蹲踞しゃが)” の例文
阿呆陀羅経のとなりには塵埃ほこりで灰色になった頭髪かみのけをぼうぼうはやした盲目の男が、三味線しゃみせんを抱えて小さく身をかがめながら蹲踞しゃがんでいた。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それから、例のかまちの上の飾台だいの前に立って、何度となく離れたり蹲踞しゃがんだりして眺めていたが、やにわに台の下を覗き込んだ。
私はその灰色をいろどる一点として、向うの波打際なみうちぎわ蹲踞しゃがんでいる兄さんの姿を、白く認めました。私は黙ってその方角へ歩いて行きました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
船員のてた灰色猫を船員が拾ったり、三年前の海岸通りウォタ・フロントの赤ボイラのかげの女が、まだその同じ赤ボイラの陰に白く蹲踞しゃがんで待っていたりして
お熊が何か言おうとした矢先、階下したでお熊を呼ぶ声が聞えた。お熊は返辞をして立とうとして、またちょいと蹲踞しゃがんだ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
虎ヶ窟の入口にはの重太郎が佇立たたずんでいた。かたえには猿のような、小児こどものような、一種の怪しい者が蹲踞しゃがんでいた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やがて、少しく気が落ち付いてくると、恐いもの見度さに、もう一度マッチを擦って、蹲踞しゃがみ込み、今度はようく見た。
黒猫十三 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
自然にこんな風にもつれてしまって、不憫な赤ん坊が出来てしまったのだ。——長い事、橋の上に蹲踞しゃがんでいたせいか、ふくらっぱぎがしびれて来た。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
今日早夕飯を食って居ると、北からやりと風が来た。眼を上げると果然はたして、北に一団紺靛色インジゴーいろの雲が蹲踞しゃがんで居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
湯槽の中には堆く散り溜って腐れた落葉の間に、僅かに両足を置いて蹲踞しゃがむだけの石が二つ三つ置いてある。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
何卒どうぞ、お上んなさいまし」とお雪は入口の庭の方へ子供を向けて、自分も一緒に蹲踞しゃがみながら言った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「A君もA君だよ。石橋のたもとで、それは亀の子のように蹲踞しゃがみ込んで動かないのだからね。」とF君。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
同様おなじよう手燭てしょくを外に置いて内へ入って蹲踞しゃがんでいながら、思わず前の円窓まるまどを見て、フト一ヶ月ばかり前に見た怪しき老婆を思出おもいだした、さあ気味が悪くなってたまらないが
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
紺の腹掛け頸筋くびすじに喰い込むようなをかけて小胯こまたの切り上がった股引ももひきいなせに、つっかけ草履の勇み姿、さも怜悧りこうげに働くもあり、よご手拭てぬぐい肩にして日当りのよき場所に蹲踞しゃが
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と、そこの木の根へ蹲踞しゃがみこんで、妖麗きわまる銀かんざしと赤い襟裏えりうらをのぞかせました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
台所の土間に土下座をするようにして、顔もあげ得ずまごつきながら、四俵のはずのところを二俵で勘弁してくれと云う禰宜様宮田を、上の板の間に蹲踞しゃがんで見下していた年寄りは、思わず
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
マーキュ はて、こひめくらならまと射中いあてることは出來できまい。今頃いまごろはロミオめ、枇杷びわ木蔭こかげ蹲踞しゃがんで、あゝ、わし戀人おてきが、あの娘共むすめども内密ないしょわらこの枇杷びはのやうならば、なんのかのとねんじてよう。
あの用心池の水溜みずたまりの所を通ると、掃溜はきだめの前に、円い笠を着た黒いものが蹲踞しゃがんでいたがね、俺を見ると、ぬうと立って、すぽんすぽんと歩行あるき出して、雲の底に月のある、どしゃぶりの中でな、時々
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夏の事とて明け放した下座敷をのぞきながら、お千代が窓のそばへ蹲踞しゃがんで足の爪を切っている姿を見るや、いなや、また例のしまりのない粗雑ぞんざいな調子で
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一同は、グルリと遠巻きにして立っているのだが、やがて、保利庄左衛門がズカズカと出て行って、その、ひれ伏している神尾喬之助の前に蹲踞しゃがんだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
雪風ゆきかぜに熱い頬を吹かせながら、お葉はいい心地こころもち庭前にわさきを眺めていると、松の樹の下に何だか白い物の蹲踞しゃがんでいるのを不図ふと見付けた。どうやら人のようである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
四五十人鮨詰に立っていた艀の人達も大抵は蹲踞しゃがんでしまうほどであった。本船に移って大半は階下の船室に入り込んだが私は早速蓆を敷いて甲板に席を作った。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
勝手の流許ながしもとには、老婆が蹲踞しゃがんで、ユックリユックリ働いていた。豊世は板の間に立ってながめた。ゴチャゴチャした勝手道具はこの奉公人に与えようと考えていた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこにも摺硝子のまった腰障子こししょうじが二枚閉ててあった。中では器物を取り扱う音がした。宗助は戸を開けて、瓦斯七輪ガスしちりんを置いた板の間に蹲踞しゃがんでいる下女に挨拶あいさつをした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蹲踞しゃがんでをみていると、飛んでゆく鳥の影が、まるでかますかなんかが泳いでいるように見える。水色をした小さいかにが、石崖いしがけの間を、はさみをふりながら登って来ている。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
持って来た手燭てしょくは便所の外に置いて、内へ入った、便所の内というのも、例の上方式の前に円窓まるまどがあって、それにすだれかかっている、蹲踞しゃがんでいながらむいので何を考えるでもなく
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
「察しておくれよ」と、吉里は戦慄みぶるいしながら火鉢の前に蹲踞しゃがんだ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
爺さんは煙管きせるくわえて路傍みちばた蹲踞しゃがんでいた腰を起し、カンテラに火をつけ、集る人々の顔をずいと見廻しながら、扇子せんすをパチリパチリと音させて、二
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
自分は自分の力に出来るだけのことをしよう、その考えから、垣根に近い乙女椿おとめつばきの根元へ行って蹲踞しゃがんだ。青々とした草の芽は取っても取っても取り尽せそうも無かった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
両手で乳房をかくして蹲踞しゃがみながら、キッ! となって窓を振りあおいだのだが、心の迷いであったか、窓を通して夕陽ゆうひの色が沈みつつあるばかり——人の顔なんか、ありはしない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
兄さんは暑い日盛ひざかりに、この庭だか畑だか分らない地面の上に下りて、じっと蹲踞しゃがんでいる事があります。時々かんなの花のにおいいで見たりします。かんなに香なんかありゃしません。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おかみさんはほっと息をついて蹲踞しゃがみかけると、背負った米の重さで後に倒れ、暫くは起きられなかった。
買出し (新字新仮名) / 永井荷風(著)
蹲踞しゃがんで出刃をみがくものもある。寒い日の光は注連しめを飾った軒先から射し入って、太い柱や、そこに並んで倒れている牛や、白い被服うわっぱりを着けた屠手等の肩なぞを照らしていた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
裾を下ろして蹲踞しゃがみこんだ。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おかみさんは弁当の包を解き大きな握飯を両手に持ち側目わきめもふらず貪り初めたが、婆さんは身を折曲げ蹲踞しゃがんだ膝を両手に抱込んだまま黙っているのに気がつき
買出し (新字新仮名) / 永井荷風(著)
満天星ばかりでは無い、梅の素生すばえは濃い緑色に延びて、早や一尺に及ぶのもある。ちいさくなって蹲踞しゃがんでいるのは躑躅つつじだが、でもがつがつ震えるような様子は少しも見えない。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
長吉はいい都合だと同じように釣を眺めるふりでそのそばに立寄ったが、もう立っているだけの力さえなく、柳の根元の支木ささえぎに背をよせかけながら蹲踞しゃがんでしまった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
満天星ばかりではない、梅の素生すばえは濃い緑色に延びて、早や一尺に及ぶのもある。ちいさくなって蹲踞しゃがんで居るのは躑躅だが、でもがつがつ震えるような様子はすこしも見えない。
三人の訪問者 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
畠の縁に茂った草が柔くくすぐるように足の指にさわる。季子は突然そこへ蹲踞しゃがんでしまった。
或夜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一方は高い土蔵の壁、一方は荒れた花壇に続いている。その空地に蹲踞しゃがむようにして、草稿の紙を惜気もなく引きちぎり、五六枚ずつもみくちゃにしたのを地べたの上に置いては火をかけた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
荒布あらぬのの前掛を締めた荷揚の人足が水に臨んだ倉の戸口に蹲踞しゃがんで凉んでいると、往来際おうらいぎわには荷車の馬がたてがみを垂して眼を細くし、蠅のれを追払う元気もないようにじっとしている。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「女の方が二人ばかり、流の処に蹲踞しゃがんでいらっしゃいました」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのまま意久地いくじなくその場に蹲踞しゃがんでしまうと、どうしても立上ることができない。
にぎり飯 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
コートのひもを解きながら二階へ上ると、重吉も今しがた帰って来たばかりと見えて、帽子と二重廻にじゅうまわしとは壁に掛けてあったが、襟巻えりまきも取らず蹲踞しゃがんで火鉢の消えかかった火を吹いていた。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)