)” の例文
旧字:
それより目がどんよりとち込んで、ちからのないゆるみを帯びていること、ものを正視するに余りに弱くなっていることに感づいた。
(新字新仮名) / 室生犀星(著)
その手紙によると、あなたは彼女と恋にちた時に、不倫の思い出の何もかも打ち明けてしまわなければならなかったというのです。
もちの木坂に足場をかためて、待ちもうけていた敵の重囲の中核にちつつ、法月弦之丞がことさらに悠々と腰をかけたのもその心。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
俄然がぜん鉱山の敷地が陥落をはじめて、建物も人も恐ろしいいきおいもっまたたく間に総崩れにち込んでしまった、ということが書いてある。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
墨を流した空の下に、怪物のような巨濤なみが起伏して、その大穴へ船がちこんでゆくときは、今にも一呑みにされるかと思われた。
抜け荷の取引を済ませて帰ってきた弾三郎は、一杯機嫌で桟橋へかかると、首尾よく茂野の仕掛けたわなちて、板を踏み外した。
この間を縫うて四人は一歩一歩辿たどった。ちょうど中頃の最も崩壊の甚だしい処に至ると、頭上とうじょううなりを生じて一大石塊が地にちた。
あのひとがほんとうに間者であったといたしましたら、死に際に臨んであんなに迷いのふかい気もちにちこまれるわけはございません。
蜜柑の皮 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
橋桁はしけたっこった土橋、水がれて河床の浮きあがった小川や、畦道あぜみちは霜に崩れて、下駄の歯にらんでひどく歩きにくかった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
彼のいまんでいる異様な心的興奮が何かそんな考えを今までの彼の安逸さを根こそぎにする程にまで強力なものにさせたのだった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
あわてていたこととて、思わず眼下の暗黒のなかに、くらくらっとちかけたとき、足もとの階段が、独りでに、すうっと降りだしました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
半五「へい成程、あゝ悪いことを云った、そんな事とは知らず迂濶うっかりといったが、旦那おめえさんけば見す/\穽穴おとしあなちるので」
「でも、また半面には熱情家でもあったんですの。だからこそ宮本夫人ともああした関係にちたんではございますまいか?」
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
運命なのか、地面へ飛び下りるつもりの彼女は、丁度そのあなへどんと俯伏うつぶせにちこんだ時、如何どうとも全力が尽きてしまった。
何しろ深い谿間たにあいのじめじめしたところだから、ずるずる止め度もなく、すべって、到頭深い洞穴あなのなかへちてしまったもんですよ。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は暫時の間、茫然として、部長の顔を凝視みつめて居た。やがて、彼の眼には陥穽かんせいちた野獣の恐怖と憤怒ふんどが燃えた。(完)
奥間巡査 (新字旧仮名) / 池宮城積宝(著)
「危険な深淵! そうです。貴君のお兄さんが、誤って陥った深淵へ貴君までが、同じようにちようとしているのです。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
何でも上州辺のある沼に鯰をうんと飼つてゐた、それが洪水おほみづに押し流されて、河にち込んだのが、流れ流れて両国川に入つて来たのだといふ事だ。
彼はそれから一歩一歩と、無限の地獄にち込むような怖ろしい思いを繰り返しながら、石の階段を登って行った。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
外では夜に入るとともに豪雨にひどいあらしが吹き添って来たと思われて、よっぴて荒れ狂うていたが、私はそれとは反対にかえって安らかに眠りにちた。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
案外もろく父もそこにちいらぬとも限らない。陥ちいってくれることを自分は父に望むのか。それを望むよりほか二人の生きて行く道はないのか……。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そうしてその時期にめぐり合せた俊才たちは、きまって憂鬱になるのだ。著しかった精神活動の時期を回顧して、だん/\深い憂鬱にちこんで行くのだ。
闘争 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
高次郎氏が看守長となった年の秋、漢口かんこうちた。その日夕暮食事をしていると長男が突然外から帰って来て
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
丁度ちょうど、サイパンがちた直後で、どうせ私達は南方の玉砕ぎょくさい部隊だと、班長たちから言われていた時で——
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ところが、背後は池の半分ね出しだから、池の中へ群衆はひと溜まりもなくち込んでしまった。
と見る……ああ、なんという大凄観! とつぜん、目前一帯の地がずずっとちはじめたのである。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ほんとうに空のところどころマイナスの太陽ともいうようにくらあいや黄金やみどりはいいろに光り空からちこんだようになりだれたたかないのにちからいっぱい鳴っている
インドラの網 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
なぜならば、山本正雄の語った言葉、そして更に語ろうとした言葉は地獄からでなければ聞き得ず、また地獄にちなければ語り得なかった事実であったであろうから。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
鼻と尖つた頤とのあひだへすつかりちこんで、絶えず毒々しい薄笑ひを浮かべてゐる口許、火のやうにキラキラ光る金壺まなこ、かはるがはる始終その顔にあらはれる
それおごりをもて治めたる世は、往古いにしへより久しきを見ず。人の守るべきは倹約なれども、一五二過ぐるものは卑吝ひりんつる。されば倹約と卑吝のさかひよくわきまへてつとむべき物にこそ。
娘子じょうし軍をひきつれて若紫は、ちたばかりの町へすぐさま乗りこんで行ったのだ。その若紫に会ったのは、俺がピーを買いに行ったからだが、そこんところをちょっと言うと——。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
唯、あるものに囚われての作はどこまでも窮屈である。また、理窟にちていい作品は出来ない。客観写生より進んで行った作品は何らの拘束がない、そうして自然と共に自由である。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
かんにうちふるしろ歯列はならびは、いつしか唇を噛み破って真赤な血に染み、軟かな頭髪は指先で激しぐかきむしられてよもぎのように乱れ、そのすさまじい形相は地獄にちた幽鬼のように見えた。
ヒルミ夫人の冷蔵鞄 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
戦時中は兵隊にひき出されて南方へ行き、終戦になつて帰還して見ると親兄弟も女房子も行方がわからず、更に手がゝりがなく、遂に現在のやうな境遇に自然にちこんだといふのである。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
谷多き地を旅するに駱駝谷底にちて荷物散乱するを防ぐため、谷に遭うごと駱駝の荷を卸し、まず駱駝を次に荷物を渡してまた負わせ、多少行きて谷に逢いてまたかくする事度重たびかさねる内
祖父の墓石には苔が生えたであろうと心配し、庭の黄菊にさびがはいったにちがいないと思いなやんだ。文字通り、風の夜、雪の日には、何べんとなく思いにちて涙をこぼした郷里であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
私はその中にまじつて、こはれ掛つた椅子にもたれて、アスピリンで微熱を下げながら、自分の運命のやうに窮地にちた王将が、命からがら逃げ出すのを、しよんぼり悲しんでゐたのだつた。
聴雨 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
いちごのように点々と毛穴が見え、その鼻が顔の他の部分と何の連絡もなく突兀とっこつと顔の真中につき出しており、どんぐりまなこが深くち込んだ上を、誠に太く黒い眉が余りにも眼とくっ附き過ぎて
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
すでに太宰府はきのうのうちにちており、少弐妙恵しょうにみょうけい入道以下、あえなく、内山の城で自害し終ッていたということを——である。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐ろしい不名誉とちかかった貧苦の淵から救い、その代償として、——誠にしからぬことですが、お嬢さんの志津子さんを迎え容れ
あたらしく恋愛にち、日本で結婚式を挙げるために、オランダからアメリカの貨物船に乗って帰ってくるという通報が入った。
男が彼女のこゝへちて来た径路などを聞かうとして、色々話しかけると、若い癖にそんなことは聞かなくともいゝと言つた風で、笑つてゐた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
私は病院の助手をやっていたが、恰度その頃、或る婦人と恋にちました。私としてはこれが後にもさきにもたった一度の、そして熱烈な恋でした。
麻酔剤 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ズルリズルリと下がって来るうちに、見る見る綱が詰まって来てポチャンポチャンと海へち込む。そのまま
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
雨はいよいよしげく、いぶせさは二人にとって何か突然な出来事の期待をかけるほど、陰鬱いんうつち入らせた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
前に横たえてある棒をしっかりにぎっているうち、車はすべりだし、深い穴のなかにちてゆきます。再び、登りだしたときは、背もるような急角度の勾配こうばいでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
皆が有頂天になつて騒ぎ立つてゐる一刹那、どうしたはづみか氷はばり/\と音を立てて割れた。そして四人が四人とも、その割れ目にち込んで死んでしまつた。
「木曜日にワルシャワつべし」と書いてあった。何週の木曜日だか、正確な時日はわからなかったが、それが、ワルシャワの市街を、ほのかに運命づけたようにみえた。
勲章を貰う話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
氏はあまりねつきのいい方でないので眠りにちたのは二時頃だろうということであった。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
ここを出て地獄茶屋でひと休みやすんでいると、只事ただごとならぬ叫び声が聞える。スワ何事の出来しゅったいと、四人一度に飛び出す。見れば一頭の悍馬かんば谷川へちて今や押し流されんず有様。