呪文じゅもん)” の例文
また、舟待ちするにも呪文じゅもんを信じて、その心に安んずるところあれば、たとい現に舟待ちすることあるも、さほどに感ぜざるべし。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
を合せて、拝むまねをした。天狗さま天狗さまを、呪文じゅもんのように繰返して唱えながら、一人一人の影を拝んで、恐れわななく振りをした。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとりで部屋でお茶を飲んでいる時とか、道を歩いている時などに、だから彼はふとつぶやいています。ちょいと呪文じゅもんのような具合なのです。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
右衛門は眼をつぶって、口の中でなにか呪文じゅもんのようなものを呟いた。それからごく慎重に眼をあいて、穏やかにこう質問した。
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自分の子供の時分、郷里ではそういう場合に「おらのおととのかむ——ん」という呪文じゅもんを唱えて頭上に揺曳ようえいする蚊柱かばしらを呼びおろしたものである。
試験管 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ただ速記者が雇えたらと、時々思うことがある。異常な苛立いらだたしさやもどかしさの中で悪魔の呪文じゅもんの如くにそれを念願することがあるのである。
文字と速力と文学 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その時あの印度人の婆さんは、ランプを消した二階の部屋の机に、魔法の書物をひろげながら、しきり呪文じゅもんを唱えていました。
アグニの神 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
みるみるうちに足の手の感覚が失われてゆく。文覚の唇から白い息とともに慈救じく呪文じゅもんが滝音に抗するように唱えられた。
老人は、再び大竹女史の前に膝をつくと、何やら呪文じゅもんのようなものを唱え、女史の額のへんを二三度、撫でるようにした。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それから描いた線のなかに歩み寄って、火鉢の所から振り向いて鏡のなかの女の頭を見つめながら、強い魔法の呪文じゅもんをふるえる声でくりかえした。
さあ、眼にも見ず、形の上でも犯さぬ業ならば、やつぱり心の上で、徐々に返すよりほかはあるまい——まづこの呪文じゅもんを暇のあるごとに唱へなさい。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
この一事を、呪文じゅもんを唱えるように、心中自分にいい聞かせてしめっぽい畳表に頬を押しつけながら、まこと死んだつもりで横ちょに倒れている女。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それを棄て置いてむつかしい呪文じゅもんのようなことを、高くとなえている連中の心持が、何としても私たちには不思議である。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
どこからどうして来たのか知らないが、とにかく彼は大明たいみんから渡来の唐人で、何か判らない呪文じゅもんのようなことを唱えながら毎日歩いているのである。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さてこれから申し上げるところの、「般若の呪文じゅもん」も、「秘密」という理由で、あえて玄奘三蔵は翻訳せずに、そのまま梵語の音だけを写したわけです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
「でも、呪文じゅもんを唱えましたら、それを、合い図ににょろにょろとはい出したのが、奇態ではござりませぬか!」
「そこが魔法なんだよ。あいつが呪文じゅもんをとなえると、井戸の水がスーッとなくなってしまう。そして、ここが地下の密室への出入口になるというわけだよ。」
青銅の魔人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
やがておきょうがすむと、玄翁げんのうがって、呪文じゅもんとなえながら、っていたつえで三石をうちました。
殺生石 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
彼は一匹の蟋蟀こおろぎを捜し出して、それを馬にしようとした。蟋蟀の背中にそっと杖をあてて、一定の呪文じゅもんを唱えた。虫は逃げ出した。彼はその行く手をさえぎった。
「ふうん、貴様が例の闇太郎か! 大名、富豪の、どんな厳重なしまりさえも呪文じゅもんで出入りするかのように、自由に出没すると言う、稀代きたいの賊と言うのは、貴様か?」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そう思った時、彼の女はあたか呪文じゅもんとなえ終って、素晴らしい見幕けんまくでぴしッと右手の親指を鳴らした。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
白虎太郎は、形を改め、おごそかに呪文じゅもんを唱え出した。左右の掌を合掌に結び、パッと掌中をうつろにした。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と両手をすりすりさいく時の呪文じゅもんを早口に唱えているのに悪感おかんを覚えながらも大臣は従って来た人たちの人払いの声を手で制して、なおも妻戸の細目に開いたすきから
源氏物語:26 常夏 (新字新仮名) / 紫式部(著)
君は、ジュムゲジュムゲ、イモクテネなどの気ちがいの呪文じゅもんの言葉をはたしてしたかどうか。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
高らかに呪文じゅもんを称えて、その法力を誇示していた壇上の東海坊は、何に驚いたか、急に壇上を駆け廻り、床を叩き、壇を蹴飛ばし、浅ましくも怒号するていが、渦巻く焔の間から
そしてびっくりして地にひれふして何だかわけのわからない呪文じゅもんをとなえ出しました。
誠に文字通り「応無所住而生其心」となり、そのお婆さんの「大麦小豆、二升五銭」という呪文じゅもんのような称念は、病人をすらいやすに至ったと申します。面白い話ではないでしょうか。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しみ渡るような低い声で彼は云いつづけた。舷側げんそくにぴたぴたと川波がくだけていた。腰をかがめねば聞きとれないような堀大主典の言葉は、まるで呪文じゅもんのようにぶつぶつと続いていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
いかがわしい地蔵の像を刻んでは盛んに売り出して暴利をむさぼり、怪しげな呪文じゅもん護符ごふを撒布して愚民を惑わす、との風聞もしきりなるにより、我々同志が事情をとくと見届けに参ったのだ。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これに向って呪文じゅもんを唱え、印を結んで、錬磨の功を積むのだそうでありまする。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何か呪文じゅもんを唱えるか、「ひじりの石」みたような薬をちょっぴり使って、霧がからりと霽れるような方法を科学者に求めてはいけない。そういうことが有り得ないというのが科学なのである。
霧を消す話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
彼の言葉の超人間的な力にまるで呪文じゅもんの力でもひそんでいたかのように——彼の差したその大きい古風な扉の鏡板は、たちまち、その重々しい黒檀こくたんの口をゆっくりうしろの方へと開いた。
恐しい悪魔の群は、口々に呪文じゅもんをとなえながら、黒雲の中へつきこんで行った。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
二階はなかなかにぎやかである。わざわざ大晦日おおみそかの夜を騒ぎ明かす積りで来たのかも知れない。三味線のが絶えずする。女が笑う。年増らしい女の声で、こんな呪文じゅもんのようなものを唱える。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
兄も、死んだ母も、三拝九拝して、来て頂いたんでしょう。だから、家じゃまるで、女王さまのような勢いよ。兄なんか、一生文句の云えない呪文じゅもんにかけられているように、頭が上らないのよ。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
勿体もったいぶって笠井が護符を押いただき、それで赤坊の腹部を呪文じゅもんとなえながらで廻わすのが唯一の力に思われた。傍にいる人たちも奇蹟の現われるのを待つように笠井のする事を見守っていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
かれは、表面素直すなおにそう言って塾長室を出た。そして講堂に行き、今日の式次第しきしだいをチョークで黒板に書いたが、いつもは何の気なしに書く「来賓祝辞」の四字が、呪文じゅもんのように心にひっかかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
これからのぼくは、一心に、あのひとを、どっかにしまもう。日本に帰る日まで、一個人に立ち返れるまで、とこの言葉を呪文じゅもんとして、ぼくは、もう、あのひとの片影なりとも、心に描くまい≫
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
戀女こひをんな輪近わぢかくへ奇異おつりき魔物まものいのして、彼女おてき調伏てうぶくしてしまふまで、それを突立つッたたせておいたならば、それこそ惡戲てんごうでもあらうけれど、いまのは正直正當しゃうぢきしゃうたう呪文じゅもんぢゃ、彼女おてきりて
三年前から女の髪剪かみきりがはやっていたが、最初は、黒い歯の鋭い虫がみきるのだといって下町の女たちは、極度に恐れて、呪文じゅもんを書いた紙をしごいて、髪に結びつけたりしていたが、そのうちに
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
(註、hocuspocus は手品師の呪文じゅもんにして元来偽拉丁語にせラテンご人目じんもくくらますものゝ称)むしろ凡人の失敗に鑑みしむるの凡人伝をもって大衆を導くにかず。世界は多数のナポレオンを要しない。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
呪文じゅもんと云うものを綺麗に忘れたいものだ。11405
呪文じゅもんのごとくつぶやいた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
小児の掌面に呪文じゅもん三回墨書し、さらにその上を墨にて塗抹とまつして文字をして不明ならしめ、これを握ること暫時にしてその手をひらき見れば
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
僧である以上、さだめし難かしい仏典をひきだしたり、口賢い法語や呪文じゅもんで誤魔化すだろうと心がまえしていた人々は、彼の人間的な話に
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左の手には裸蝋燭はだかろうそくをともし、右の手には鏡をって、お敏の前へ立ちはだかりながら、口の内に秘密の呪文じゅもんを念じて、鏡を相手につきつけつきつけ
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それを経典呪文じゅもんのごとくくり返し吟誦していると、いつの間にか一々の句や言葉に、型とはいいながらもきわめて豊富なる内容がついてまわることになり
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかしまたこれと同時に、この呪という字は「呪文じゅもんを唱える」とか「呪禁まじないをする」とかいったように、「まじない」というふうにも解釈されているのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
だがもう呪文じゅもんの効き目はなかった。甚平は完全に催眠術から覚めてしまった。こうなっては万事休すだった。さすがの佐々砲弾も諦めて退散するより外なかった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なにやら呪文じゅもんのようなことを二言三言おっしゃいましたら、二尺ばかりのまっしろいへびが、ほんとうに縁側からにょろにょろとはいってきたんでございますよ!