蹉跌さてつ)” の例文
日露戦争に於ける日本の大勝利に依って刺戟しげきされて得たこの周さんの発見は、あのひとの医学救国の思想に深い蹉跌さてつを与え、やがて
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
幾度か失望し蹉跌さてつして後、一八六四年、幸運はバイエルン国王ルードウィッヒ二世の使者となってワグナーを訪れたのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
実にその頃からして、自分はこの本を書き出したのだ。しかも中途にして思考が蹉跌さてつし、前に進むことができなくなった。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
失敗や蹉跌さてつは男子の一生に無いことではありません。事によってはそれがかえって、後日大成を為すにがき経験であることも少なくはありません。
ああ、今日によって中途に引止められさえしなければ! 今日によって足下にたえず張られてる陰険なわなおちいって蹉跌さてつすることさえないならば!
そう思って、意外な蹉跌さてつに、無念な唇をかみしめた。そして、そこの薄のろ武士を、足蹴あしげにしても飽き足らなく思った。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それのかなわない腹癒はらいせに、商会に対する非常な妨害から蹉跌さてつ没落さ。ただ妻の容色きりょうを、台北の雪だ、「雪」だととなえられたのを思出にして落城さ。」
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかれども彼は亡邸のために、籍を削られ、禄を奪われ、家に屏居へいきょせしめられたり。彼が行路はここに蹉跌さてつしたりき。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
自分の今日あるは一重に父のお蔭だ、と口癖のやうに言つてゐた男だつたが、父の蹉跌さてつ前後から遠のいてゐて、葬式の際に一度顔を出したきりであつた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
さしもに豪華をうたわれた岩下氏もある事件に蹉跌さてつして囹圄れいごにつながれる運命となった。名物お鯉も世のきをしみじみとさとらなければならなくなった。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しょうが過ぎかた蹉跌さてつの上の蹉跌なりき。されど妾は常にたたかえり、蹉跌のためにかつて一度ひとたびひるみし事なし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
彼の創造的動向が彼をむなしく自滅せしめる。智的生活の世界からこれをながめると、一つの愚かな蹉跌さてつとして眼に映ずるかも知れない。たしかに合理的ではない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私の蹉跌さてつは、私の夢みてゐた建築の詩が、脆くも建築の散文によつて裏切られたのによつてゐる。この裏切りこそ私にとつて怖るべき打撃だつた。星は砕け落ちた。
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
折角の彼の希望が一と晩で蹉跌さてつしてしまったのは、その間に夫婦の感情の疎隔したことがうかゞわれる。
此争ひの為めに主人公知らず/\自然の法則に背反することもあるべし。国家の秩序に抵触することもあるべし。蹉跌さてつ苦吟自己の驥足きそくを伸ばしあたはざることもあるべし。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
で、たとへば「おもはぬ大利たいりあり」とか「物事ものごと蹉跌さてつあり、西方せいはうきやう」などといふ、かんがへれば馬鹿ばからしい暗示あんじ卓子テーブルかこ氣持きもちへんうごかすことわれながらをかしいくらゐだ。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
あの狭隘きょうあい蹉跌さてつの多い谿谷けいこくが、美の都への唯一の道であったなら、いかに呪わしき命数であろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
四十過ぎての蹉跌さてつ挽回ばんかいすることは、事実そうたやすいことでもなかったし、双鬢そうびんに白いものがちかちかするこの年になっては、どこへ行っても使ってくれ手はなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私の暮れの仕事は、かうしてはじめから蹉跌さてつして了つた。私は、甚しく疲労困憊こんぱいしてゐるにも拘らず、最も不健康な消費面に沈溺して、その間中、へて他事を顧なかつた。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
西比利亜シベリアの形勢を他所よそに益々美しく大きくなっておられたが、セミヨノフ将軍が蹉跌さてつして巨大な国際的ルンペンとなり、ホルワット将軍が金をめて北平ペーピンに隠遁したあとは
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
代助はこの迂遠うえんで、又もっとも困難の方法の出立点しゅったつてんから、程遠からぬ所で、蹉跌さてつしてしまった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夫婦愛というものは少しの蹉跌さてつがあったからといって滅びるようなものではつまらない。
事は疑問の慓悍児ひょうかんじ秀の浦の告白にすべての興味がつながれることになりましたが、しかし総じて物事というものは、とかくいま一歩ひと息というところで蹉跌さてつしがちなものです。
異常寒波の突然な襲来が博士の調査を蹉跌さてつさせたのだということを、われわれは、よく知っている。……その博士が謀反人の汚名を着せられて、二十四時間以内に銃殺される……
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
皇天その志を憐んで、彼らの企はいまだ熟せざるに失敗した。彼らが企の成功は、素志の蹉跌さてつを意味したであろう。皇天皇室を憐み、また彼らを憐んで、その企を失敗せしめた。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
成就させるには、こうした蹉跌さてつが、いろいろと起る。綱手、そいつにめげてはならぬ
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
かくのごときは明らかに蹉跌さてつの例であって、毫も後代に誇示すべきものではない。
遠野物語 (新字旧仮名) / 柳田国男(著)
これいわゆる新文明と旧文明の衝突で、進歩上の大蹉跌さてつというべきである。一般国民をして外国の事情に通ぜしめねばならぬのに、これを知らしめなかったのは当局者の大失態であった。
若葉の緑り——血の湧く青年——人生の奔放時期ほんぱうじき——僞りなき自我の天地——かう云ふ風に北海道を考へて行くと、自分が失敗と蹉跌さてつとの爲めにここに踏みとどまることが出來ないなら
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
これからもひどい蹉跌さてつのない限り、この生活は続けてゆくことができるだろう。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
けれどもベンサムの法典編纂に対する熱心は、固より一回の蹉跌さてつをもって冷却するものではなかった。氏はその目的の容易に達し難きを観るや、諸方に意見書を贈って法典立案の委嘱をもとめた。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
かかる刺戟は、人類大衆の幸福を促進する上に必要なのであり、この刺戟を弱めようとする一切の一般的企図は、その意図がいかに慈善的であっても、常にそれ自身の目的を蹉跌さてつせしめるであろう。
その風物習俗の奇異、耳目じもく聳動しょうどうせしむるに足るものなきにあらず。童幼聞きて楽しむべく、学者学びて蘊蓄うんちくを深からしむべし。これそもそも世界の冒険家が幾多の蹉跌さてつに屈せず、奮進する所以ゆえんなるか。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
革命が擱坐かくざするや、巧者らはその蹉跌さてつを寸断する。
つまらぬ事で蹉跌さてつしてはならぬ。常住坐臥に不愉快なことがあったとしても、腹をさすって、笑っていなければならぬ。
作家の像 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼らは苦しみにも、蹉跌さてつにも、ほとんど現実にも、無関心であって、ただ魂の無声の音楽に、数と形との微妙雄大な和声ハーモニーに、眼を閉じてき入っていた。
若年の成功は得て思い上がりやすく、図に乗ってかならず蹉跌さてつする。いまに何か内争を招き、名もない匹夫の手にかかって非業ひごうな終りを遂げるやも知れん。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蹉跌さてつ彼において何かあらん、彼は蜻蜓州せいていしゅうの頭尾を踏み破りて、満目まんもく江山こうざんにその磊塊らいかいの気を養えり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
それらの境を静かに超越して、嬰児の戯れを見る老翁のようにすべての努力と蹉跌さてつとの上に、淋しい微笑を送ろうとする。そこには冷やかな、然し皮相でない上品さが漂っている。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
理解のすべての錯誤と、製作のすべての蹉跌さてつとは、工藝そのものを見失うところから来るのである。真に工藝に帰るということと、工藝の美が生れるということとは同時である。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
代助は此迂遠で、又尤も困難の方法の出立点から、程遠からぬ所で、蹉跌さてつして仕舞つた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
おもえば女性の身のみずかはからず、年わかくして民権自由の声にきょうし、行途こうと蹉跌さてつ再三再四、ようやのち半生はんせいを家庭にたくするを得たりしかど、一家のはかりごといまだ成らざるに、身は早くとなりぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
だから一部分の失敗によって、この巻の全部の意義を、揺がされるような懸念はないと思っている。郷土の昔の姿を知ろうとする人々には、前駆者の蹉跌さてつもなお一つの経験となるであろう。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
センターを失うとついに蹉跌さてつする。実に注意しなければならぬことである。
始業式に臨みて (新字新仮名) / 大隈重信(著)
思えば思うほど疑いは事実と募り、事実は怒火に油さし、失恋のうらみ、功名の道における蹉跌さてつの恨み、失望、不平、嫉妬さまざまの悪感は中将と浪子と武男をめぐりてほのおのごとく立ち上りつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そしてついにそのどれもまだ達していないのみか、かえってこんな蹉跌さてつからみじめな惨敗をみてしまった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は第一の蹉跌さてつに出会った。大公爵が来られなかった。貴賓席はただ付随の輩ばかりで、数人の貴顕婦人で占められた。クリストフは憤懣ふんまんを感じた。彼は考えた。
蹈海とうかい蹉跌さてつは、たちまち徳川政府のう所となり、江戸伝馬町の獄に繋がれ、延いて佐久間象山に及び
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
これらの焼失紛失は、沖縄学にとって大きな蹉跌さてつであります。東京で沖縄文献の蒐集と保存とが講じられているのは、実に有難く『沖縄論叢』の上梓じょうしもその資を得るためといわれます。
沖縄の思い出 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
青年、高須隆哉の舌打が、高野幸代の完璧かんぺきの演技に、小さい深い蹉跌さてつを与えた。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)