阿呆あほう)” の例文
花盛りのなしの木の下でその弟とも見える上品な男の子と手鞠てまりをついて遊んでいる若い娘の姿に、阿呆あほうの如く口をあいて見とれていた。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「あの阿呆あほうをね。たれがまあ手をつけたんだか——もっとも、阿濃あこぎは次郎さんに、執心しゅうしんだったが、まさかあの人でもなかろうよ。」
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
『ああ、いい塩梅あんばいちやがつた。自分じぶん眼玉めだまふなんて阿呆あほうがどこにゐる。ペンペの邪魔じやまさえゐなけりや、もうあとはをれのものだ。』
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
阿呆あほうやな、もし六波羅が落ちたら、どうなるのじゃ。六波羅はいま、新帝(光厳帝こうごんてい)の皇居でもあろうによ! ……なぜ勅命を仰がぬか。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何が阿呆あほうかいな? はい、あんた見たいに利口やおまへんさかいな。好年配えいとしをして、彼女あれ此女これ足袋たびとりかえるような——」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それをすぐオーケーとばかりに承諾しては田代公吉が阿呆あほうになるからそれは断然拒絶して夕刊娘美代子の前に男を上げさせる。
初冬の日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「てめえの馬鹿にも、あきれたもんだ。それほどの阿呆あほうではないと思って、一度大口の染めの注文をあつかわせてみたおれが、わるかった」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
するついに春琴は「阿呆あほう」と云いさまばちをもってった弾みに眉間みけんの皮を破ったので利太郎は「あ痛」と悲鳴を挙げたが
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いかに阿呆あほうを装っても、もう誰一人葉之助をおろか者とは思わなかった。彼は高遠一藩の者から、偶像とされ亀鑑きかんとされた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あるいは鼻の頭からやさしい長い触覚を出して、ソロリソロリと動かしながら、リンリンと人を哀れがらせ、くちばしと鼻を兼帯にして阿呆あほう阿呆と鳴き渡り
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
祖母の話によると、君子の生まれるまでの母は精神こころというものをさきの世に忘れてきた人のように、従順ではあったが、阿呆あほうのようにも見えたそうな。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
「続け、続け」とウィリアムを呼ぶ。「赤か、白か」とウィリアムは叫ぶ。「阿呆あほう、丘へ飛ばすよりほりの中へ飛ばせ」
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あれは関西で、白痴はくちのことを言うんだよ」と言えば、沢村さんも、「そうとも、ボンチはつまりポンチと同じことじゃ。阿呆あほうのことをいうんだぞ」
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
お鈴と入れ替って京屋へ来た男、——向柳原の熊五郎が請人で、阿呆あほうの振りをしていた男——こいつが丈太郎でなかった日にゃ、俺は岡っ引をやめるよ
見ると、これは通常、社会に於て、馬鹿とか阿呆あほうとか言われる種類に属した人品であることが一目でわかりました。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一九二〇年十月極東白衛軍の総帥アタマン・アブラモーフ将軍が、ロマノフ朝最後の皇太子に永遠の記憶メモリーを捧げたものが、このとてつもない阿呆あほう宮だった。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
こちらのことを——もし知っているとすれば——「阿呆あほうめ」とでもいって、好い心持になっているであろう。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
だいたいダンスホールへ這入っていながら踊らないなんてことがこういう阿呆あほうな感傷に落込むもとなんだ。
流浪の追憶 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
もっとえらいのになると、二十年もしてから阿呆あほうになってひょっこりと出てきた。もとの着物を着たままで、縫目ぬいめはじけてほころびていたなどと言い伝えた。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかも私の目をつけているその阿呆あほう自身が言い出して始まるように、よほど気をつけてやったのだった。
お石は、唇を噛んでジリジリしながら、どう考えても馬鹿こけ阿呆あほうに違いない自分の亭主を呪った。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
んで下さい、阿呆あほうな事を、人情じゃから愚僧わしは許すが表面おもてむきになれば只は許さんぜ、何処までも届け出ますじゃ、出家という者はな、お前なぞは分らんから云って聞かすが
前足にれ物ができているということでがんしたが、なにしろ日もないことだし、それ例の読心術の応用で、藁牛わらうしの前足に的を付け、そこばかり一心に突かしたら、阿呆あほうも一字で
阿呆あほうでそのうえ悪擦わるずれしているんですから、かないませんわ。」と越春さんは云った。越春さんは助ちゃんのことというと、なぜかむやみに反感をつのらせる傾きがあったようだ。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
阿呆あほうめ、おせんのおびじゃ。あれがのうては、肝腎かんじん芝居しばいがわやになってしまうがな」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
すり硝子の笠はとうてい見つけようもなく、二度と手にはいらない稀品でこのスタンドはこの笠一つで装われているものであったから、私は畳の上の破片をしばらく阿呆あほうのように眺めた。
ルピック氏——もういいから、だまっとれ、阿呆あほう! わしから注意しといてやるが、もし、頭のいいっていう評判をくしたくなけりゃ、そんなでたらめはよその人の前でいわんこった。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
一人は足えの阿呆あほう、もう一人は足痿えの佝僂せむし、もう一人は足も達者で、利口すぎるくらいでございますが、女学生でして、もう一度ペテルブルグへ行くと申して、何でもネヴァ川の岸で
落着きはらっているのは、阿呆あほうだからこそのことだ。自分と対等の人間とほんの少しでも言葉をわせば、万事は、こんな連中と長々しゃべっているよりも比較にならぬほど明瞭めいりょうになるだろう。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
しかし、困ったといって、こうして腕をんで、阿呆あほう見たいな顔はしていられない。どうにかしなければならないという気が何よりもまず先立って来る。あの百観音が今焼かれようとしている。
そしてまた、政治家であることに誇りを感ずる思想家も阿呆あほうである。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
阿呆あほう、ぐず、のろま、意久地いくじなしは云ふに及ばず、気取り屋、おしやべり、臆病、卑怯、未練、ケチンボ、コセツキ屋、悧巧者、ひとりよがり、逆上家、やきもち屋、愚痴こぼし、お世辞屋、偽善者
サニンの態度 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
この人はまるで阿呆あほうのようだ。そのくせわたしの着物にはいろいろと世話をやく。あらいがらのものをわたしが着さえすればよろんで居る。ときには少女が着でもするような派手な着物を買ってさえ来る。
愛よ愛 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
阿呆あほうどもが! 俺を馬鹿者にしようとしてやがる……。」
「伜は阿呆あほうだが、好いまごを生ませる爲に家に置く。」
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
阿呆あほうの一つおぼえということがありますからね」
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
そういうものに熱中する君は、よほどの阿呆あほう
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「いや、何とも致さぬが、もしこの中に少納言殿の御内みうちでないものがいたと思え。そのものこそはあめした阿呆あほうものじゃ。」
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「その信長を、一頃ひところは、稀なわがままものよ、阿呆あほうの殿よと、今川家などにおいても、よう笑いばなしに取沙汰があったが」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは無理もない事だ。しかし、僕だって阿呆あほうではない。朝から晩まで、ただ、げたげた笑って暮しているわけではない。それは、あたり前の事だ。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
働く者はみんな食える、貧乏はない、ということはかくごとく死の如く馬鹿ばか阿呆あほうの如く平穏であることを銘記する必要がある。人間の幸福はそんなところにはない。
魔の退屈 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
何の気も付かない阿呆あほうみたいな恰好で追払われながら引き退って来た。そのままこの事を姉と妻に話して聞かせると、二人もまたいい気なもので凱歌を揚げて喜んだ。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
阿呆あほうなぼくは時折、あなたのことを思い出しては、痛く胸をむ苦さと快さをたのしんでいました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
お舟は處刑され、お銀は阿呆あほう拂ひにされて、間もなくお糸は伊三郎と娶合せられました。
芸者はあきれた顔をして、しばらくその方を眺めていましたが、やがてこんかぎりの大きな声で、阿呆あほうと呼びました。すると阿呆と呼ばれた客が端艇をこっちへぎ戻して来ました。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「黙れ、迂濶者うかつもの、この阿呆あほう! ……密閉してある檻なんぞ、カラクリじゃ、まやかしよ! そのようなものに何んの何んの、落人おちゅうどなんど隠して置こうか! ……けものの檻に、獣の檻に!」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして、自分ながら阿呆あほうな訊ねようだと思ったが、もし京都からかくかくの風体ふうていの者で病気の静養に来ている者がこの辺の農家に見当らないであろうかと問うてみたが、それもやっぱり
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そこで、もし君が馬鹿でないなら、俗物の阿呆あほうでないなら、はしにも棒にもかからない大たわけでないなら、外国種の翻訳でないならばだ……いや実はね、白状するが、君は愛すべき聡明そうめいな男だ。
とら阿呆あほうなどと口汚くちぎたなく云うのは聞辛ききづらしあれだけはなにとぞつつしんで下されもうこれからは時間を定めて夜がけぬうちにめたがよい佐助のひいひい泣く声が耳について皆が寝られないで困りますと
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私はメリーが魔法使のお婆さんのために犬に化せられた人間の娘で、やがていつかはその魔法がとけて再びもとの娘の姿にもどるのではないかしらと、そんな阿呆あほうなことを半ば本気で空想したりした。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)