とか)” の例文
彼は、その光りのなかを、割るやうに、彼女は、その光りのなかにとかされるやうに、二人は、赤いクッシヨンに並んで、腰をおろした。
幸福への道 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
夏は氷盤ひょうばんいちごを盛って、あまき血を、クリームの白きなかにとかし込むところにある。あるときは熱帯の奇蘭きらんを見よがしに匂わする温室にある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうしてその四角な穴の中から、すすとかしたようなどす黒い空気が、にわかに息苦しい煙になって、濛々もうもうと車内へみなぎり出した。
蜜柑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
やうやにはしもとかしてけた。かれ不快ふくわいあさしかめたたぽつさりと念佛寮ねんぶつれうやつれたはこんだ。かれ田圃たんぼそばへおりて小徑こみちつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ようやく筆の持てる頃から絵が好きで、使い残りの紅皿を姉にねだって口のはたを染めながら皿のふちに青く光る紅をとかしてあぶ蜻蛉とんぼの絵をかいた。
折紙 (新字新仮名) / 中勘助(著)
あの時分の若い痴呆ちほうな恋が、いつの間にか、水にとかされて行く紅の色か何ぞのように薄く入染にじんでいるきりであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
自分は小山から小山の間へと縫ふやうに通じて居る路をあへぎ/\伝つて行くので、前には僧侶の趺坐ふざしたやうな山があゐとかしたやうな空に巍然ぎぜんとしてそびえて居て
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
俺は監獄で……と戯奴ヂヤオカアが面をしかめる……俺は監獄であまり監房へやの臭気が陰気なので、汚ない亜鉛の金盥に水を入れて、あの安石鹸をとかしては両手で掻き立て掻き立て
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
仕事場でろうとかしながら、暗い片隅の方で釜の下の火を掻き廻しては、折々おりおりその手を止めて町の家根の上を飛んで彼方あちらに淋しそうに見える杉のいただきを越えて、果ては北となく
蝋人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
雨上りの夜の天地は墨色すみいろの中にたっぷり水気をとかして、つやっぽい涼味りょうみ潤沢じゅんたくだった。しおになった前屈まえかがみの櫓台の周囲にときどき右往左往する若鰡わかいなの背が星明りにひらめく。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
顧ると谷の正面を限る後立山山脈には、積雲の大塊がたむろしてさかんに活動している。もくもく湧き上る白銀をとかしたような頂のあたりには、領布雲が二すじ三すじ横になびいていた。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ジャムを煮るのも厚い鍋で煮ないと好い味が出ません。ソースをこしらえる時バターをとかしてメリケン粉をジリジリといためるのには決して琺瑯鍋を使えません。きに剥げ出します。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
かぜはなかつた。空氣くうきみづのやうにおもしづんでゐた。人家じんかも、燈灯ともしびも、はたけも、もりも、かはも、をかも、そしてあるいてゐる我我われわれからだも、はひとかしたやうな夜霧よぎりうみつつまれてゐるのであつた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
プラットフォームで、真黒まっくろに、うようよと多人数に取巻かれた中に、すっくと立って、山が彩る、目瞼まぶたの紅梅。黄金きんとかす炎のごとき妙義山の錦葉もみじに対して、ハッと燃え立つ緋の片袖。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そうでしょうとも、それですから、ごらんなさい。あの花のさかずきの中からぎらぎら光ってすきとおる蒸気じょうき丁度ちょうど水へ砂糖さとうとかしたときのようにユラユラユラユラ空へのぼって行くでしょう。」
チュウリップの幻術 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
さうしてその四かくあななかから、すすとかしたやうなどすぐろ空氣くうきが、にはか息苦いきぐるしいけむりになつて濛濛もうもう車内しやないみなぎした。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ようやく筆の持てる頃から絵が好きで、使い残りの紅皿を姉にねだって口のはたを染めながら皿のふちに青く光る紅をとかしてあぶ蜻蛉とんぼの絵をかいた。
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
北国の春の空色、青い青い海の水色、澄みわたった空と水とは藍をとかしたように濃淡相映じて相連あいつらなる。望む限り、縹緲ひょうびょう、地平線に白銀のひかりを放ち、こうとして夢を見るが如し。
空は灰汁桶あくおけぜたような色をして低く塔の上に垂れ懸っている。壁土をとかし込んだように見ゆるテームスの流れは波も立てず音もせず無理矢理むりやりに動いているかと思わるる。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
慶四郎は、いつの間にか、何かにかれているような顔になっている。千歳の右の手に視線をあつめている。その眼は鋭く凝って、盛上った黒い瞳はとかしたような光に潤っている。
呼ばれし乙女 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それが皆話しをしたり、唄をうたつたりしてゐるまはりには、人間の脂をとかした、なめらかな湯のおもてが、柘榴口からさす濁つた光に反射して、退屈さうにたぶたぶと動いてゐる。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
清吉が熱心に三月の間工夫して造り上げた蝋人形の一つはあやまって炉壺の中へ落してとかしてしまった。残った二つのうちの一つは清吉が東京への土産にするといって持って行った。
蝋人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)