叮嚀ていねい)” の例文
「背低シ。眼ハ大キクハナイガ非常に特色ガアル。言葉ハ叮嚀ダ。手色白シ。議論ニ熱中シタ時ニ親指ヲ立テテ拳固ヲ握ル癖アリ」
すると妻君が御名前はかねて伺っておりますと叮嚀御辞儀をされるから、余もやむをえず、はあと云ったなり博士らしく挨拶をした。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼等技巧發揮して叮嚀されゝばがまだそれをさない清潔よいじをへるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
氏は「は、」と一つ声を句切って、「ではまた午後、………昼前は原稿を書きます。」と云って叮嚀にお辞儀をして部屋に入って行った。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お前には人生そのものすら存在しないまでに、そんなにまで叮嚀にわたしはお前をこんな風と水と砂丘の世界へ封じようとした。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
顔の青白い主人が奥から出てきて、こっちを向いて叮嚀に挨拶をすると、薬瓶の沢山並んだ部屋から、大きな帳簿をもって来た。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おとよは平生でも両親に叮嚀な人だ、ことに今日は話が話と思うものから一層改まって、畳二畳半ばかり隔てて父の前に座した。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「どうも済みません」と、私は存外度胸を据ゑて帽子を脱いで特別叮嚀なお辞儀をして言つたが、さすがに声はおろ/\震へた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
いやいやそれよりも自分のようなものへ、叮嚀慇懃な言葉つきで、親しく話してくれるという、そのことだけでも有難かった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「いただきます。」女は、私の野暮憫笑するように、くすと笑って馬鹿叮嚀にお辞儀をした。けれども箸は、とらなかった。
佐渡 (新字新仮名) / 太宰治(著)
思わず此方も笑ってしまって、コンニチハ、イイコダネというと、子供たちはもう一度コンニチハとゆっくり言って大変叮嚀に頭を下げた。
叮嚀に手をいて暇乞をすると、く見ていたお雪さんが、おいおい泣き出して皆を困らせたという話や、それから中沢家で
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
庸三は前から気管が悪いので、五六年海岸で暮らすようにと、前からドクトルに言われていたものだが、ドクトルも胸部を叮嚀ていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
最後に私は椅子の上に置いた帽子を取上げて叮嚀にブラシをかけた。細かい蜘蛛の糸が二すじ三筋付いていたから、特に注意してけた。
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は横目で時計を見た。時間は休みの喇叭までにたっぷり二十分は残っていた。彼は出来るだけ叮嚀に、下検べの出来ている四五行を訳した。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
行商人はそうした取引にいちいち叮嚀に、何か理窟をつけては、決して高くないとか、品が違うなどと言いくるめてしまう。
その興業中川上は数〻わが学校に来りて、その一座の重なる者と共に、生徒に講談を聴かせ、あるいは菓子を贈るなどる親切叮嚀なりしが
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
桐の道具箱の引出の中に並んだ小刀を一本ずつ叮嚀に、洗いぬいた軟い白木綿で拭きながら、かすかにどめの沈丁油の匂をかぐ時は甚だ快い。
小刀の味 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
そして、冬服の上着のホツクを叮嚀して、山樺の枝を手頃に切つた杖を持つて外に出た。六月末の或日の午後である。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そして又太鼓をいて踊り始めたのです。けれども馬鹿七は、さつさと山へ上つて行きました。そして土を掘つて叮嚀に、杉苗を植ゑました。
馬鹿七 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
「坊っちゃんお帰り。」と庄屋の下婢は、いつもぽかんと口を開けている、少し馬鹿な庄屋の息子に、叮嚀にお辞儀をして、信玄袋を受け取った。
電報 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
優劣均衡条件決定者、出発合図人、審判官、獣医——馬の——、医者——人類の——だのが一々叮嚀にその住所姓名位階とともに列記してあって
「やうなお方といふ事はないぢやないの。お名刺は」来客を叮嚀にもてなさないと気持の悪い常子が、不機嫌に云つた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
松下のやうな男には、誰でもが挨拶だけは成るべく叮嚀にしようとする。挨拶には別に資本が掛らないで済む事だから。
私はその時、ウォタア・ロオリイ卿のように叮嚀にお辞儀をしようと思います。それからしゃっとこ立ちをして街を歩いてやろうかと思っています。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
市郎の顔を見るや、彼女衣紋って、「あら、若旦那……。」と、叮嚀に挨拶した。市郎も黙って目礼した。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
下らない往来なんかに引張出したのは私の間違いでした——彼はそう心の中で詫びながら、誰も目の前にはいないのだが、叮嚀に頭を下げて引とった。
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
そして茶事が終ったから謝意を叮嚀に致して、其席を辞した。氏郷の家来達もって去った。客も主人も今日これから戦地へ赴かねばならぬのである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「周文ですかな……」ちょっとげて見たばかしで、おやおやと言った顔して、傍にまっている弟子の方へ押してやる。弟子は叮嚀に巻いて紐を結ぶ。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
痩せてはいるが、幾分威張って歩きたがる男で、黒い髪と碧い眼を持ち、髭には叮嚀剃刀があてられている。
とりあつかいもたいへん叮嚀です。ただ私のことでお前に心配を掛けるのをすまないと思っています。父より。
ホームズはしばらくの間、それをべていたが、やがて、叮嚀に折りたたんで、自分の手帳の間にはさんだ。
そう云って、叮嚀なおじぎをした時の、文子の巧みな嬌羞を、柾木はいつまでも忘れることが出来なかった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それくらいのことは少し叮嚀に診察してくれればわかる筈です。まったくなさけないことだと思いました。
体格検査 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
昇汞水に手を浸しそれを叮嚀に拭いた学校医は、椅子にふんぞりかえるとその顎で子供を呼んだ。素っ裸の子供は見るからに身体を硬直させて医師の前に立った。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
紙屑が澤山あるゆゑ持て行ておといふやうになり叮嚀屑屋と方々にて贔屓にされ終には仲間にても名を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
召使の男の足もとへ、彼女はしかしそう詫びて叮嚀であった。ことばも静かに取乱しはしなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
琉球が日支両国に対する関係の軽重如何を極めて叮嚀に教えましたが、その真意を解するものが至って少く士族の連中はいずれも四書五経ばかりを金科玉条として遵守
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
「私が山田美妙斎でござります」と叮嚀に会釈された時は余り若々しいので呆気に取られた。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
叮嚀とか親切とかは、既に古い。少くとも、大阪の商人、店員は、品物への知識、それによる客の知識の開発、これが商売をにする現代的の傾向である——と私は信じる。
大阪を歩く (新字新仮名) / 直木三十五(著)
勝平は、瑠璃子の姿を見ると、此間会った時とは別人ででもあるように、頭を叮嚀に下げた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
に某国代表の御意見は御尤もであるが、しかし他方にはまたこういうこともあるから、御再考を願いたいというような、婉曲に対手の感情を害せぬように叮嚀に争うのである。
殊に多くの婦人達に——私は本書の内容についてはあまり多く申しません、訳も極めて叮嚀な隅々まで理解のとゞいた立派なものだと思ひます。並々ならぬ苦心のあとも見えます。
寄贈書籍 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
近子は輕くお叩頭をして、「うも御親切に有難うございます。」と叮嚀ツたかと思ふと、「ですが、其樣なにおひやらないで下さいまし。幾ら道具でも蟲がありますからね。」
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「ああそうですか、おやすみのところをすみませんでした」と、「タイメイ」さんはいやに叮嚀に言って引き返してきた。もうかえるのかと思っていたらまた別の方へつれて行った。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
何処やらの人が子供の時うつした写真だといふあどけないのをつて、それを明けくれに出して見て、面と向つては言はれぬ事を並べて見たり、机の引出しへ叮嚀にしまつて見たり
ゆく雲 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
叮嚀に書かるるは若き人に似ず感心なりとそれよりそろそろ世の新進作家なるものの生意気なる事をさまざま口ぎたなく痛罵したる後君たち文章を書かんと思はば何はさて置き漢文を
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
叮嚀に客を待遇するようになってからは、初めての年に、一ヵ年八十人ぐらいしか登山客のなかった土地が、後には毎年何千人という登山者を見るようになった、アルプス山の最高峰
上高地風景保護論 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
其様叮嚀な事を云っちゃアいけねえ、マア早い話がい、新吉、三藏さんと云ってな、小質を取って居るの一人娘、江戸で屋敷奉公して十一二年も勤めたから、江戸子し事で
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
口癖のようにそう云いましてね、一ずつ自分で毎年つくりますの、こんな物でも手作りのせいですか、おかしいほど大切にしていますからね、あなたもこれだけは叮嚀にしてやって下さい
日本婦道記:萱笠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)