きょう)” の例文
無人のきょうを歩いていく、ピカピカ光った黄金の豹。そのあとから、だまってついていく警官たち。それは、じつに異様な光景でした。
黄金豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
自ら信ずるにもかかわらず、幽寂ゆうじゃくきょうに於て突然婦人に会えば、一種うべからざる陰惨の鬼気を感じて、えざるものあるは何ぞや。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして黄色い声や青い声が、梁をまと唐草からくさのように、もつれ合って、天井からってくる。高柳君は無人むにんきょうに一人坊っちでたたずんでいる。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
無人むじんきょうだった。ただどの店も、いつものように明かるい照明の下に美しく品物をかざっていた。ふしぎな光景だった。
怪星ガン (新字新仮名) / 海野十三(著)
たしかに幽寂ゆうじゃくの感をひくが、それが一つならず、二つならず、無数の秋虫一度にみだれむせんで、いわゆる「虫声満地」とか「虫声如雨」とかいうきょうに至ると
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いかに自分の弟だからといえ、詩ばかり作って超然と逸人いつじんきょうを独りたのしんでいる曹植を、諸臣のてまえ、文帝もついにはこれを黙視してはいられなくなった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ものをけがすという意味で、私たちのきよらかな心をよごし、迷わすものは、つまりこの外からくる色と声と香と味と触と法とであるから、「六きょう」をまた「六じん」ともいうのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
しかるに、今晩という今晩は、きょうが変れば心が変るのであって、夢が現実から古昔に向って放たれました。関ヶ原以来、歴史にさかのぼった夢を見ることは稀れでありましたのです。
多くの人々にどうか悪い怪物ばけものにならないで五官のまよいを捨て修養の道に工夫を凝らし三摩地さまちきょうに入っていい怪物ばけものにおなりなさいと勧め、これで一向いっこう怖く無い怪物談ばけものだん切上きりあげる事にする。
大きな怪物 (新字新仮名) / 平井金三(著)
みんな女偊じょう氏の弟子での、ものの形を超えて不生不死ふしょうふしきょうに入ったれば、水にもれず火にもけず、寝て夢見ず、覚めてうれいなきものじゃ。この間も、四人で笑うて話したことがある。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
こう思うと、今まで上天のきょうに置いた美しい芳子は、売女ばいじょか何ぞのように思われて、その体は愚か、美しい態度も表情も卑しむ気になった。で、その夜はもだえ悶えてほとんど眠られなかった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
孝孺の此言に照せば、既に其の卓然として自立し、信ずるところあり安んずるところあり、潜渓先生せんけいせんせいえる所の、ひとり立って千古をにらみ、万象てらしてくらき無しのきょうに入れるをるべし。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
もと支那の皇帝であられた宣統帝せんとうていは、今ではなんの収入もないきょうぐうにいられる中から、手もとにありたけの一万元を寄附された上、今後の生活費として売りはらうつもりでいられた高貴な宝石
大震火災記 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
もしこの孫六のやすりを手がけるきょうまですすんだならば彼こそはその箱の中の指書ししょを見て、ひいてはそれより、二刀の柄から水火秘文状を掘り出しても差支えのない人物であることを自証じしょうするものだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「まだ法悦ほうえつきょうに入るほど進んでいないけれど」
四十不惑 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
境勝固天真 きょうすぐれることはもとより天真てんしんにして
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
心を転じ、きょうを転ず。
主客しゅかくは一である。しゅを離れてかくなく、客を離れて主はない。吾々が主客の別を立てて物我ぶつがきょうを判然と分劃ぶんかくするのは生存上の便宜べんぎである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
諸君もまた三更無人さんこうぶじんきょう人目をはばからざる一個の婦人が、我よりほかに人なしと思いつつある場合に不意ゆくりなく婦人に邂逅かいこうせんか、その感覚はたしていかん。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
耳をすますと、どっか遠くの方からいびきの声が聞こえてくる。無人のきょうではない。人間がいることはいるのだ。しかしもう方角がわからなくなってしまった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかしよく考えてみると、この広々としたやけあとは無人むじんきょうとしてほってあるので、さっきから長い間、二人のほかに一人の人影もみなかったほどである。
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あるいは、敵のはかりだろうか。引きよせてつつむ法もなくはない。しかし、それなら高氏に、それらしい予見があろう。こう緩々かんかんと、無人のきょうでも行くようなのは、何とも怪しむべきかぎりであった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
立派な画家である。こう云うきょうを得たものが、名画をかくとは限らん。しかし名画をかき得る人は必ずこの境を知らねばならん。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また全館のうち、帳場なり、客室きゃくまなり、湯殿なり、このくらい、辞儀じぎ斟酌しんしゃくのいらない、無人むにんきょうはないでしょう。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
怪人をのせた自動車は、無人のきょうを、黒い風のように飛んで行くのです。
虎の牙 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
山路やまじけわしさはあるが、道は坦々たんたん無人むじんきょうをすすむごとしだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
淡しとは単にとらえ難しと云う意味で、弱きに過ぎるおそれを含んではおらぬ。冲融ちゅうゆうとか澹蕩たんとうとか云う詩人の語はもっともこのきょうを切実に言いおおせたものだろう。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御堂みどう正面の扉、両方にさらさらとひらく、赤く輝きたる光、燦然さんぜんとしてみなぎうちに、秘密のきょうは一面の雪景せっけい
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この爪が、黒髪の根を一本ごとに押し分けて、不毛のきょうを巨人の熊手くまでが疾風の速度で通るごとくに往来する。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すべて、それが魔法なので、貴女を魅して、夢現ゆめうつつきょうに乗じて、その妄執もうしゅうを晴しました。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
半滴はんてきのひろがりに、一瞬の短かきをぬすんで、疾風のすは、春にいて春を制する深きまなこである。このひとみさかのぼって、魔力のきょうきわむるとき、桃源とうげんに骨を白うして、再び塵寰じんかんに帰るを得ず。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「御名論だ。僕などはとうてい絶対のきょう這入はいれそうもない」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人は煢々けいけいとして無人むにんきょうを行く。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)