり。去歳の春、始めて一書を著わし、題して『十九世紀の青年及び教育』という。これを朋友子弟にわかつ。
将来の日本:02 序 (新字新仮名) / 田口卯吉(著)
ととっさに見きわめて、畳のうえに呼び入れて差し向かい、一問一答のあいだにきくすべき興趣きょうしゅ滋味じみこんこんとして泉のよう——とうとう夜があけてしまった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
このムラサキ科のチサノキは何等風情のきくすべき樹ではなく、樹は喬木で高く、葉は粗大で硬く、砕白花が高く枝梢に集って咲き観るに足る程のものではない。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
憐愍! 即ち恋の墓場! 君に対してマリア姫は一きくの涙は注ぐだろうが熱い接吻は許すまい。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
敵味方の無数の死骸も、踏みこえ、躍りこえ、突撃してゆく彼の眼には、一きくの涙もなかった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先生の目的が必しもそれになかったとしても、先生の恩恵によって西詩の余香をきくし詩法を学び得た者もまた決してすくなくなかった。当時の一読者として自分はその証人である。
「珊瑚集」解説 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
洲股すのまたノ駅ヲ経テ小越川ニいたル。蘇峡そきょうノ下流ニシテ、平沙へいさ奇白、湛流たんりゅう瑠璃るりノ如クあおシ。麗景きくスベシ。午ニ近クシテ四谷ニいこヒ、酒ヲ命ズ。薄醨はくり口ニ上ラズ。饂麺うんめんヲ食シテ去ル。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わけても『第四協奏曲』の特質あるきくすべき情味が、泉のごとく湧きこぼれるのを、誰でも気が付かずにはいなかった筈である。五曲の協奏曲のレコードの番号を左に列記する。
絵も何もないただの白無地のものにも、味いきくすべきものがしばしば見受けられます。
北支の民芸(放送講演) (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
三四郎はすぐとこへ這入つた。三四郎は勉強家といふより寧ろ彽徊家ていかいかなので、割合書物を読まない。其代りあるきくすべき情景に逢ふと、何遍もこれをあたまなかあらたにしてよろこんでゐる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
清冽せいれつきくするに堪えたる涙泉の前に立って、我輩は巻煙草をくゆらしながら得意にエジェリヤの昔譚むかしものがたりを同行の諸氏に語りつつ、時の移るを忘るるほどであったが、いざ帰ろうという時になって
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
新見はこの低能な栄蔵のこの足らない言葉の中にどれだけきくすべき人情が含まれて居るか知れないので、実にうれしかつた。白痴にも親切がよく徹底すると思へば、うれしくてならなかつた。
明媚めいびという感じに打たれて、思わず気分に多少のびやかさを感じたのみならず、宿の自分たちの部屋が、ちょうど宮川にのぞんでいて、小さいながら行く水の面影に、人の世の情味をきく
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
目にはおぼろ、耳にもさだかならず、掌中にきくすれども、いつとはなしに指股のあひだよりこぼれ失せる様の、誰にも知られぬ秘めに秘めたる、むなしきもの。わざと三円の借銭をかへさざる。
めくら草紙 (新字新仮名) / 太宰治(著)
仮名書きの金石文にあらわれた倭寇わこう史料や同じ書体で記されたいわゆる琉球最後の碑文にあらわれたる内裏言葉は(一は既に早く同じ人によって紹介されたものではあるが)古雅きくするに足る。
その底を洗う清流はイシカリの支流なるわがトウベツ川でござった、水はきくしてふくむべし魚介は捕えてくらうべし——でござった、この原始林を縦横するものは、熊径くまみちと鹿路のみと見受けましたが
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
亦長凡一里の伏流ふくりう発見はつけんしたり、そのなる一は一行の疲労ひらうするにり、一は大に学術上のたすけあたへたり、つゐに六千呎の高きにいたりて水まつたく尽き、点々一きくの水となれり、此辺の嶮峻けんしゆん其極度にたつ
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
清冽せいれつきくすべき冷泉れいせんのある、そのうつくしき花園はなぞのることをました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
師弟の温情きくすべし……という訳だね。
無系統虎列剌 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
書中雅意きくすべし。往時弁論桿闔かんこうの人に似ざるなり。去歳の春、始めて一書を著わし、題して『十九世紀の青年及び教育』という。これを朋友子弟にわかつ。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
俯向うつむきざまたなそこすくいてのみぬ。清涼きくすべし、この水の味はわれ心得たり。遊山ゆさんの折々かの山寺の井戸の水試みたるに、わが家のそれとことならずよく似たり。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分たちのむしろの前に、小さい手桶に竹柄杓たけびしゃくが添えてある。この手桶は、むちで打ちすえる奉行所にも、一きくの情けはあるのだぞというように、無言のすがたを持ってそこにあった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
張、そのずるをまって、後ろよりこれをしっす。その人惶懼こうくす。これをきくすれば盗なり
宮古路みやこじの浄瑠璃は享保きょうほ元文げんぶんの世にあつては君子これを聴いて桑間濮上そうかんぼくじょうの音となしたりといへども、大正の通人はあごでて古雅きくすべしとなす。けだし時世変遷の然らしむるところなり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
三四郎はすぐとこへはいった。三四郎は勉強家というよりむしろ彽徊家ていかいかなので、わりあい書物を読まない。その代りあるきくすべき情景にあうと、何べんもこれを頭の中で新たにして喜んでいる。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
てのひらを二つならべて一きくの水を貯え、その掌中の小池には、たくさんのおたまじゃくしが、ぴちゃぴちゃ泳いでいて、どうにも、くすぐったく、仁王立ちのまま、その感触にまいっている
思案の敗北 (新字新仮名) / 太宰治(著)
甘美な陶酔的なモーツァルトではないが、冷艶清朗きくすべきだ。
しかし普通のススキの様な風情のきくすべきものがない。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
土は一種のきくすべきにおいを吐きて、緑葉のしずく滴々、海風日没を吹きて涼気秋のごとし。
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
人は知らず、弦之丞だけは、ひそかに一きくの涙をもって、かれの死を見まもった。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここにもまた遺憾なくきくすることができるような気がするのである。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おのずからえりを正したくなるほど峻厳な時局談、あるいは滋味きくすべき人生論、ちょっと笑わせる懐古談、または諷刺ふうし、さすがにただならぬ気質の片鱗へんりんを見せる事もあるのだが、きょうの話はまるで
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
友情きくきものがある。
人を呪わば (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
勝者の手向けた一きくの涙は、またよく敵国の人心を収攬しゅうらんした。人民にはその年の年貢をゆるし、旧藩の文官や賢才は余さずこれを自己の陣営に用い、土木農田の復興に力をそそがせた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こゝにも亦遺憾なくきくすることができるやうな気がするのである。
勲章 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
さすがに一きくの涙がまなぞこにわきたってくる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)