神楽坂かぐらざか)” の例文
神楽坂かぐらざかへかゝると、ひつそりとしたみちが左右の二階家にかいやはさまれて、細長ほそながまへふさいでゐた。中途迄のぼつてたら、それが急に鳴りした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
家主は牛込神楽坂かぐらざかの、高田屋松次郎という。先代は与七といって、ずっと以前にはその音羽の五丁目で、小さな質屋を営んでいた。
そのころ柳沢はどっか神楽坂かぐらざかあたりにも好いのが見つかったと思われて、正月はる以来好いあんばいにお宮のことは口にしなくなっていた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そこを出て、O氏と一緒に歩いている笹村の姿が、人足のようやく減って来た、縁日の神楽坂かぐらざかに見えたのは、大分たってからであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
午後二時の神楽坂かぐらざかはいたって閑散だ。ここには特別彼を立ちどまらせるほどのショウ・ウィンドウもない。大股に坂を登って行く、後で
ヴァリエテ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
見附に出て、神楽坂かぐらざかを上ると、あとは一と息ですから、ここまで来ると、相沢半之丞思わずホッとしました。何となく気がゆるんだのです。
と言うと、荻原はむっつりして、やはり沈んでいたが、私が促すのでいきおいのなさそうに立ち上ってそれから神楽坂かぐらざかの通りの方に出た。
北国の人 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
七月五日、午前十時より神楽坂かぐらざか、春秋座演技道場にて第一次考査を施行する。第一次考査は、脚本朗読、筆記試験、口頭試問、簡単な体操。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
何かの会合のくずれで、近松秋江ちかまつしゅうこう長田幹彦ながたみきひこ、私、それに樗陰が加わって、神楽坂かぐらざか待合まちあいで遊んだことがあったが、誰も懐中は乏しかったので
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
恋が成立って、神楽坂かぐらざかあたりの小待合に連れて行って、人目を忍んで楽しんだらどう……。細君に知れずに、二人近郊を散歩したらどう……。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
文章倶楽部クラブの詩の稿料を六円戴く。いつも目をつぶって通る神楽坂かぐらざかも、今日は素敵に楽しい街になって、店の一ツ一ツを私は愉しみに覗いて通った。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
著者が神楽坂かぐらざかの本屋で一冊見つけ城戸元亮君に話をすると直ぐに自動車で一緒に駈けつけたが売れてしまっていた
生前身後の事 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それは牛込うしごめ神楽坂かぐらざかの手前に軽子坂かるこざかという坂があるが、その坂上に鋳物いもの師で大島高次郎という人があって、明治十四年の博覧会に出品する作品に着手していた。
「あなたは大抵ついて歩いているんですから、責任を持って下さらなければ困りますよ。師匠は神楽坂かぐらざかあたりで若いのにおだてられるんじゃないでしょうか?」
心のアンテナ (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私は本紙に連載中の大東京繁昌記の一節として、これからその印象や思い出を語ろうとしている牛込うしごめ神楽坂かぐらざかのことに関しても、矢張り同様の感を抱かざるを得ない。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
もはや二十年の昔になるが、神楽坂かぐらざかの夜店商人の間にひとりの似顔絵かきがいた。まだ若い人で、粗末な服装をしていて、不精ぶしょうひげを生やした顔を寒風にさらしていた。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
「よろしい、五十円、面白く遊ばせて見せる」——乗りつけたのは、嘘ぢやない、神楽坂かぐらざかです。
長閑なる反目 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
「十二時だつて好いさ、神楽坂かぐらざかにや起きてる家がある。」と性急せつかちに帽子を取つて立たうとする。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
神楽坂かぐらざかへんをのすのには、なるほど(なし)でもって事は済むのだけれども、この道中には困却した。あまつさえ……その年は何処どこも陽気が悪かったので、私は腹を痛めていた。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先日、疲労しきつた私は、力をもとめて黄昏の神楽坂かぐらざかを菱山の家へと急いだ。私の声に菱山は書斎から飛び降りてきたが、私の顔色が悪いと言つて、いきなり顔を悲しく顰めた。
宿命の CANDIDE (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
その頃牛込の神楽坂かぐらざかに榎本という町医まちいがあった。毎日門前に商人が店を出したというほど流行したが、実収の多いに任して栄耀えように暮し、何人もめかけを抱えて六十何人の児供こどもを産ました。
糟谷かすやはとうとう神楽坂かぐらざかしたしい友人をたずねた。そうしてつとめて、自分が苦労してる問題にはなれた話にきょうを求め、ことさらにたわいもないことをさわいで、一ばんざるをたのしんだ。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
これから山の宿へ頼みにくのは造作もない、此の次は来月二日であるかと云いながら、神楽坂かぐらざかまで来ると、車軸を流すようにざア/\と降出ふりだして雨の止む気色けしきがございませんから
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ただ一人親しく往来していた同窓の男が地方へ就職して行ってからは、別に新しい友も出来ぬ。ただこの頃折々牛込うしごめの方へ出ると神楽坂かぐらざか上の紙屋の店へ立寄って話し込んでいる事がある。
まじょりか皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
先生が寓居は矢来町の何番地なりしや今記憶せざれど神楽坂かぐらざかを上りて寺町通てらまちどおりをまつすぐに行く事数町すうちょうにして左へ曲りたる細き横町よこちょうの右側、格子戸造こうしどづくり平家ひらやにてたしか門構もんがまえはなかりしと覚えたり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
初めから日本人の普通の家庭に、いわゆる素人しろうと下宿をしていた。神楽坂かぐらざかの近所であったが、いい親切な家があって、ディーケは大いに満足して、純日本風の生活を初めからしていたようであった。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ところが、牛込の神楽坂かぐらざかに一軒ある煙草店を尋ねる積りで、飯田橋いいだばしの電車停留所から神楽坂下へ向って、あの大通りを歩いている時であった。刑事は、一軒の旅館の前で、フト立止ったのである。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこで今度は市ケ谷近くの四谷の通りから神楽坂かぐらざか、神田方面のタイプライター屋を当る考えで、公園前の通りを引返ひっかえして来ますと、丁度今の公園前の交叉点で、この三五八八の幌とすれ違ったのです。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
見上げた高い神楽坂かぐらざか
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
買物らしい買物はたいてい神楽坂かぐらざかまで出る例になっていたので、そうした必要にらされた私に、さした苦痛のあるはずもなかったが
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「それは間違いありません。神楽坂かぐらざか本田奎斎ほんだけいさい先生、——外科では江戸一番と言われる方だ。その方が診て言うんだから、これは確かで」
彼女の現在は神楽坂かぐらざかの女給であったが、その前にしばらく庸三の親友の郊外の家で、家事に働いていたこともあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
けやきの樹で囲まれた村の旧家、団欒だんらんせる平和な家庭、続いてその身が東京に修業に行ったおりの若々しさがおもい出される。神楽坂かぐらざかの夜のにぎわいが眼に見える。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
先日お友達のところで、(私は神楽坂かぐらざか寄席よせで、火鉢とお蒲団ふとんを売ってはたらいて居ります。)
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
神楽坂かぐらざかに夜店を出しに行く。藁店の床屋さんから雨戸を借りて、鯛焼き屋の横に店をひろげる。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
それで二人が神楽坂かぐらざかのところまで来ると、紙屑買いは足が痛い痛いと言い出す。どうやらおれをく気だなと悟った七兵衛は、わざと油断ゆだんをしていると、ふいと路地を切れて姿を隠す。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そのころは左翼運動のさかんな頃で、高木と私が歩いていると、しきりに訊問じんもんを受けた。ニコライ堂を背にして何遍となく警官と口論した鮮明な思い出もあり、公園の中や神楽坂かぐらざかやお濠端ほりばた等々。
篠笹の陰の顔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
いつも自転車で用足しに出るついでに、下町ならば人形とか浅草の公園とか、山の手ならば神楽坂かぐらざかとか、わざ/\遠廻りをして、一品料理の洋食屋やおでん屋の暖簾のれんをくぐる事にきめて居る。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
神楽坂かぐらざかの大通を挟んでその左右に幾筋となく入乱いりみだれている横町という横町、露路という露路をば大方歩き廻ってしまったので、二人は足の痛むほどすっかり疲れてしまったが、しかしそのかいあって
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
神楽坂かぐらざかへかかると、ひっりとしたみちが左右の二階家に挟まれて、細長く前をふさいでいた。中途までのぼって来たら、それが急に鳴り出した。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私の家は幸い災厄を免れたが、東京のレコード屋は、新宿の出羽屋と神楽坂かぐらざかのみどり屋を残して、洋楽物を扱うほどの店はほとんど全部焼けた。
そこからは道が一条ひとすじであった。神楽坂かぐらざかの下まで来ると、世界がにわかに明るくなった。人の影もちらほら見えていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
官吏らしい鰌髭どじょうひげの紳士が庇髪ひさしがみの若い細君をれて、神楽坂かぐらざかに散歩に出懸けるのにも幾組か邂逅でっくわした。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その頃神楽坂かぐらざか辰井たついと云う古い足袋屋たびやがあって、そこに、町子と云う美しい娘がいた。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
まちの中心は流石さすがに繁華で、東京の神楽坂かぐらざかくらいの趣きはあったが、しかし、まち全体としては、どこか、軽い感じで、日本の東北地方の重鎮じゅうちんとしてのどっしりした実力は稀薄きはくのように思われた。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
かの槍を持たせて講武所から聖堂の方へ別れた乗物は、疑いもなく高橋伊勢守で、高橋の邸は牛込神楽坂かぐらざかで、邸内には名代なだい大楠おおくすのきがあって俗に楠のお屋敷という、それへ帰るものに相違ないのです。
鶴巻町の新開町を過れば、夕陽せきようペンキ塗の看板に反映し洋食の臭気芬々ふんぷんたり。神楽坂かぐらざかを下り麹町こうじまちを過ぎ家に帰れば日全くくらし。燈をかかげて食後たわむれにこの記をつくる。時に大正十三年甲子かっし四月二十日也。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「なにかへつて仕舞つたと云ふ訳でもないんです。一寸ちよつと神楽坂かぐらざか買物かひものがあるから、それをまして又るからつて、云はれるもんですからな」
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その翌日は、八五郎に誘われて、神楽坂かぐらざかへ出かけようとしている平次のところへ、岩戸町の下っ引が、思いも寄らぬ凶報しらせを持って飛んで来ました。
時には神楽坂かぐらざかへもつれて行き、毘沙門びしゃもん横丁の行きつけのうちで、山手のかわった雰囲気ふんいきのなかに、彼女を置いてみたり、ある時は向島の一号である年増としまの家へも連れて行き
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)