矢鱈やたら)” の例文
近頃活躍し出した出版界が何々全集、何々叢書と矢鱈やたらに金文字気分を煽るのは、主としてこの流行を当込んでいるものと考えられる。
それでわば矢鱈やたらに読んで見た方であるが、それとて矢張り一定の時期が来なければ、幾ら何と思っても解らぬものは解る道理がない。
私の経過した学生時代 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
むやみ矢鱈やたらに、さびしい、と言ったり、御前会議が、まるでもう同人雑誌の合評会の如く、ただ、わあわあ騒いでうらんだり憎んだり
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼はてのひらでばたばたと鳥居の柱を敲きながら矢鱈やたらに身体をも打ち付けた。打ち付け打ち付け罵詈讒謗ばりざんぼうを極めて見たが鳥居は動かなかった。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
躬恒のは瑣細ささいな事を矢鱈やたらに仰山に述べたのみなれば無趣味なれども家持のは全く無い事を空想で現はして見せたる故面白く被感候。
歌よみに与ふる書 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
それでは御免こうむって、わし一膳いちぜん遣附やッつけるぜ。なべの底はじりじりいう、昨夜ゆうべから気をんで酒の虫は揉殺したが、矢鱈やたら無性むしょうに腹が空いた。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うごめかして白山はくさんの祭禮に勇を振ひて女連をんなづれの敵を驚かせしこと親父に追出されて信州の友を尋ね矢鱈やたら婦人に思ひ付かれしこと智計を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
そして警句が出れば出る程、忘れる筈の一件が矢鱈やたら無上むしょうに込み上げて、いくら振り落そうと藻掻もがいても始末に悪い事になるのだ。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分も物を矢鱈やたらに買う気だけは起らないといっても、ときどき理由もなくむらむらと怒ったり、夢を見ても匂いや色をはっきり感じたり
馬車 (新字新仮名) / 横光利一(著)
仏蘭西フランス語を知つて居る船頭がそれ等の貴族の旧邸で今は美術品の製造所に成つて居る家家いへいへ矢鱈やたらに船を着けて記念の為に縦覧せよと勧める。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「あツ、何をするのさ、又私をどうしようと言ふのだえ。——安岡つ引の癖にしやがつて、矢鱈やたらに人を縛つてどうするんだ」
つまり書籍の偶像崇拝家で、書物さえ見れば矢鱈やたらに御辞儀をしたり合掌したりする、ビブリオラートルと云う連中である。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
神社じんじゃまつられたからともうして、矢鱈やたら六ヶむずかしい問題もんだいなどをわたくしのところにお持込もちこみになられることはかた御辞退ごじたいいたします。
矢鱈やたらに使つてはならないものだが、しかし場合によつては——例へば今なんぞには適したものです。ジエィン、水を少し。
そう火事が矢鱈やたら無性むしょうにあって堪るもんでございますか。さて品川停車場ステーションより新橋へ帰るつもりで参って見ると、パッタリ逢ったはお若さんでげす。
「入湯のきわだがね、このコスモスてえ花は——」と峰吉は矢鱈やたらに人をつかまえて講釈をするのだ。コスモス——何という寂然たる病的な存在だろう。
舞馬 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
日比谷から死骸をアノ河岸まで担いで来る筈は無し、又海軍原でも無い、と云う者は海軍原へは矢鱈やたら這入はいられもせず
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ところが、先生は煙草に餓えていて矢鱈やたらに吸い込んだのですからね。たちまちこの有様です。もう踏んでもっても眼をさますことじゃありませんよ
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と京子は叫んだが、其の痛みは彼女の意慾を更にむち打った。京子は直ぐさま窓に襲いかかり矢鱈やたらにそこらを手探りした。盲目のように窓をで廻した。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これを数多い広告のなかから拾ひ出した米国の雑誌記者は、奇妙な広告だ、珍しい広告だ、滅多に見かけられない広告だといつて矢鱈やたらに吹聴してゐる。
なんでも一日のうちに一時間か二時間は無邪気に盛んに運動するが宜い。その方が勉強しても早く理解する。矢鱈やたらに本を見てもどうかすると理解が出来ぬ。
始業式に臨みて (新字新仮名) / 大隈重信(著)
「それはさうであつたけれど、本當は、あなたの來る頃までと云つて置いたのに、誰れかいい人を待つてるからだらうと、矢鱈やたらにお酒を飮んで動かないの」
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
「賠償する事にしたって好いさ。どうせそうザラにある訳じゃないから。新聞はそんな方ばかり書くから矢鱈やたらに多いようだが、そんなものじゃないからね」
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
剣士一統、矢鱈やたらに柄を叩いて敷台しきだいから前庭まえの植込み、各室へ通ずる板廊いたろうのあたりをガヤガヤ押し廻っていると
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
本を読んだら理性を恢復するかと思つて、滅多矢鱈やたらに本を読んだ。しかしそれは興味をもつて読んだのではなく、どうにもしやうがないから読んだのである。
我が生活 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
消しの出来たのを引裂いて二度の文言を案じる間に、同じく不思議が胸に浮んで、その消した紙へ、楷書行書艸書片仮名平仮名、何だか矢鱈やたらに書きつゞけて
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
彼は煙をプカプカと矢鱈やたらにふかし続けていたが、そのうちに椅子から飛びあがると、ハタと膝を打った。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
アノ書物へ矢鱈やたらに孔を明けて喰い通して行くヤツは決してシミではない。これは甲虫の一種でその成虫は長サ三粍有るか無いか位な栗色をした小さいヤツである。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
いしでも入つたんかいな。一寸お待ち、矢鱈やたらこすつたりしたらあかへん。わて今取つて上げまほ。」
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
さう、矢鱈やたらに存在してゐる家ではない。大阪南区内安堂寺町うちあんだうじまち二丁目、交番を西へ行つて、茶商と、おもち屋との間の露次を入ると、井戸のすぐ脇にあるのが、それである。
泣き叫び乍らその胸にひしと抱きついた——それをちらりと見た時、彼は泣きも得ず只地団太ぢだんだを踏んで、なほ終り迄それを見続けようとする伯父の頭髪を滅多矢鱈やたらにむしつた。
亨一は矢鱈やたらに激昂した。此汚名は何の時にかすすがねばならぬと思つた。それ故目前の争論を惹き起すまいとして耐忍の上にも耐忍をした此日の苦痛は心骨にしみ徹るのであつた。
計画 (新字旧仮名) / 平出修(著)
矢鱈やたらに吸つてゐる煙草の煙は、襖の隙間から洩れ出て、辰男の顏のあたりにも漂つた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
次にわれ等の仕事は、積極的の自主的意見に捕えられて、矢鱈やたらに反対したり、又個人的欲望の奴隷となりて、白を黒と言いくるめたりするような人であっては、ほとんど何事もし得ない。
私の不精はだん/\昂じて来てこの頃でははがき一本かく事でさへおつくうなのです、ですから無論誰ともはなしもしませんし、聞きもしません、たゞ話たいことけが矢鱈やたらにあります。
私信:――野上彌生様へ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
つまりピアノ線の両端に重錘おもりをつけたようなものを矢鱈やたらと空中に打ち上げれば襲撃飛行機隊は多少の迷惑を感じそうな気がする。少なくも爆弾よりも安価でしかも却って有効かもしれない。
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
細目に開けた障子の隙間から、顔だけ出したお菊の声は、矢鱈やたらに低かった。
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
また良民の承知なしに矢鱈やたらに人をつまみあげて掌に乗せることはできない。
強い人間は無暗むやみに強く、弱い人間は矢鱈やたらに弱く、悪い人間は何処までも悪く、善い人間は最後まで善い、こんな塩梅あんばいに書かれている。講談式であり草双紙式である。本当の人間は書かれていない。
大衆物寸観 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
アンナ・ニコロが私を引ずって矢鱈やたらに接吻する。愛の聖歌奏でて旋転する夢路たどっているようだ。苦もないアンナ・ニコロ私に身を委せながら。階段、万国の男女が酔いどれてはやしたてる。
恋の一杯売 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
学科は何時迄いつまでっても面白くも何ともないが、たとえば競馬へ引出された馬のようなもので、同じような青年と一つ埒入らちないに鼻を列べて見ると、まけるのが可厭いやでいきり出す、矢鱈やたら無上むしょうにいきり出す。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
しかしかれらは子供のくせに、矢鱈やたらに魚釣りがうまかった。僕などにくらべて、いつも二倍か三倍も釣り上げてゆく。玄人級だ。身なりもよくないし、釣道具もお粗末なものだ。それでたくさん釣る。
魚の餌 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
助十 えゝ、手前こそ矢鱈やたらに無駄口をきくぢやあねえか。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
矢鱈やたらに仙人よばりせられんは余り嬉しき事にあらず。
人生の意義 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
ずりちた崖土がけつちに、無性むしやう矢鱈やたらまはつたおいもつる
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そうして矢鱈やたらに変テコなお伽話を書いて人に見せたり、話して聞かせたりしたものでしたが、誰も相手にしてくれませんでした。
涙香・ポー・それから (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ひとりで、がぶがぶ酒のんで、そのうちに、幸吉を相手にして、矢鱈やたらに難題を吹っかけた。弱い者いじめを、はじめたのである。
新樹の言葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
こう云う時には人間を見懸けて矢鱈やたらにこすり付けるか、松の木の皮で充分摩擦術を行うか、二者その一をえらばんと不愉快で安眠も出来兼ねる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大帝はいきなり主人の頭に拳骨を一つくらはして、そのまゝ外へ飛び出した。あとに残された主人は、壁の油虫のやうに椅子の上で矢鱈やたらに手足をもがいてゐた。
が、う、そんなこと頓着とんぢやくしない。人間にんげんなどにはけないで、くらなか矢鱈やたらに、其処等そこいらながめた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)