ゆるや)” の例文
これより三留野みとの驛へ三里。山び、水ゆるやかに、鷄犬の聲歴落れきらくとして雲中に聞ゆ。人家或はけいに臨み、或は崖に架し、或は山腹にる。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
我等これが許にいたりぬ、あゝロムバルディアの魂よ、汝の姿は軒昂けだかくまたいかめしく、汝の目はおごそかにまたゆるやかに動けるよ 六一—六三
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
此事このことをつぎのようにもいふ。すなはきゆう振動しんどうは、其勢力そのせいりよく中間ちゆうかん媒介物ばいかいぶつ吸收きゆうしゆうされやすく、ゆるやかなものはそれが吸收きゆうしゆうされにくい。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
髪はいつものやうに油気を避けたゆるやかな結び髪に、目立たぬやうな薄化粧ながら、鼻筋の通つた眉の濃い細面ほそおもての、顎から咽喉へかけての皮膚きめの滑かさ。
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
で身体の大きなところへゆるやかなる大きな着物を着て居るものですから、その様子がいかにも寛大に見えて居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
大正池からそこまで二里に近い道程みちのりを山腹に沿うて地中の闇に隧道トンネルを掘り、その中を導いてゆるやかに流して来た水を急転直下させてタービンを動かすのである。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼の心はいつの間にかいらだたしい憤りでいっぱいになっていた。彼は、もう刳貫の竣成を待つといったような、敵に対するゆるやかな心をまったく失ってしまった。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
乾泥が、高速度映画のように、海水の中に、ゆるやかな土煙をたてる。千切れた海草が、ふらふらと舞い上っていくのが、爆風で跳ねあげられた人間のように見える。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は泡沫ほうまつの一部となり、波より波へと投ぜられ、苦惨を飲む。太洋は彼を溺らさんとして、あるいはゆるやかにあるいは急に襲いかかり、その広漠は彼の苦痛をもてあそぶ。
起す松唐松からまつ杉檜森々しん/\として雨ならずとも樹下このしたうるほひたり此間このあひだに在りて始めて人間の氣息ゆるやかなるべきを
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
ここ奥まった部屋の中へ、見事なうねりを見せながら、さもゆるやかに紫煙が立ち、末拡がりにひろがった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ゆるやかな調子で、人に強い印象を与える詞附ことばつきである。強い印象を与えるのは、常に思想が霊活に動いていて、それをぴったり適応した言語で表現するからであるらしい。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
或はゆるやかに、或は急角度に、或はのぼり、或は下り、道は上下左右に様々の美しい曲線を描きました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
オオこの風! この風! この風をはらむ大檣の帆をすら降さば、船は停止せぬまでもその進行ゆるやかにならん、進行の緩かとなるは、それだけ余の死期の遅くなるゆえと
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
「私がこれから諸君のクラスを受け持つこととなつた。諸君は學生としての諸君の本分を……」先生はゆるやかに腰を降して、出席簿を讀み終ると、やがてかう口を開かれた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
ゆるやかにしかもすさまじく、うう、おお、とうなって、三崎街道の外浜に大うねりを打つのである。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
足の弱い私をまもりつつ、後からM君が気づかわしそうに辿たどる。足は滑る、金剛杖は流れる。雪の上ならで、雪の中を滑るのだから、きわめてゆるやかに、左手の谷へとおちてゆく。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
音のはいたく長い。大きな受箱が少しの水を待っている。急ぐ用もないのである。待ちどおしく思うのは吾々の心だけと見える。だがこのゆるやかな音があってこの窯があるのである。
日田の皿山 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
いい姿勢に撞木しゅもくをとってきりりんきりりんとゆるやかにうち鳴らしたかねの音である。
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
石理ことに明瞭也。水は音なくして、ゆるやかに流る。徒渉としょうして左岸に移り、石柱の下をつたう。いよいよ鬼神の楼閣の室に入りたる也。右崖一欠したる処に、飛泉懸りて仙楽を奏し、一峡呼応す。
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
足取も次第々々にゆるやかになって、ついには虫のう様になり、悄然しょんぼりこうべをうな垂れて二三町程も参ッた頃、不図ふと立止りて四辺あたり回顧みまわし、駭然がいぜんとして二足三足立戻ッて、トある横町へ曲り込んで
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
人力車夫が何マイルか走って、汗をポタポタたらしながら、軽い毛布をゆるやかに背中にひっかけ、寒い風が吹く所に坐って、次のお客を待つ有様は、風変りである。人は誰でも頭を露出して歩く。
〓は零度から上昇させてもその上げ方がゆるやかならば差支えなかった。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
薄玻璃うすばり高脚杯かうきやくはいたらした……重く……ゆるやかに……。
北原白秋氏の肖像 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
省作はゆるやかに笑いながら二人の所へきた。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
貫一はゆるやかにうなづけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
これより山ゆるやかに水びて、福島町に至る間、また一ところの激湍をも見ず。路も次第にくだり下りて、そのきはまる處、遂に數百の瓦甍ぐわばうを認む。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
わたくしは踊子部屋の光景——その暗惨あんさんとその乱雑とそのさわがしさの中には、場末の色町いろまちの近くなどで、時たま感じ得るようなゆるやかなあわい哀愁の情味を
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こゝにはまなこゆるやかにして重く、姿に大いなる權威をあらはし、云ふことまれに聲うるはしき民ありき 一一二—一一四
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
二人の歩調は極度にゆるやかになった。帆村は全精力を前方に集中している。比較的明るい光が前方の左側から来ることが分った。そのあたりで左へ曲る角があるらしい。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
卜伝も右手へゆるやかに廻わった。間は二間離れていた。闇ばかりが立ちこめていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
地柄じがら縞柄しまがらは分らぬが、いずれも手織らしい単放ひとえすそみじかに、草履穿ばきで、日に背いたのはゆるやかに腰に手を組み、日に向ったのは額に手笠で、対向さしむかって二人——年紀としも同じ程な六十左右むそじそこら婆々ばば
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
振動しんどうきゆうなものほどそのひろがる範圍はんいせまく、ゆるやかなものほどそれがひろい。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
西村は軍服を着て切腹の座に着いたが、服の釦鈕ぼたんを一つ一つ丁寧にはずした。さて短刀を取って左に突き立て、少し右へ引き掛けて、浅過ぎると思ったらしく、更に深く突き立ててゆるやかに右へ引いた。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
鉄道の便宜は近世に生れた吾々の感情から全く羈旅きりよとよぶ純朴なる悲哀の詩情を奪去うばひさつた如く、橋梁はまた遠からず近世の都市より渡船わたしぶねなる古めかしいゆるやかな情趣を取除いてしまふであらう。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
鉄道の便宜は近世に生れたわれわれの感情から全く羈旅きりょとよぶ純朴なる悲哀の詩情を奪去うばいさった如く、橋梁はまた遠からず近世の都市より渡船なる古めかしいゆるやかな情趣を取除いてしまうであろう。