やゝ)” の例文
是は素人狂言の常で、実は本職の役者の間にもやゝもすれば免れぬ事だが、都合好く運んで来た茶番の準備が役割の段に至つて頓挫した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
琥珀こはく刺繍ぬひをした白い蝙蝠傘パラソルを、パツとはすの花を開くやうにかざして、やゝもすればおくれやうとする足をお光はせか/\と内輪うちわに引きつて行つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
彼は、やゝともすれば角張つた感想を洩すのであつたが、いつの間にか彼女に新しい魅力を感じ始めてゐる自分に気づいた。
小川の流れ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
和「フム、それでは普通の職人がやゝともすると喧嘩口論をいたして、互に疵をつけたりするような粗暴な人物じゃないの」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
透き徹った人物はやゝともすると小規模になるが、孔明はそれで大きいから不思議だ。漢の高祖などはいくら大きくッても恐ろしく濁って居るからな。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
書を能くするものは筆を撰まずとはやゝもすれば人の言ふところにして、下手の道具詮議とは、まことによく拙きありさまを罵り尽したることばにはあれど
鼠頭魚釣り (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
氣向きむかねばとて、病と稱して小松殿が熊野參寵のともにも立たず、やゝもすれば、己が室に閉籠りて、夜更くるまで寢もやらず、日頃は絶えて用なき机に向ひ
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
そして、それはやゝもすると、坊間ばうかんの「ブルヂヨアに対する反感」に似たものへ、迎合されさうな気さへした。
私の社交ダンス (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
けれども、自分には元来文章の素養がないから、やゝもすれば俗になる。突拍子もねえことをやがる的になる。坪内先生はも少し上品にしなくちやいけぬといふ。
言文一致 (新字旧仮名) / 水野葉舟(著)
ひとやゝもすれば、その最期いまはこゝろかるゝ! それを看護人かんごにんぬるまへ電光いなづまんでゐる。
やゝもすれば記憶から逸し易く、故人の功績を伝へる意味からも、たまた、日本新劇運動史の頁を飾る上からも、速かに之を完全な記録として整理保存する機関を設けられたい。
偉大なる近代劇場人 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
火事場などに於てやゝもすれば喧嘩に及び、雙方結ぼれて解けざる時に、親分なる者が仲裁に入り、公裁を仰がずして其喧嘩の是非を糺して、非なりと認る所の者を坊主にする歟
帝室論 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
彼が進歩党員であるが為に、鉱毒問題がやゝもすれば党派問題と見なされるうれひがあつた。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
其癖其職人は娘を口で叱るばかりでなく、やゝともすると手込てごめにする事もあるのだ。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
やゝもすれば見と信とを対せしめては、信の一義に宗教上千鈞せんきんの重きをくを常とし、而して見の一義に至りては之れを説くものまれ也、いはんや其の光輝ある意義を搉揮かくきするものに於いてをや。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
病後夫が召捕めしとられしよりハツと逆上なしくるまはりしかば長家中皆々みな/\番もすれともやゝもすれば駈出かけいでてあらぬことどものゝしり廻るにぞ是非なく家主とく兵衞并に組合くみあひより願ひ出けるに先達さきだつて御召捕に相成あひなり候庄兵衞の妻とよ亂心らんしん仕つり町内にて種々と介抱かいはうかつ養生仕つり候へども晝夜ちうや安心相成ず難儀なんぎ至極に付何卒御奉行樣にて入牢仰付られ候へば町内ちやうない一同有難仕合なりと申ける是れは
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
やゝもすると素破抜すっぱぬきをしてそりゃア騒ぎだよ、何うぞ此の事は思いまっておくんなせえ、こりゃア本当ほんとに人助けだから
意馬は常に六塵の境に馳せて心猿やゝもすれば十悪の枝に移らんとし、危くもまた浅ましく、昨日見し人今日は亡き世を夢と見る/\果敢なくも猶驚かで
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「京子、氣を確かに持ちんか。……お前のお父つあんは、もう故人になられたやないか。」と道臣は、やゝもすれば歩き出しさうな京子を押へながら言つた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
常三郎は生れていくばくもあらぬに失明した。しかのみならず虚弱にして物学ものまなびも出来なかつた。それゆゑ常に怏々として楽まず、やゝもすれば日夜悲泣してまなかつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
私は一度はそれらを慕はしいものに見たが、やゝもするとそれから去年の失敗を聯想し易いので、机掛も新らしい茶褐色のに改め、晩鐘圖はナポレオンの肖像と換へた。
受験生の手記 (旧字旧仮名) / 久米正雄(著)
朝な夕な店頭に据わって眺め暮らして居る銀座通りの光景が、やゝともすると燦爛さんらんたる宝石の羅列られつするように見えたり、房々ふさ/\とした女の黒髪ののたくるように見えたりする。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
総て芸術上の理論セオリーなどゝいふものは、それ自身には、常に一つの美しい真理と、新しい香りとを含んではゐるが、その実行に当つて、やゝもすれば極端な反動的偏見を曝露して、自縄自縛に陥り
演劇一般講話 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
すると彼は、彼女について、あの頃、この頃などとやゝともすれば区別でも仕様とする自分こそ、何と見解の浅い者であつたか! と思はれる、吾ながら卑俗の眼が益々後悔されて来るのであつた。
小川の流れ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
やゝもすれば柄に手を掛けてビンタ打切うちきるなどというがある、其の時山三郎は仲へ入って武士さむらいなだめ、それでも聞かんと直々じき/\奉行に面談致すなどというので
植物にしても若い木は隨分甚だしい傷を負うても直に癒るが、老木が少し傷を負ふと、やゝもすれば枯れたがる。それは全體に於て所謂生氣といふものが若いものには強い。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
二人が会合すれば、いつも尊王攘夷の事を談じて慷慨かうがいし、所謂いはゆる万機一新の朝廷の措置に、やゝもすれば因循の形迹けいせきあらはれ、外国人が分外ぶんぐわいの尊敬を受けるのをあきたらぬことに思つた。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
二人の會話はやゝもすれば、こんな物の連續だつた。それでも受驗の事を話し合つてると、何となく活氣づき力附くやうに思はれた。別れる時にはきつとこんな事を云ひ合つた。
受験生の手記 (旧字旧仮名) / 久米正雄(著)
「千日前ちうとこは、洋服着た人の滅多に居んとこやてな。さう聞いてみると成るほどさうや。」と、源太郎はやゝもすると突き當らうとする群集に、一人でも多く眼を注ぎつゝ言つた。
鱧の皮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
やゝもすれば御家来をお手討になさるような事が度々たび/\ある、斯様な方がお世取よとりに成れば、お家の大害だいがい惹出ひきいだすであろう、しかる処幸い前次様は御病気、ことにお咳が出るから
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
氣の張ること旺んに強きものは、やゝもすれば凝る氣になる。此も亦實に一難である。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「千日前ちふとこは、洋服着た人の滅多に居んとこやてな。さう聞いてみると成るほどさうや。」と、源太郎はやゝもすると突き当らうとする群集に、一人でも多く眼を注ぎつゝ言つた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
後には「己の著物には方々に鍼がある」と叫んで狂奔し、やゝもすれば戸外に跳り出でむとした。妻は榛軒の許に馳せ来つて救を乞うた。榛軒は熟々つく/″\聴いた後に、其顔を凝視して云つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
知らず識らず受驗生の頭腦を刺戟する、狡猾にする、そして最もよい事には、やゝもすれば不規則になり易い受驗生生活に、先づ學校らしい體裁を備へた、一つの規律を與へる機關となる。
受験生の手記 (旧字旧仮名) / 久米正雄(著)
あはな聲を出して、やゝもすればおくれてしまひさうなお光は、高く着物を端折はしをり、絽縮緬ろちりめん長襦袢ながじゆばん派手はで友染模樣いうぜんもやうあざやかに現はして、小池に負けぬやうに、土埃つちぼこりを蹴立てつゝ歩き出した。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
瀬田は頭がぼんやりして、からだぢゆうの脈がつゞみを打つやうに耳に響く。狭い田の畔道くろみちを踏んで行くに、足がどこを踏んでゐるか感じが無い。やゝもすれば苅株きりかぶの間の湿しめつた泥に足をみ込む。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
其の頃はやゝともすれば血判だの、とて立行たちゆきが出来んから切腹致すの、武士道が相立たん自殺致すなどと申したもので、寺島松蔭の反逆も悉皆すっぱり下組したぐみの相談が出来て、明和の四年に相成りました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
きのふから気に掛かつてゐる所謂いはゆる一大事がこれからどう発展して行くだらうか、それが堀自身にどう影響するだらうかと、とつおいつ考へながら読むので、やゝもすれば二行も三行も読んでから
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
今度の事になつてからは、己は準備をしてゐる間、何時いつでも用に立てられる左券さけんを握つてゐるやうに思つて、それを慰藉ゐしやにしただけで、やゝもすれば其準備を永く準備のまゝで置きたいやうな気がした。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)