尋常ただ)” の例文
「あら! ……」と忽ち機嫌を損ねて、「だから阿母かあさんは嫌いよ。じきああだもの。尋常ただのじゃ厭だって誰も言てやしなくってよ。」
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
不断、そうやがるとよ、いか。手前ンとこ狂女きちがいがな、不断そう云やがる事を知ってるから、手前てめえだって尋常ただは通さないんだぜ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて此方こなたを向きたる貫一は、尋常ただならず激して血の色を失へる面上おもてに、多からんとすれどもあたはずと見ゆる微少わづかゑみを漏して
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「それからね。まだおかしいことを言い触らす者があるんですよ。どうもあの尼さんは尋常ただの人間じゃないと……。」
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
という頼み、師匠も尋常ただならぬ三枝氏の頼みだから、「それは、早速彫りましょう」といって和白檀で二寸四分の小さな大黒さんを彫って上げました。
ツイこの間も人殺しがオッぱじまりかけた位なんで……ヘイ。だから今夜もアブネエと思うんでげす。片ッ方の野郎が、どーも尋常ただの野郎じゃねえと思うんで……。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
尋常ただではない、とお隅も思いましたものの、夕飯の仕度に心はくし、それに、なまじっか原のことを言い出して慰めて見たところで、反て気を悪くさせるようなもの
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
若し覚え居て有の儘を話したら、悪に鋭い此の医学士は決して余を尋常ただの若者とは思いは仕まい。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
だから私はこちら様へ上りました当季は、御親類の、若旦那様ででもいらつしやるかと存じましたに、尋常ただの書生さんでもつて、あれでは、どう致して通れるもんではございません
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
この頃より妾の容体ようだい尋常ただならず、日を経るに従い胸悪くしきりに嘔吐おうどを催しければ、さてはと心にさとる所あり、出京後重井に打ち明けて、郷里なる両親にはからんとせしに彼は許さず
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
これをてめえに遣るから泥坊に奪られない積りで主人のとこへ往くがい、しかしそれは尋常ただの金じゃない、たった一人の娘が身を売った代金しろきんだけれども、これを汝に遣るからと仰しゃって
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
相手がどうも尋常ただのお客ではないらしいから、ほうっておいてもしや間違いが……間違いといったところで、相手がやっぱり女のお客だから、取って食おうというわけでもなかろうけれど、なんだか
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ふすまへだててうかがひ居たるお熊は、尋常ただならぬ物音にせ出でぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
人形の手足をいでおいたのにきわまって、蝶吉の血相の容易でなく、尋常ただではおさまりそうもない光景を見て、居合すはおそれと、立際たちぎわ悪体口にくていぐち
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「へえへえ、恐れ入りました」、と莞爾にっこりして、「じゃ、尋常ただのでもいから、屹度きっとよ。ねえ、阿母かあさん、だましちゃ厭よ。」
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
やがて、御盃や御羽織を掻浚かきさらうようになすって、旦那様は御部屋から御座敷の方へいらっしゃる。御様子がどうも尋常ただではないと、私も御後から随いて行って見ました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何か室の中に尋常ただならぬ事が有りはせぬかと気遣った、併し之は秀子に見せ可き次第でないから
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
しかも小源二の物語から想像すると、彼女の振舞いはどうしても尋常ただの人間ではないらしい。彼はさきの夜、犬の群れに取り囲まれた時の玉藻のおそろしい顔を思い出した。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのはだの色の男に似気無にげなく白きも、その骨纖ほねほそに肉のせたるも、又はその挙動ふるまひ打湿うちしめりたるも、その人をおそるる気色けしきなるも、すべおのづか尋常ただならざるは、察するに精神病者のたぐひなるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
結婚の一条件たりし洋行の事は、夫婦の一日も忘れざる所なりしも、調金の道いまだ成らざるに、妾は尋常ただならぬ身となり、事皆こころざしちがいて、貧しき内に男子を挙げ、名を哲郎てつろうとは命じぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
何をもないもんだよ。分別盛りの好い年をして、という顔色の尋常ただならぬに得右衛門は打笑い、「其方そなたもいけどしつかまつってやくな。 ...
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
文士という肩書の無い白地しろじ尋常ただの人間に戻り、ああ、すまなかった、という一念になり、我を忘れ、世間を忘れて、私は……私は遂に泣いた……
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
其の言葉には語句の外に尋常ただならぬ所が見える、若しや余の留守に何か又忌わしい事件でも起こったのかと余はいつになく胸騒ぎを覚え、唯「爾か」と答え捨てゝ後は聞かずに秀子の室へ馳せて入った。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「あの尼はやっぱり尋常ただの人間じゃない。狸だ、狸だ。」
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
既に、くるわ芸妓げいこ三人が、あるまじき、その、その怪しき仮装をして内証で練った、というのが、尋常ただごとではない。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どうもあの女がさ、尋常ただねずみじゃあんめえとにらんでおきましたが、こりゃあまさにそうだった。しかしいい女だ
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「一体うぬあ何者だい、尋常ただねずみじゃなさそうだ。」「あい、わっちあ、鮫ヶ橋で丹という、金箔きんぱく附の乞食だよ。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……この膝をちょうと叩いて、黙って二ツ三ツ拍子を取ると、この拍子が尋常ただんじゃない。……親なり師匠の叔父きの膝に、小児こどもの時から、抱かれて習った相伝だ。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寂然しんとしておりますので、尋常ただのじゃない、と何となくその暗い灯に、白い影があるらしく見えました。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さりながら御顔の色も尋常ただならず、一同安心のなりまするよう、仔細しさい御申聞おんもおしきけのほどを、はッはッ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
不思議や、蒔絵まきえの車、雛たちも、それこそ寸分すんぶんたがわない古郷ふるさとのそれに似た、と思わず伸上のびあがりながら、ふと心づくと、前の雛壇におわするのが、いずれも尋常ただの形でない。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
謂われて叔母は振仰向ふりあおむき、さも嬉しげに見えたるが、謙三郎の顔の色の尋常ただならざるをあやぶみて
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「…………」島野は目の色も尋常ただならず、とがった鼻を横に向けて、ふんと呼吸いきをしたばかり。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なお、かし本屋の店頭でもそうだし、ここでの紫の雨合羽に、ぬりの足駄など、どうも尋常ただな娘で、小説家らしい処がない。断髪で、靴で、頬辺ほおべが赤くないと、どうも……らしくない。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
でも貴女あなたが、ちっともお騒ぎなさいませんから、此室こちらで仕事が出来なくッて、それで、あの尋常ただの方なら可いけれど、恐いお役人様なんで、手が出せなかったようで口惜くやしいからッて
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それさえ尋常ただならず、とひしめく処に、てて加えて易からぬは、世話人の一人が見附けた——屋台が道頓堀を越す頃から、橋へかけて、列の中に、たらたら、たらたらと一雫ひとしずくずつ
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婦人おんなは顔の色も変えないで、きれで、血を押えながら、ねえさんかぶりのまま真仰向まあおのけに榎を仰いだ。晴れた空もこずえのあたりは尋常ただならず、木精こだま気勢けはい暗々として中空をめて、星の色も物凄ものすごい。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
尋常ただならぬ新婦の気色をあやぶみたる介添の、何かは知らずおどおどしながら
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
尋常ただ、尋常ごとではござりません。」と、かッと卓子テエブルこぶしつかんで
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
瓜番の小屋へ自分で火をつけたのは尋常ただごととは思わなかったが。……ただ菜売とだけ存じました。——この頃土地の人に聞くと、それは、夏場だけ、よそから来て、を売る女の事だと言います。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
尋常ただならぬ光景に感ずる余り、半ばは滝太郎に戯れたので。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(やあ、皆も来てくれ。)尋常ただごとではありません。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お貞は顔の色尋常ただならざりき。少年は少し弱りて
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
目も尋常ただならず、おろおろして
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)