辺鄙へんぴ)” の例文
旧字:邊鄙
木曾の王滝おうたき、西野、末川の辺鄙へんぴな村々、むかぐん附知村つけちむらあたりからも人足を繰り上げて、継立ての困難をしのいでいることを告げた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
つまり辺鄙へんぴの地に稀に行われて居るので大抵はそういう事はしない方が多いのです。どうか憎まれでもするとそういう事をやられる。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
人里はなれたこの辺鄙へんぴな地方で、小さな入り海をへだてて仲よく暮している関係から——などというよりも、毎日顕微鏡と首っ引きで
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
ある朝、一人の日本人の卑しからぬ奥さんが、辺鄙へんぴな町端れを何か御用があるとみえまして、急ぎ足で歩いておいでになりました。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
そのころは、随分辺鄙へんぴなむさくるしい土地であった。江戸下谷源空寺門前げんくうじもんぜんといった所で、大黒屋繁蔵というのが大屋さんであった。
その中でのきわめて辺鄙へんぴ片田舎かたいなか一隅いちぐうに押しやられて、ほとんど顧みる人もないような種類のものであるが、それだけにまた
自然界の縞模様 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これは明治まで存し、今でも辺鄙へんぴにはひそかに存するかも知れぬが、営業的なものである。但しこれには「げほう」が連絡している。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
貧乏で辺鄙へんぴなこの村へは、ろくに名士ひとりやって来なかった。小学校の先生も今ではどこでも全く無気力のやうで頼りにならなかった。
夏蚕時 (新字旧仮名) / 金田千鶴(著)
これから辺鄙へんぴに赴いて、田夫野人をすすめることが年頃の本意であったが、まだいろいろ事繁くしてその本意を果すことが出来なかった。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
奥州街道や中仙道、なるたけ辺鄙へんぴの個所を選び、博徒や香具師やしなどの頭をたより、用心棒や剣術の指南、そんなことをして日を過ごした。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それでも飛騨ひだ白川しらかわのような辺鄙へんぴな土地では、たった一人の大工だいくがきて棟上むねあげまですむと、あとは村の人にまかせてかえったそうである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
叔母は婦人病かなんかわずらっていたが、辺鄙へんぴな田舎では充分の治療が出来ないというので、私達の家から病院に通うためだった。
……五度も駕籠を乗り替えたのは、駕籠きなどに足取りを知らせないためであろう、そのうえ閑居かんきょというにはあまりに土地が辺鄙へんぴすぎる。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
が、そのお兄さまとて、じぶんの事業がいそがしくて、とてもこんな辺鄙へんぴな、ふるくさい屋敷などにすんではいられません。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
前いふたやうに機織の利が多いのにほかにこれといふ贅沢ぜいたくの仕様もないので、こんな辺鄙へんぴの村でありながら割合に貧しくないといふ事である。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
かつて、その岐阜県の僻土へきど辺鄙へんぴに居た頃じゃったね。三国峠を越す時です。只今、狼に食われたという女の検察をしたがね、……薄暮うすぐれです。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ずいぶん辺鄙へんぴな処なんだなあと思いながら、人気の無いのを幸い、今まで眼深にかぶっていた帽子をずり上げて、木立を透かして遠くをながめた。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
誰一人この辺鄙へんぴな小石川の高台にもかつては一般の住民が踊の名人坂東美津江ばんどうみつえのいた事を土地の誇となしまた寄席よせ曲弾きょくびき
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
つけて久離切っただ。金は一年経たないうちにつかってしまったが、家は辺鄙へんぴで買手がないから、今でも自分で住んでいるだ
「旦那、安濃郷あのごうの雲林院村というと、鈴鹿山の尾根の二里も奥だが、そんな辺鄙へんぴなところへ、何しに行かっしゃるのじゃ」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは、大ニューヨーク州の奥深く、あちらこちらにあるオランダ人の住む辺鄙へんぴな渓谷のなかにあり、ここでは人口も風俗習慣もかわらないのだ。
よほど辺鄙へんぴな所にあるのだからでしょう。けれどもたとい繁華はんかな所にいたって、そう始終しじゅう家を引ッ張ッてッて貰わなければならぬという人はない。
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
第一、かれは、どうしてこんな辺鄙へんぴな場所を知っていて、そして何しにここへ来、今まで動こうとしなかったのか——。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
汽車の中には、どうせ一昼夜も乗れば辺鄙へんぴなところでしょうから、妾たちの外には誰も同乗者はいないでしょう。妾たちはきっと抱擁ほうようするでしょう。
素子が、私立大学の露文科に勉強していた頃、その担任教授が、夏休みの間、積極的な学生数人をグループにして伊豆の海岸にある辺鄙へんぴな温泉へ行った。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
日本の辺鄙へんぴ福岡地方の能楽を率いて洋風滔々の激流に対抗し、毅然としてこの国粋芸術を恪守かくしゅし、敬神敦厚とんこうの美風を支持したのは翁一人の功績であった。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
それですから辺鄙へんぴの土地の割合には読書が流行はやります。勿論、むずかしい書物をよむ者もありますが、娯楽的の書物や雑誌もなかなか多く読まれています。
雪の一日 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
き父宮への厚情からこんな辺鄙へんぴな土地へまで遺族をたずねてくれる志はうれしく思われて、少しいざって出た。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
しかしその町はどの本街道からも少し離れたところにあって、幾分辺鄙へんぴな場所だから、おそらく読者諸君の中でそこへ行ったことのある人はほとんどあるまい。
鐘塔の悪魔 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
辺鄙へんぴなために少々淋しすぎるのと、もう一つは交通の便もあまりよくはないことと、それから温泉地としてみましても、新規な設備なども整っていないことが
山がかった辺鄙へんぴを言ったものか、また市中の或場所を言ったものか、どちらとも取れぬことはない。またいずれと解しても句の趣の上には変化はないのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
私としては今後少将が、どんな人里離れた辺鄙へんぴな場所に行かれても、命のある限り安否をお尋ね申し、力になってあげるつもりです。今の私にはそれが精一杯です
悲しむべし辺鄙へんぴの小邦、仏法未だ弘通ぐずうせず、正師しょうし未だ出世せず、たゞ文言もんごんを伝へ名字みょうじじゅせしむ。もし無上の仏道を学ばんと欲せば遥かに宋土の知識を訪ふべし。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「それだとちょっと遠くなるんだが、頼まれている処がある。少し辺鄙へんぴだけれど、その代りのんびりしたもんだ。そこなら電報一つですぐ先方から出向いて来る。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
もう一遍逆に言えば、山中村は角町へ二里、角町から○○町へ三里、まこと辺鄙へんぴなところだ。汽車に乗るまでに都合五里の山路を登ったり降りたりしなければならない。
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
こんな辺鄙へんぴな山の中に、こんな立派な大都会が存在しようとは、容易に信じられないほどであった。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
(誰か、この家で、赤ちゃんを生みかかっているんだわ。たいへんだわね。こんな辺鄙へんぴなところで)
彼の下宿は、中央線の中野駅を降りてから十五分も歩かなければ到達しないほど辺鄙へんぴなところに在る。その道を歩きながら、夜の人通りに物珍らしさを感じたのであった。
科学者と夜店商人 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
いつか向島にも五、六年住馴すみなれて、今さら変った土地、それも宿場跡などへ行くのは誰も彼も気が進まず、たとえ辺鄙へんぴでも不自由でも、向島に名残なごりが惜しまれるのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
伯父のいるのは由布院ゆふいんという所で、九州の別府べっぷ温泉と同じ系統に属する辺鄙へんぴの温泉地である。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
これより先太閤は、嘗て松永久秀が多聞城を築いていた大和の国志貴しぎ山の地を相したが、あまり辺鄙へんぴに過ぎるところから、改めて京坂けいはんの間に候補地を物色して伏見に定めた。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
鈴子は下町のしかも、辺鄙へんぴな深川の材木堀の間に浮島のように存在する自分の家をのろった。
晩春 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし、また、へんなやけくそを起してこんな辺鄙へんぴな場所へ来てしまったというわけでも無いんだ。ひとの行為にいちいち説明をつけるのが既に古い「思想」のあやまりではなかろうか。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その郷里は汽車場までは七八里もあるという辺鄙へんぴでありながら、絶えず何かを贈っている。旅に出ればまた必ず旅先から土産を贈ってくる。であるから根岸庵では節の噂はたえぬのである。
正岡子規君 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
此の撮影所は、かなり辺鄙へんぴな土地にあるので、食いもの屋も、碌に無い。だから、一番安心して食えるのは、うどんだと思って、昼食には、必ず、うどん。そのせいか、大変、腹具合はいい。
うどんのお化け (新字新仮名) / 古川緑波(著)
辺鄙へんぴな地方に学士は珍しいというので、かなりに繁昌し、十里も隔った土地から、わざわざ診察を受けに来るものさえあり、私も毎日二里や三里ずつは、馬に乗って往診するのでありました。
安死術 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
その間々あいだあいだには人も通わぬ断崖がそそり立っていて、わば文明から切り離された、まるで辺鄙へんぴな所だものですから、その様な風変りな大作業が始っても、そのうわさは村から村へと伝わるけで
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ただに医者いしゃとして、辺鄙へんぴなる、蒙昧もうまいなる片田舎かたいなかに一しょうびんや、ひるや、芥子粉からしこだのをいじっているよりほかに、なんすこともいのでしょうか、詐欺さぎ愚鈍ぐどん卑劣漢ひれつかん、と一しょになって、いやもう!
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
かくて現在、この辺鄙へんぴな小さな町で、今日まで一面識もなかった老人たちに取り囲まれ、ほとんど家族以上に彼らと親密にしているということが、クリストフにはきわめて不思議に思われた。
その代りに夜は土地が辺鄙へんぴなので滅多めったに訪問客もないから、四時間ぐらいは自分の時間として、新聞雑誌やまとまった読書も多くこの間にする。時によると何かの必要で調べものをすることもある。