蕭々しょうしょう)” の例文
淙々そうそう、風蕭々しょうしょう、夕闇とともにひどく冷気も迫って、謙信の胸は、なお帰らぬ麾下きかの将士のうえに、いたかなしまずにはいられなかった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今度は今度はと思うているうちに、こらえかねた、雲の層が、持ち切れぬ雨の糸を、しめやかに落し出して、女の影を、蕭々しょうしょうと封じおわる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
風の蕭々しょうしょうとして葉上に吟ずるも、水の混々として石間に走るも、人の相遇って喜び、相離れて悲しむも、怪中の怪、妖中の妖ならざるなし。
妖怪学講義:02 緒言 (新字新仮名) / 井上円了(著)
そのときには、音楽や感嘆の声のかわりに、風が、壊れたアーチを蕭々しょうしょうとして吹きならし、ふくろうが破壊した塔から鳴くのだ。
轔々りんりん蕭々しょうしょう行人こうじん弓箭きゅうせん各腰にあり。爺嬢やじょう妻子走って相送り、塵埃じんあい見えず咸陽橋かんようきょう。衣をき足をり道をさえぎこくす。哭声ただちに上って雲霄うんしょうおかす。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「易水」は支那の河の名前で、例の「風蕭々しょうしょうとして易水寒し。壮士一度去ってまた帰らず。」の易水である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
れ——達人たつじんは——」声はいさゝかふるえて響きはじめた。余は瞑目めいもくして耳をすます。「大隅山おおすみやまかりくらにィ——真如しんにょつきの——」弾手は蕭々しょうしょうと歌いすゝむ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
宵のうちから吹きだした風が、夜半には秋嵐となり、裏にある松林がしきりに蕭々しょうしょうと鳴りわたっていた。
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
波子はそれを眺めて、綺麗な景色には、いつも、綺麗だと思ひながら、然し、この旅行のあひだ、一番はつきり眺めつゞけてきたものは、たゞ、蕭々しょうしょうと吹く風であつた。
波子 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
冬の深夜の星にむかって、端然とし乍ら正座すると、対馬守は蕭々しょうしょうとして、日頃たしなむ笙を鳴らした。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
右には蕭々しょうしょうたる滝がある。あ、水車がある。釣人はかすかにさおをかついで細いこみちをのぼってゆく。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
漢詩人ならば秋雨蕭々しょうしょうとか何とか歌うべきところであろうが、我れわれ俗物は寒い方が身にしみて、早く酒でも飲むか、温かい物でも食うかしなければ凌がれないというので
女侠伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私のようにどこにいても、どんな時でも自分の責任に於て、周囲の人の善意を信じて暮すものには、特に病気などした時、寿江子のような心持はどんなに蕭々しょうしょうとしたものでしょう。
風は蕭々しょうしょうと吹き出し始めて、私の髪の毛といわず草の葉といわず揺らめき始めました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二十日って一文、川の柳の葉は一枚残らず散り落ち、川の水は枯れて蕭々しょうしょうたる冬の河原となり、浅田は黙々としてくわをふるって砂利を掘り起し、出て来るものは銭にはあらで、割れなべ古釘ふるくぎ
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
うれしやかかる雨具もあるものをとわれも見まねに頬冠りをなんしける。秋雨蕭々しょうしょうとして虫の草の底に聞こえ両側の並松一つに暮れて破駅既に近し。羇旅きりょ佳興に入るの時汽車人を載せて大磯に帰る。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
「なにしろ、止めて止められるような人たちじゃありませんからね。風は蕭々しょうしょうとして易水えきすい寒し、ですか。あの仲間はあの仲間で、行くところまで行かなけりゃ承知はできないんでしょう。さかんではあるが、鋭過するどすぎますさ。」
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
蕭々しょうしょうたる秋の景色、しかもここは塩尻峠、向こうに見えるは乗鞍山脈、秋草の花はおおかた枯れ、昼鳴く虫も死に絶えてはおれど、こうして歩く我々二人は、ちょうど唐画の点景人物、他人には暢気のんきらしく見えましょうなあ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「風蕭々しょうしょうとして易水えきすい寒し、——」。
風蕭々 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
蕭々しょうしょうたる白髪 すでこうべつ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一家声なし、雨蕭々しょうしょう
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
水は渺々びょうびょうあし蕭々しょうしょう——。梁山泊りょうざんぱく金沙灘きんさたんには、ちょっと見では分らないが、常時、水鳥の浮巣のように“隠し船”がひそめてある。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分はなぜか躊躇ちゅうちょして手を出しかねた。その時雨の音が窓の外で蕭々しょうしょうとした。昼間吹募ふきつのった西北にしきたの風は雨と共にぱったりと落ちたため世間は案外静かになっていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
菊枝は堪りかねて姑の膝へすがりついた、老母は片手でその肩をしずかにかいでてやった、すすりあげる菊枝の泣きごえに和して、裏の松林に蕭々しょうしょうと秋風がわたっていた。
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
落日の華やかさもなく、けさがたからの風は蕭々しょうしょうと一日じゅう吹き続けたまま暮れて行くのであるが、翁には心なしか、左手の垂れ雲の幕の裾が一二尺かすのぞかれて行くように思われた。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と、蕭々しょうしょうとして、白い鉄橋の方へ時雨しぐるるせみのコーラスである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「君去りて、我らが身辺とみに蕭々しょうしょうたるをいかんせん」
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
雨が蕭々しょうしょうと降って来た。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
船が北の岸につくと、また車を陸地に揚げ、れんを垂れて二夫人をかくし、ふたたび蕭々しょうしょうの風と渺々びょうびょうの草原をぬう旅はつづいてゆく。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
落花啼鳥らっかていちょうの情けも心に浮ばぬ。蕭々しょうしょうとしてひと春山しゅんざんを行くわれの、いかに美しきかはなおさらにかいせぬ。初めは帽を傾けて歩行あるいた。のちにはただ足のこうのみを見詰めてあるいた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
松風が蕭々しょうしょうと鳴っていた、前も後も、右も左も、耳の届くかぎり松風の音だった、宗利は黙って歩いていった、石段を登って、高い山門をくぐると、寺の境内も松林であった。
松風の門 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ここで再び蕭々しょうしょうたる急湍きゅうたんにかかる。観音の瀬である。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
五月十五日の蕭々しょうしょうと降りけぶる五月雨さみだれのなかで、彰義隊の第一赤隊あかたいの一兵士である露八の土肥庄次郎は、雨と血と泥土でいどにまみれながら
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いま彼の心にかようものはしらじらとした空虚の感である、からだのどこかを暗くふさいでいたものがぽかりとれて、そこを蕭々しょうしょうと風のふきとおるような感じがするだけだった。
日本婦道記:松の花 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ポツリポツリと雨はようやくこまかになる。かさを持って来なかった、ことによると帰るまでにはずぶぬれになるわいと舌打をしながら空を仰ぐ。雨は闇の底から蕭々しょうしょうと降る、容易に晴れそうにもない。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると、蕭々しょうしょうたる平沙へいさよし彼方かなたにあたって、一すい犀笛さいぶえが聞えたと思うと、たちまち、早鉦はやがねや太鼓がけたたましく鳴りひびいた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夕風が立つのだろう、庭の老松に折おり蕭々しょうしょうがわたる。お石はその音を聞きすましでもするように、ながいあいだ黙って俯向いていたが、やがて内へひくような声つきでこう云った。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
心なしか、暮れかけている泥湖どろうみの水の光も、孤城の影も、何となくじゃくとして、雨のを身に迫る湿しめっぽい風が蕭々しょうしょうと吹き渡っていた。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蕭々しょうしょうたる雨の音と、川の瀬波の音とが夜を押し包んでいた。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
必勝の信念がない軍隊はもう枯葉こようを落しはじめた秋風林しゅうふうりんと同じだった。剛将勝頼の胸にも、悲風蕭々しょうしょうたるものがあったであろう。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
哀々あいあいたる銅角どうかくを吹き、羯鼓かっこを打ち鳴らし、鉦板しょうばんをたたいて行く——葬送の音楽が悲しげに闇を流れた。兵馬みな黙し、野面を蕭々しょうしょうと風もく。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時はたそがれ、所は蕭々しょうしょうたる江のほとり。わざと二人は鎖を追って、下は不気味な深いとろと見える崖ぷちへ連れて行った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秋霜凛烈しゅうそうりんれつはもとより軍紀の骨胎こったいだが、血風蕭々しょうしょうの日にも、彼の将座にはどこか春風が漂っていた。誰やらの句にもいう。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蕭々しょうしょう、帆は破れ、船は傾き、魏の船団は一つ一つ崩れだした。船上いっぱい、あけとなって、船が人力を離れて、波のまにまに漂いだすのを見ると
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜来、蕭々しょうしょうと、小雨になったり、風になったりしていた天候も、秋ばれの空を見せて、手をかざせば、はや、孤城末森の白壁も望まれそうであった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蕭々しょうしょう、吹く風はくらい。で、誰ともわからない、そこの十騎ほどの群は、旗を立てて四方を望んでいる。白地の旗には「」の一字が大きく見られた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして有情の天地に触れると、彼の幼い心も、あきの草や虫や水と共に蕭々しょうしょうとうらさびしいふるえを鳴り立ててくる。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
河水をわたる風は白く、蕭々しょうしょうと鳴るは蘆荻ろてき翩々へんぺんとはためくは両陣の旌旗せいき。——その間一すじの矢も飛ばなかった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
官衙かんがも民家も、すべて、焼け石と材木を草の中に余しているだけだった。秋も暮れて、もう冬に近いこの蕭々しょうしょうたる廃都には、鶏犬の声さえしなかった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さんざんに討ち破られて、北河の岸まで逃げてくると忽然、河濤かとうは岸をうち、蘆荻ろてきはみな蕭々しょうしょうと死声を呼び、曹仁の前後、見るまに屍山血河しざんけつがと化した。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)