口籠くちごも)” の例文
信一郎が口籠くちごもりながら何か云おうとしたときに、呼鈴に応じて先刻の小間使が顔を出した。夫人は冷静な口調で、ハッキリと云った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
クリストフは顔を赤くして、「クラフト夫人」——言いつけられたとおりの言葉を使って——に会いに来たのだと口籠くちごもりながら答えた。
「さあ……」明は本当に困惑したような目つきで彼女を見返しながら口籠くちごもっていた。「……なんて云っていいんだか難しいなあ。」
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
小夜子はまた口籠くちごもる。東京が好いか悪いかは、目の前に、西洋のにおいのする煙草をくゆらしている青年の心掛一つできまる問題である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そ、それはある。長明は厭世家だ、この世を悲觀したのだ。つまりその頃の天災地變の哀れさを見て……」先生は口籠くちごもりながら云つた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
「誰も貴方あなたを擇びはしませんよ。」とツて、少し顏をあかめ、口籠くちごもツてゐて、「貴方あなたの方で、私をお擇びなすツたのぢやありませんか。」
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「あれ、私の方から持ち込んだ話ですもの、お世話も何もありゃしませんけど……」と口籠くちごもるところへ、娘のお仙は茶をれて持って来た。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
きゝてオヽうれしや申し重四郎樣と云ながらと身をよせ其縁談そのえんだんの大津屋段右衞門の後家ごけにて縁女えんぢよはおはづかしながらと口籠くちごもり顏を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
この質問は妻木君をギックリさせたらしく心持ち羞恥はにかんだ表情をしたが、やがて口籠くちごもりながら弁解をするように云った。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お角は問いただされて、おのずから口籠くちごもります。その口籠るので、若党、草履取はお角にようやく不審の疑いをかけると
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「さあ、それは……」と彼女は明かに当惑とうわくしている様子で口籠くちごもったが、「誰なんですか、よく存じません」と答えた。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
主馬は口籠くちごもった。ふと相談してみようかという気になったのだ、然しそれが不可能なことは明白である、彼は憂鬱に眉をひそめて、そのまま沈黙した。
山椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
初の烏 あの、(口籠くちごもる)今夜はどういたしました事でございますか、わたくしなり……あの、影法師が、この、野中の宵闇よいやみ判然はっきりと見えますのでございます。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
またある時は米屋の借金のいいわけは婦人に限るなど、そそのかされてびに行き、存外口籠くちごもりて赤面したる事もあり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
お菊は、裏門の戸を内から開けて、そこにたたずんでいる旅の僧を見かけると、何か口籠くちごもって、それからは黙然と、ただ迎え入れ、ただ後ろをそっと閉めた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
といったが掻巻と布団が掛って居りますから、くるしむ声が口籠くちごもってそとへ漏れませぬ。一抉ひとえぐり抉ると足をばた/\/\とやったきり貞藏は呼吸いきが絶えました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その女はその美貌を水もしたたるような丸髷まるまげと一緒に左右へ静かに振って居る。一しきり振り続け、ちょっと休む間には何かぶつぶつ口籠くちごもりながら呟く。涙を流す。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「いえ、それが」と、小平太はちょっと口籠くちごもった。「御陪身ごばいしんではござりますが、さる西国大名の御家老格……私としては、もはや主人のり好みはしていられませぬ」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
母が、「豆腐屋さんのお店は?」と訊いたら、口籠くちごもっていた。「みきや長屋の近く?」と訊いたら、「へえ。そのみきや長屋で。」と云った。雨の日には、菅笠すげがさをかぶってきた。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
これは小花とそろいとは言ひ兼ねてか口籠くちごもる愛らしさ、ほんにわたしい気な事ねえ、清さんに話をするつてぼんやりしてゐてさ、話といふのも本当は大袈裟おおげさな位と、兼吉の言ひ出すを聞けば
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
………と姉は口籠くちごもりながら、身分や家柄は申分ないが、定職を持っておられないのが不安心だとは云っていた、しかしここいらでまとめなければ、贅沢ぜいたくを云ったらキリがないと私が云ったので
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
とお秀は口籠くちごもった、そしてじっとお富の顔を見た目は湿んでいた。
二少女 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
『よくも伺ひませんでしたけれど、』とお志保は口籠くちごもつて
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「革命だぞ。てめえ知っているか」と阿Qは口籠くちごもった。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
わたくし口籠くちごもりながらひかけると、大佐たいさ悠々いう/\として
女はそう呼びかけて、振りかえられると口籠くちごもった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
と、わしがくと、杉山は、一寸ちょっと口籠くちごもったが
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
畳に両手きたるまゝ、声はふるへて口籠くちごもりぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「いいえ、別に……。」と周平は口籠くちごもった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
おだやかに答えられて若紳士はしばらく口籠くちごもりぬ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「訳ですか?」と満枝は口籠くちごもりたりしが
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と、口籠くちごもるのを、片里は追いかけて
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と、彼は、いくぶん口籠くちごもりながら
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
彼は何故なぜか一寸口籠くちごもったが
蝕眠譜 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
千登世は口籠くちごもつた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
呉一郎は、それでも何かしら不安そうに鍬の上げ下げを凝視していたが、間もなく独言ひとりごとのように口籠くちごもりつつつぶやいた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
美奈子は、もっと何かいたそうだったが、はげしい興奮のために、胸がせまったのだろう、そのまゝ口籠くちごもってしまった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼女はここへ来て急に口籠くちごもった。不敏な僕はその後へ何が出て来るのか、まださとれなかった。「御前に対して」となかば彼女をうながすように問をかけた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「それは……」と女客は明らかに口籠くちごもったがしかしおっかぶせるように「それはあたくしの方も、つれあいを愛しています。それはたしかでございます」
断層顔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
初の烏 あの、(口籠くちごもる)今夜はういたしました事でございますか、わたくしなり……あの、影法師が、此の、野中のなか宵闇よいやみ判然はっきりと見えますのでございます。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
兵馬は妙に口籠くちごもって了った。小房はそれではっとしながら、慌てて寝衣をひろげ、辰之助の肩へと着せかけた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
えいじける故流石さすが公家くげ侍士さふらひ感心しこし墨斗やたてを取出し今一度ぎんじ聞せよと云に女は恥らひし體にて口籠くちごもるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それ以上は口籠くちごもって言わんとしないのであるが、田山白雲はその間から何物かを感得したもののように、しばらく、荒涼たる名残なごりのそのあたりの動静を視察し、それ以上に
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「有難うございます——」おようは山国の女らしく、こんな場合に明をどう取り扱って好いのか分からなさそうに、唯、相手をいかにも懐しげに眺めながら、そのまま口籠くちごもっていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「でも……」と、口籠くちごもっていたが、顔を見あわせた後、一人が膝をすすめて言った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はちょっと口籠くちごもりながら、しかし勇気を起して訊ねました。
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「ええ、あのそれは」と、おしおは口籠くちごもりながらつづけた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
「四斗……」と地主は口籠くちごもる。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
にわか口籠くちごもりて後は口の内
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
と、雪子は口籠くちごもりながら
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)