叱咤しった)” の例文
十三丁目の重三が、張りきった叱咤しったの声。そのひざの下にキリキリと縄を打たれて引据えられたのは美しい下女のお照ではありませんか。
けれど首将みずから剣槍けんそうの中を駈けあるき、歩兵や騎兵を叱咤しったし廻る戦闘ぶりに変りはなく、武敏の手にある一そうもすでに血ぬられて
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
スルスルと障子を開けて顔を出した金山寺屋の音松に、忠相ただすけは、にこやかな笑顔を向けて、声だけは、叱咤しったするように激しかった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と、突然ときの声が起こった。お館の方へ行くらしかった。門を叩く音がした。烈しい叱咤しったの声がした。バタバタと逃げ去る足音がした。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかるに酒たけなわに耳熱して来ると、温鍾馗は二公子を白眼にて、叱咤しった怒号する。それから妓に琴を弾かせ、笛を吹かせて歌い出す。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
何故あの時叱咤しったして追い帰さなかったのか。背後に同じ調子でついて来る高城の重い足音を耳に止めながら、宇治は益々ますます心が沈んで来た。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
はずみ行く馬のあやう鰭爪ひづめに懸けんとしたりしを、馭者は辛うじて手綱を控え、冷汗きたる腹立紛れに、鞭をふるいて叱咤しったせり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「君、手帖に書いて置いてくれ給え。趣味の古代論者、多忙の生活人に叱咤しったせらる。そもそも南方の強か、北方の強か。」
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
長吉はこの種の音楽にはいつも興味を以て聞きれているので、場内の何処どこかで泣き出す赤児あかごの声とそれを叱咤しったする見物人の声に妨げられながら
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
僕はまじめに『僕は在ると思う。し神が無かったら、僕達が人知れずした悪事は誰が見ているのだ。』と叱咤しったして
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
彼は刺すような眼で代二郎を睨みながら、叱咤しったの言葉に詰ったようであった。代二郎は静かに低頭し、ずっとさがってから染谷と岡安の二人を見た。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
片腕が肩からない身体からだに、すべての勲章や金モウルの飾りをぎ取った色のせた黒の軍服を着ていた、が、どこかに三軍を叱咤しったした面影が残って
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
恐ろしく大時代な叱咤しったの声が鳴り響いた。現代の警察官にもこの有効な掛け声は、案外しばしば使用されているのだ。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小生、大いに驚き、家内を呼び寄せ、「なんじらの不注意より、事のここに至りしぞ」と叱咤しったすれば、これぞ、この夜(十一月十九日)一場の夢にてそうらいし。
妖怪報告 (新字新仮名) / 井上円了(著)
かくのごとくいきおい強き恐ろしき歌はまたと有之間敷これあるまじく、八大竜王を叱咤しったするところ竜王も懾伏しょうふく致すべき勢あい現れもうし候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
空に向って雷霆らいてい叱咤しったしたのは此の時の話であるが、その後風雨がなお止まず、遂に鴨川の洪水こうずいを見るに至った。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「馬の用意をしとけ」と、誰かの叱咤しったする声がもやがかった河岸でひびくのであった。川添いの街角をまがった彼らは半分駈けるようにして役所に急いだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
狼狽ろうばいして、前後左右にたゞウロ/\する、召使の男女を荘田は声を枯して叱咤しったした。彼はそういながらも、右のてのひらで、娘の傷口を力一杯押えているのだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
糸を絶られて芸の情熱を遮断されてしまったあの憤らしさはよくわかる。同情もできる。が、お客へまで聞こえてくるようなあんな楽屋での叱咤しった怒号はなに事だ。
寄席行灯 (新字新仮名) / 正岡容(著)
貧窮ひんきゅう病弱びょうじゃく菲才ひさい双肩そうけんを圧し来って、ややもすれば我れをしてしりえに瞠若どうじゃくたらしめんとすといえども、我れあえて心裡の牙兵を叱咤しったして死戦することを恐れじ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
用向きの繁劇はんげきなるがために、三日父子の間に言葉を交えざるは珍しきことにあらず。たまたまその言を聞けば、にわかに子供の挙動を皮相ひそうしてこれを叱咤しったするに過ぎず。
教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
次の朝、色をした太子疾が白刃を提げた五人の壮士を従えて父の居間へ闖入ちんにゅうする。太子の無礼を叱咤しったするどころではなく、荘公は唯色蒼ざめておののくばかりである。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
じだんだふんで叱咤しったしているうちに、やっと裏口からはいりこんだ定吉や権六が、手燭にあかりをうつしたとみえて、雨戸のすきまからぼーっと光がさしてきました。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
実戦を知らぬ将校が自己の名誉心を満足さすために、何も知らない部下を叱咤しったして戦場に駆り立てる傾向がありはしないでしょうか。実戦というものは残酷なものですよ。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
ノルマン船長は、はじめて叱咤しったするようにさけんだ。彼の語尾は、かすかにふるえおびていた。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いかに孟賁烏獲もうほんうかくの腕力に富むもその勢いを制するを得んや。ローマ社会の文弱におもむくや、いかに老カトーがこれを怒罵どばし、これを叱咤しったし、その鉄鞭てつべんを飛ばすもこれをいかんせんや。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
叱咤しったした。つねになき激語を発したので弟子でしどもも一時はあっけにとられたという。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
不断、無口でおとなしかった政枝はかえってこの叱咤しったに対して別人のように反撥した。
勝ずば (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
中隊の兵舎から、準備に緊張したあわただしい叫びや、叱咤しったする声がひびいて来た。
(新字新仮名) / 黒島伝治(著)
今度はその従者に対する言語挙動が、まるで奴隷に対するような扱いであり、軽蔑と、叱咤しったとを以て、待遇するのに、このグロテスクな従者に、一言のないことにも驚かされました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
叱咤しったしたとて雪はれはしない、益々固くなって歯の間に居しこるばかりだった。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
太郎は、群がる犬の中に、隕石いんせきのような勢いで、馬を乗り入れると、小路を斜めに輪乗りをしながら、叱咤しったするような声で、こう言った。もとより躊躇ちゅうちょに、時を移すべき場合ではない。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
夜食を出せば働くというが、その配給分はない。S君は膝まで没するへどろの中につっ立ったまま、苦力を叱咤しったして四方の壁に土止め板をあてて、中のへどろを掻き出しては棄てさせる。
永久凍土地帯 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
叱咤しったする人の声や吠えつく犬の声をきいた。グルグル廻る太陽と、前後左右に吹きめぐる風と、戦争のように追いつ追われつする砂ほこりを見た。雲の中からブラ下っている電柱を見た。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
忘れない点で、ただやたらに叱咤しった激励げきれいする連中とは根本的にちがっているよ。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
あるいは叱咤しったの声と共に三十棒を喰わされたかも知れませんなど思うて
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
神明を叱咤しったするの権威には、驚嘆せざるを得ぬではないか。
播磨守が膝をたたいて叱咤しったした。主水は顔をあげてこたえた。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「いや、そう仰っしゃりつつ、一面、この官兵衛に、何ぞ無策むさくなる、はや良計を出しそうなものとの、ご叱咤しったではございませぬか」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後から続くのは、八五郎自慢の叱咤しったです。大きい影は、この形勢を見ると、小さい影を突っ放して、キラリと一刀を抜きました。
思わずたじたじとなる源十郎へ、ゆったりと振り返って投げつけた泰軒の言葉は、いつになく強い憎悪と叱咤しったに燃えたっていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私は、兄の叱咤しったの言よりも、そのほうに、そっと耳をすましていた。ふっと一言、聴取出来た。私は、敢然かんぜんと顔を挙げ
一灯 (新字新仮名) / 太宰治(著)
間もなく叱咤しったする声などが、幔幕の背後うしろから聞こえて来、やがて篝火かがりびで昼のように明るい、中庭へ四五人の武士に囲まれ、二人の男女が入って来た。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「光!」とたまりかねて大人と後室、いつは無法者を、一は小間使を、ほとんど同時に同音に叱咤しったした。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よろける奴を邪慳じゃけんにこづきまわした。このとき、度胆どぎもをぬいてくれた松岡はたしかに一歩機先を制していたのだ。もはや相手は彼の云うなりであった。叱咤しったして歩かせた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
斉との間の屈辱的くつじょくてき媾和こうわのために、定公が孔子をしたがえて斉の景公と夾谷きょうこくの地に会したことがある。その時孔子は斉の無礼をとがめて、景公始め群卿諸大夫を頭ごなしに叱咤しったした。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「きさまは愚かなやつだ、第二」彼は泣きながら自分を叱咤しったした、「——そんなにもばかだったのか、そんなにも……あんまりじゃないか第二、なんと云いようもないじゃないか」
はたし状 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、この叱咤しったは、羊のように弱い人にとっては、すこしばかり強過ぎるのです。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
厳父は唯厳なるのみにして能く人を叱咤しったしながら、其一身は則ち醜行紛々、甚だしきは同父異母の子女が一家の中に群居して朝夕その一父衆母の言語挙動を傍観すれば、父母の行う所
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それから更に考えてかの女の、子に対する愛情の方途が間違っているとは思えなかった。彼女は、子を叱咤しったしたり、苛酷かこくにあつかうばかりが子の「人間成長」に役立つものとは思わない。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)