硯箱すずりばこ)” の例文
多く作るのははし、箸箱、盆、膳、重箱、硯箱すずりばこ文箱ふばこなどのたぐいであります。ここでも仕事の忠実な品は美しさをも保障しております。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
長火鉢のまえに膝をそろえた喜左衛門は、思いついたように横の茶箪笥ちゃだんすから硯箱すずりばこをおろして、なにごとか心覚えにしたためだした。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そして子供はもうお祖父さんの側から駆け出して、部屋の中にはいって、大きな硯箱すずりばこを持ち出して、またもとの塀の外に駆けてきました。
影法師 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
しかし別段庭も空地あきちもないので机場おざにおさまって遊んでいるのだが——まず硯箱すずりばこからしておもちゃ箱に転化させて、水入器みずいれにお花をさす。
本箱には、ぎっしりと小説本が並んでおり、机のうえには杉材でこしらえた大きな硯箱すずりばこがある。すべて見覚えのある品物だった。
脳の中の麗人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
多分、台湾館の事務室に在った藤村さんの硯箱すずりばこを使ったものでしょう。昔の百人一首に書いて在るような立派な文字でしたがね。
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は好い気になって、書記の硯箱すずりばこの中にある朱墨しゅずみいじったり、小刀のさやを払って見たり、ひと蒼蠅うるさがられるような悪戯いたずらを続けざまにした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お品は少し照れながらも、半切はんきれ硯箱すずりばこを借りて「大舟町市兵衛百四十四夜」としたため、きまり悪そうに平次の前に押しやりました。
机の上には二、三の雑誌、硯箱すずりばこ能代のしろ塗りの黄いろい木地の木目が出ているもの、そしてそこに社の原稿紙らしい紙が春風に吹かれている。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「辻町のやつ、まだ単行が出来ないんだ。一冊まとまったもののように、楽屋うちで祝ってやろう。筆を下さい。」——この硯箱すずりばこを。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紙片をほぐすと女文字、一通り見ると打ち案じたが、やがて蒔絵まきえ硯箱すずりばこを引き寄せ、何かサラサラと料紙へ書きたたんで鸚鵡の首へ巻いた。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
障子ぎわには小さな鏡台が、違いだなには手文庫と硯箱すずりばこが飾られたけれども、床の間には幅物ふくもの一つ、花活はないけ一つ置いてなかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
まだ仕事の残っているときは、机の上には書類や帳簿がひろげてあり、硯箱すずりばこふたがあいてい、彼の手には筆が握られている。
饒舌りすぎる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それは二時ごろで、外には絹糸のような雨が降っていた。広栄はやがて算盤を置いて、傍の硯箱すずりばこを引き寄せて墨をりだした。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
半紙を四つ折にかさねてじた彼の雑記帖なのである。武蔵はそれを、旅包みの中から出して、早速、硯箱すずりばこをひきよせた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
気の早い柳美館の旦那は手を叩いて女中に言いつけると、最前の背の高い女中がすぐ半紙を三枚貼って長くした即席のビラと硯箱すずりばことを持ってきた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
これは中働なかばたらきといったようなものらしく、この硯箱すずりばこはここに置くことになっている、この抽斗ひきだしにはこういうものを入れることになっている、あれは其処そこ
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
課長のゆっくり書類を portefeuilleポルトフョイユ から出して、硯箱すずりばこふたを取って、墨をるのを見ている。
あそび (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ところが或る日のこと、ふとその禅僧が心づきますと硯箱すずりばこふた上絵うわえの短冊が入れてありまして、それには
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
佐太さださん。石さんはよく勉強するね。きつと硯箱すずりばこになりますよ。」と、言ひました。すると佐太夫は
硯箱と時計 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
美奈子が、小切手帳を持って来ると、荘田は、かたわらの小さいデスクの上にあった金蒔絵まきえ硯箱すずりばこを取寄せて不器用な手付で墨をりながら、左の手で小切手帳を繰ひろげた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自分は、立ったままテーブルの上にあった硯箱すずりばこを引きよせ、墨をすりおろして筆先をほごしながら
刻々 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
お銀様は竜之助の請求を怪しみながらも、手近の硯箱すずりばこと一帖の紙とを取寄せて机の上に載せながら
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
硯箱すずりばこを持って彼女に近寄り、何を描こうかと思ってふと傍らを見ると、ギリシャ神話の本が開いたままになり、メデューサの首の絵が出ておりましたので、これ究竟くっきょう
メデューサの首 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
十畳じゅうじょう位の部屋に小さい机が一ツに硯箱すずりばこのいいのでもあったらと云うのが理想なのだが、三輪の家は物置きのようにせまくて、ちょっと油断しているとすぐ散らかって困った。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「夜の十時にお裏山の稲荷神社いなりじんじゃへお一人ずつおでかけを願います。あそこへ硯箱すずりばこと帳面を用意しておきますから、ご参詣の証拠しょうこにお名前をおしたためになってお帰りください」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私は無言で首肯うなずいてベンチから立ち上り、郵便局備附けの硯箱すずりばこのほうへ行く。
親という二字 (新字新仮名) / 太宰治(著)
朝起きると、お庄は赤いたすきをかけ、節のところの落ち窪むほどに肉づいた白い手を二の腕まで見せて塗り壁を拭いたり、床の間の見事な卓や、袋棚ふくろだな蒔絵まきえ硯箱すずりばこなどに絹拭巾きぬぶきんをかけたりした。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は棚の上にあった硯箱すずりばこをおろして墨をすると、手帳の上に、注意深く、腐りかかった五本の指の指紋を取った。そして、それを元通り包み直し箱の中に納めて、目につかぬ部屋の隅へ置いた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
マタ茶道ヲ千宗佐せんそうさニ受ケテ漆器ノ描金びょうきんニ妙ヲ得硯箱すずりばこ茶器ノ製作ニ巧ミナリ
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
溜塗の机や硯箱すずりばこは毎朝塾生が総掛りで並べる、先生は一家総出で奥さんも共稼ぎ、教授は厳格で、うっかり怠けると煙管きせるの雁首でぽかり、悪戯いたずらがばれると尻をまくって竹杖で二十三十の叩き放し
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
十一 僕は昨夜ゆうべの夢に古道具屋に入り、青貝をめたる硯箱すずりばこを見る。
病中雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
可愛らしい小窓が一つあって、そこに大きな、り心地の良さそうな一つの机(これには彼は見覚えがあった。)を据えて、その上に硯箱すずりばこだの、水入れだの、巻紙の類が行儀よく載せられてあった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
螺鈿らでん硯箱すずりばこが富士子には知らせずにミサ子の家へゆき、それで富士子はゆけることになった。二人のことがわかると、じっとしていられなくなったのは小ツルである。彼女はさっそくさわぎだした。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
行燈は前の障子が開けてあり、丁字ちょうじを結んで油煙が黒くッている。ふたを開けた硯箱すずりばこの傍には、端を引き裂いた半切はんきれが転がり、手箪笥の抽匣ひきだしを二段斜めに重ねて、唐紙のすみのところへ押しつけてある。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
あるじの目配ばせによって下男が硯箱すずりばこを持って来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「とっつぁん! 硯箱すずりばこを貸してくんなよ」
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
硯箱すずりばこに入れてあった紙に
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
部屋の一ところに人間がいる。尾張中納言宗春である。じっと一ところを見詰めている。その膝の辺に巻物があり、硯箱すずりばこが置いてある。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼は初めから読み返し、結びの挨拶を書くと、筆をいて、その手紙を封じ、それから、硯箱すずりばこの脇にある鈴を取って振った。
と、源五右衛門が、大高源吾のほうへ眼をさし向けると、亭主は早速、硯箱すずりばこと料紙をそっちへ向けてにじり寄って行った。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
課長は彼女がその湯呑を、いつもと同じに、硯箱すずりばこ未決みけつ既決きけつの書類ばことの中間に置き終るまで、じっと見つめていた。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
様式の変化に富み、小箪笥風のもの、「けんどん」のもの、「片開き」のもの等種々あって内部は引出のもの多く、時としては硯箱すずりばこ印箱いんばこも入れてある。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ふたをしない硯箱すずりばこには、黒と赤とのインク壺が割り込んでゐて、毛筆もペンも鉛筆もごつちやにはふり込んである。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ところが或る日のこと、ふとその禅僧が心づきますと硯箱すずりばこふた上絵うわえの短冊が入れてありまして、それには
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
信仰に頒布する、当山、本尊のお札を捧げた三宝をかたわらに、硯箱すずりばこを控えて、硯の朱の方に筆を染めつつ、お米は提灯に瞳を凝らして、眉を描くように染めている。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ややしばらくしてから葉子は決心するように、手近にあった硯箱すずりばこ料紙りょうしとを引き寄せた。そして震える手先をしいて繰りながら簡単な手紙を乳母うばにあてて書いた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あの小刀は私の硯箱すずりばこの中にあったんでさあ。あの時金盥かなだらいに水を取って、貴方の指を冷したのも私ですぜ
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
五郎さんは夢中になって硯箱すずりばこ抽出ひきだしからいんを出して、郵便屋さんに押してもらって、小包を受け取りました。鼻を当ていでみると、中から甘い甘いにおいがしました。
お菓子の大舞踏会 (新字新仮名) / 夢野久作海若藍平(著)
竜之助はそのまま次の室へ入って、机に向って暫らく茫然ぼうぜんと坐っていましたが、自分で燈火あかりをつけて、それから料紙りょうし硯箱すずりばこを取り出して何か書き出したものと見えます。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)