風貌ふうぼう)” の例文
姉のしがらみは返辞をしない。でへやの中は静かであった。柵は三十を過ごしていた。とはいえ艶冶えんやたる風貌ふうぼうは二十四、五にしか見えなかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
実際そういえばそうらしい様子もあった。しかし彼の風貌ふうぼうにはどことなく心の奥底のやさしみと美しさが現われていたように思う。
亮の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いまだ少年であった私がたとい翁と直接話をかわすことが出来なくとも、一代の碩学せきがく風貌ふうぼうのぞき見するだけでも大きい感化であった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
にこりともしない風貌ふうぼうにはじめて接し、やはり私のかねて思いはかっていた風貌と少しも違っていないのを知り、全く安心した。
『井伏鱒二選集』後記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
田もはたけも凍りついた冬枯れの貧しい寒村。窮迫した農夫の生活。そうした風貌ふうぼうの一切が「猿なり」という言葉で簡潔によく印象されてる。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
秋本は貴族的な立派な風貌ふうぼうの持主で、葉子の郷里の人が大抵そうであるように、骨格に均齊きんせいがあり手足が若いすぎのようにすらりとしていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おゆうの良人としての相良寛十郎は、一空さまも木場の甚も識っているので、人相風貌ふうぼうなどを話し合ってみると、完全に一致するのである。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
杉山部落で賢者のような風貌ふうぼうをした片平翁に接した直後だっただけに、対照的な意味でも、ふかく印象づけられたらしかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
これらみ仏そのままの風貌ふうぼうで、飛鳥びとはこの辺を逍遥しょうようしていたのであろうか。そこには永遠の安らいがあったに相違ない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
自分の熱愛しているアンナの夫のカレニンの風貌ふうぼうを見てけがらわしい心持になったと同じような気がして、その瞬間たちまち
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
しかし、そのころになってもまだ、彼の完全な沈黙は破られなかったし、風貌ふうぼうの中のすさまじさも全然やわらげられはしない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
切れ目のはっきりしたすずしいつきだけはうつされている男女に共通のものがあってこの土地の人の風貌ふうぼうを特色づけていた。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
殊更、その風貌ふうぼうは、眉が美しく、鼻梁はなすじが通り、口元が優しくひきしまっているので、どちらかというと、業態ぎょうていにはふさわしからぬ位、みやびてさえ見える。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
彼は敬二郎と同年の三十二歳だが、風貌ふうぼうも気質もずっと老成しているし、親族の中では唯一人の平五の味方であった。
末っ子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼の風貌ふうぼうのうちには、沈重ちんちょうな北方人の趣きと瞑想めいそう的な苦行者の趣きとがあるといわれているが、その心には、輝かしい溌剌はつらつたる魂が蔵せられていた。
勝田君に誘われて角町から一里半の道を遙々歩いたのは、成功者の風貌ふうぼうに接したいというよりも大滝が物になりそうか何うかを確めたかったのである。
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
かれは、人柄ひとがらとしては、まことに温和おんわ風貌ふうぼう分別盛ふんべつざかりの紳士しんしである。趣味しゅみがゴルフと読書どくしょだという。そして、井口警部いぐちけいぶとのあいだに、つぎのような会話かいわがあつた。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
天井板が吹き飛ぶかとばかり、豪快に笑った風貌ふうぼうを、あの時代の軍人の、一つのタイプとして、印象が深い。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
二人とも富裕な生活の人とは見えなかったが、劣らず堂々とした立派な風貌ふうぼうせいも高く、互に強く信じ合い愛し合っている満足した様子が一べつして感じられた。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
いかさま、主人大学の保証したとおり、一見するに目の動き、腰の低さ、高家の忠義無類な用人らしい風貌ふうぼうでしたが、しかし、その服装がいささか不審でした。
年齢よりも大人おとなびて感じのよい若公達わかきんだちになっていて、将来の有望なことが今から思われる風貌ふうぼうの備わった人であるのを、尚侍は婿にしてみたいように思っていた。
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そういうふうに彼は二年も三年も漂然ひょうぜんといなくなって、現れるとムッツリとした風貌ふうぼうを示し、やがてまた人々に送られて、至極満足そうなニコニコ顔で出かけた。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼の優雅な風貌ふうぼうの一つであってわれわれが既に述べたところの、あの子供らしい快活さをもって彼が話をする時、人は彼のそばにあっていかにも安易な気持を覚え
製作者はまたその面に男女両性を与え、山嶽さんがく的な風貌ふうぼうをも付け添えてある。たとえば、すぎの葉の長くたれ下がったようなあらい髪、延び放題に延びた草のようなひげ
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それが、博士の性格的な風貌ふうぼうと相まって、博士の達識ぶりを、いちだんと引き立たせて見せていた。
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
いったい彼の風貌ふうぼうや性格には、つまり押しなべて彼の生まれつきには、何かしら捕捉しがたい魅力があって、それが女の気をいたり、女を誘い寄せたりするのだった。
彼の持論に従えば、阪神間でも高燥こうそうな、景色の明るい、散歩に快適な地域なのであるが、それがちょうど揚子江や黄河こうがの大洪水を想像させる風貌ふうぼうに変ってしまっている。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その見知らぬ人——この名称で彼を呼ばしてもらいたい、全世人にとって彼はやはり見知らぬ人であったのだから——その見知らぬ人の風貌ふうぼうはそれらの題目の一つである。
しゃがれ声のきたない粗野ないやしい疥癬病かいせんやみの生徒らの中に交って、衒学げんがく的な天才はだの風貌ふうぼうをしているが、それらの悪童どもと口論し、時としては土方みたいになぐり合い
しかし短檠たんけいの光に照らされたその風貌ふうぼうをみるに、色こそ雨露うろにさらされて下人げにんのごとく日にやけているが、双眸そうぼうらんとして人をるの光があり、眉色びしょくうるしのごとく
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この人物をブレースブリッジ氏はいつもマスター・サイモンという風変りな称号で呼んでいたが、彼はこぢんまりした、快活な男で、徹頭徹尾独りものの老人らしい風貌ふうぼうをしていた。
一人は三十前後のせがたの、背の高い、きたならしい男、けれどもどこかに野人ならざる風貌ふうぼうを備えている、しかしなんという乱暴な衣装みなりだろう、古ぼけた洋服、ねずみ色のカラー
号外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
これを横から眺めていると、博士もまた、蜘蛛の化け物じゃないかという疑いがいてくる。そういえば「新青年しんせいねん」誌上にのっている金博士の顔は、蜘蛛の精じみた風貌ふうぼうをもっているよ。
上のお兄様は陸軍の軍医になっていられ、兄が陸軍へ出るようになった始の頃に、地方へ検閲に行った時の上官で、一緒に写された写真を見ましたが、痩型やせがたの弱々しい風貌ふうぼうの人でした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
元来禁欲そうじみた風貌ふうぼうの彼にはよく似合うりたての頭をして、寝台しんだいにどっかと胡坐あぐらをかき、これも丸坊主の村川と、しきりに大声で笑いあって、なにかうれしそうに話をしていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
若者わかものはその全体の風貌ふうぼうからいままでに知らなかった威圧いあつをうけたので、思わず一揖いちゆうした。すると老人は音も立てずに一歩歩をすすめて、「何か思いごとがあって毎日ここにこられるのか」
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
人間が自然に各様式の風貌ふうぼうを以て生れては来るのであるが、便宜上馬に類する者、たぬきに類するものきつねに類するものを集めて、狸面、狐面と区別すると、説明がしやすいからだろうと思う。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
お嬢さんたちと立話をしてゐる私を、その父兄とでも思つたのだらうか、神父はにこやかに私に会釈をしたので、私もあわてて礼を返す拍子に、ふとかのウルガン伴天連バテレン風貌ふうぼうを思ひ浮べた。
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
三本ひげを蓄えた顔は、中国の大人たいじん風貌ふうぼうによく似ている。そして、顔の造作からだの格好に至るまで、日本の鯰に寸分違わぬのであるけれど、実はこれは鯰ではないのである。鱈であるのだ。
(新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
鷲尾より二三年下の、同じ小学校出で、このひどく変った容貌ようぼうをみても、かすかに幼顔がおもい出せたが、——六七年前、熊本市の市電争議の指導者だった当時の彼の風貌ふうぼうがどこにあるだろうか……。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
私はまたそのとき初めて菊池寛の風貌ふうぼうをまのあたりにした。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
その風貌ふうぼうにおいても、はっきりした形のあるものであった。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
日本の学者たちの、この人にはおそらくはなはだ珍しかったであろうと思われる風貌ふうぼうを彼一流のシネマの目で観察していたことであろう。
北氷洋の氷の割れる音 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
凄いやつらしいんだ。ライオンのような風貌ふうぼうをしているそうだ。留学生たちも、この人のいう事なら何でも聴く。絶対の信頼だ。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あるいしょう観音ともいわれる。すべての飛鳥仏のごとく下ぶくれのゆったりした風貌ふうぼう茫漠ぼうばくとした表情のまま左手につぼをさげて悠然ゆうぜん直立している。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
彼はその男の風貌ふうぼうや人柄を想像してみて、通俗小説にでもありそうな一つの色っぽい出来事と場面を描いてみたりしていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
次郎はまだ一度もその風貌ふうぼうに接したことはなかった。しかし、朝倉先生の口を通して、およそその人がらを想像していた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
しかも根柢こんていの足場に於て、民衆と同じ詩的精神の線上に立っているところの、一の毅然きぜんたる風貌ふうぼうを有する人物である。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
ブルさんとはその風貌ふうぼうぜんたいをさした仇名であるが、あまり似すぎているため、かえって興ざめなくらいであった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
むしろ、何か悪霊あくりょうにでも取りかれているようなすさまじさを、人々は緘黙かんもくせる彼の風貌ふうぼうの中に見て取った。夜眠る時間をも惜しんで彼は仕事をつづけた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)