)” の例文
警戒々々……そんな時には医者の言葉を守ってすぐに筆をく。そのかわりあくる朝は誰よりも早く起きて仕事にかかるのである。
健康と仕事 (新字新仮名) / 上村松園(著)
事ここに至った縁起えんぎを述べ、その悦びを仏天に感謝し、かつは上人彼みずからの徳に帰すことをねがい、ここに短き筆をきたく思います。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そう聞くと雪子はあわてた。筆をいて立ち上ったものの、ぐ電話に出ようとはせず、顔をあかくしながら階段の下り口でウロウロした。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
女流の文学者と交際し神田青年会館に開かれる或婦人雑誌主催の文芸講演会にのぞ一場いちじょうの演説をなす一段に至って、筆をいて歎息した。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
但し流石さすがに年の効で数の中には捨て難い傑作がないでもなかった。それを一つと筆序に塚本さんの逸話を一つ紹介して筆をく。
社長秘書 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
筆をいて、そっと出て見ると、文鳥は自分の方を向いたまま、とまの上から、のめりそうに白い胸を突き出して、高く千代と云った。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
演説をもって事を述ぶれば、その事柄の大切なると否とはしばらくき、ただ口上をもって述ぶるの際におのずから味を生ずるものなり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そこで私は大体の計画を作りその計画に従って思索して得た結果を毎日十枚宛一ヵ月間記し続けて三百枚に至るの日ペンをこうと思った。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
それで余り実際の用をなさない『郡村誌』の記事を掲げて臆説を附記することなどは止め、ここに本篇の筆をくことにする。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
おれなどはまだ学問が足りないのだ、平家物語を註釈する程に学問が出来て居ないのだと言つて、慨歎がいたんして筆をくところが書いてありました。
一人の無名作家 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私はすかさず、筆をく。読者もまた、はればれと微笑んで、それでも一応は用心して、こっそり小声でつぶやくことには
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
これで筆をこうと思ってふと縁先の硝子障子ガラスしょうじから外を見ると、少しもう色付きかかった紅葉の枝に雀が一羽止ってしきりに羽根を繕っている。
帝展を見ざるの記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
予は既に、歳月の久しき、嗜好の屡〻しばしば變じ、文致の畫一なり難きをうらみ、又筆をくことの頻にして、興に乘じて揮瀉すること能はざるを惜みたりき。
何時でも未来に憬れる頭を現在にぢつとおちつける事は何の場合にも必要だと云ふことを繰り返して筆をきます。
男性に対する主張と要求 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
列伝れつでん第七十太史公たいしこう自序の最後の筆をいたとき、司馬遷はったまま惘然ぼうぜんとした。深い溜息ためいきが腹の底から出た。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
筆者は茲に支倉の死と共に筆をくに際し、かくの如き至難比類なき疑獄事件に、終始一貫、不屈不撓の精神を以てよく犯罪を剔抉てっけつし得たる庄司署長
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
すると二階にいる主人の逸作は、画筆をくか、うたた寝の夢をきのけるかして、急いで出迎えてれるのである。「無事に帰って来たか、よしよし」
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と、お杉はいつか筆をいてしまって、傍らに重ねてある写し終りの薄い写経五、六部のうちから一冊をぬいて
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
た復た岸本は筆をいて嘆息してしまった。複雑し矛盾した心の経験は到底こんな手紙に尽しようが無かった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その伝の筆をかんとする時に「ソクラテスはに哲学者の死を遂げた」と書いてその文を結ばんとした時に、ふと眼前にひらめいたのは基督の死方であった。
「死」の問題に対して (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
最後にお祭がすきだった事、火事が好きだった——と云うと語弊があるが——事を書いて筆をく事にしよう。
解説 趣味を通じての先生 (新字新仮名) / 額田六福(著)
もともと先生の芸術について適切な評論をなし得ようとは思っていなかったから、これくらいで筆をきたい。
夏目先生の追憶 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
むこ十川そごう(十川一存かずまさの一系だろうか)を見放つまいとして、搢紳しんしんの身ながらにしゃくや筆をいて弓箭ゆみややり太刀たちを取って武勇の沙汰にも及んだということである。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
せっせと手紙を書きつづけていた片山が、すぐにペンをいて、正三の側にやって来た。「あ、それですか、それはこうして、こんな風にやって御覧なさい」
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
戯曲の事は他日論ず可ければ此にはきつ。遊廓と粋様の関係に就きては一言するも無益ならざるべし。
露伴について語るべき事は多いが、四枚や五枚ではとても書尽されないから、今はこれだけで筆をく。
露伴の出世咄 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
私は、これで筆をこう。餓死線上にうめいている人々をさんざん書いた後に、こんな話を持ち出すのは、読者も堪らないだろうし、書く私は尚更堪らないから。
これを不思議な証跡の連鎖となるべき最後のものとして、私は「北極星号」のこの航海日誌の筆をく。
以上はすこぶるダラシの無い事を長々と書き連ねましたので筆をいたあと私は恐れ縮こまっています。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
一 マルコ伝では、イエスは復活し給うた、そしてガリラヤにて弟子たちに、特にペテロに顕われ給うであろう、と天使が告げた、という記事にて筆をいてある。
くの終りに至るまで著者の胸中には毫末がうまつも封建社会革命の目的若くは其影すらもあらざりしなり。
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
さて筆者は、この辺でプロローグの筆をいて、いよいよ「赤外線男せきがいせんおとこ」を紹介しなければならない。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして当然ここでペンをくべき日の来たことを知り、それにすら名残りが留められたのである。
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
まだまだ御目汚し度きこと沢山に有之候えども激しく胸騒ぎ致し候まま今日はこれにて筆き申候
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
私は今平静な冷やかな心でこの粗雑な記録の筆をく。私の愛するすべてのものの上に祝福あれ!
ピエエル・オオビュルナンは満足らしい気色で筆をいた。ぎごちなくなった指を伸ばして、出そうになったあくびを噛み潰した。そしてやおらその手を銀盤の方へ差し伸べた。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
「そりや困つた、なア。」氷峰も筆をいて卷煙草に火をつける。「いつ歸ると云ふのか?」
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
僕は父のわき火鉢ひばちそばに座って、しばらく黙って居ましたが、この時降りかけて居た空が愈々いよいよ時雨しぐれて来たと見え、ひさしを打つみぞれの音がパラ/\聞えました。父は筆をいてやお此方こちらに向き
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
然し縦令反抗するとも私はこれで筆をくことは出来ない。私は言葉をむちうつことによって自分自身を鞭って見る。私も私の言葉もこの個性表現の困難な仕事に対してつまずくかも知れない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
動物園内の珈琲店キヤツフエの一卓で僕は今この筆をいた。早く巴里パリイへ帰らう。(七月十日)
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
改訳の筆をくに当たって、私は最初読者になした約束を果たさなければならない。すなわち、ロマン・ローラン全集版の「ジャン・クリストフ」についている作者の緒言の翻訳である。
彼に就いて語りたい、実に沢山なことをさしいて、私はもう筆をくのだが、大変贅沢をいつても好いなら、富永にはもつと、ママ像を促す良心、実生活への愛があつてもよかつたと思ふ。
夭折した富永太郎 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
父もいい加減読書にみ執筆につかれた頃とて、直ちに筆をき机を離れ、冬はストーブを囲み、夏はヴェランダに椅子を並べ、打ちくつろいで茶をすすり菓子をつまみながら、順序もなく連絡もなく
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
父もいい加減読書にみ執筆につかれた頃とて、直ちに筆をき机を離れ、冬はストーブを囲み、夏はヴェランダに椅子を並べ、打ちくつろいで茶をすすり菓子をつまみながら、順序もなく連絡もなく
法窓夜話:01 序 (新字新仮名) / 穂積重遠(著)
その第一巻二十七節「刑罰の施行」の筆をいていたのである——
せいばい (新字新仮名) / 服部之総(著)
『ハア、どうも頭が痛くツて。』と云つて、野村は筆をいて立つ。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
これを一々ろんずるのは、探檢記たんけんき主意しゆいいので、これふでく。
彼は疲れて来ると、静かに筆をいてそれに両手をかざした。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
最後に同志中西氏の健在を祝つて妄言をく。
中西氏に答う (旧字新仮名) / 平林初之輔(著)
ついに市長はペンをいて、半ばふり返った。