慰藉ゐしや)” の例文
そして月に幾度となく彼女の不幸な孫の消息について、こま/″\と書き送りもし、またわが子の我まゝな手紙を読むことに、慰藉ゐしやを感じてゐた。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
「永遠なる再来」は慰藉ゐしやにはならない。Zarathustraツアラツストラ末期まつごに筆をおろし兼ねた作者の情を、自分は憐んだ。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
從來じうらいかれとほ奉公ほうこういくらでも慰藉ゐしやみち發見はつけんしてたのは割合わりあひあたゝかなふところほとんどつひやしつゝあつたからである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
其のかんに於ける彼の胸中は、「他人目たにんめにはうか知らないけれども、自分では何よりの慰藉ゐしやと満足との泉であつた」と云ふ彼自身の言葉がつくしてる。
されば、妻なるもの、母なるものゝ幸福なさまを見た事のない私の目には、此れさへ非常な慰藉ゐしやぢやありませんか。
一月一日 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
素人娘しろうとむすめなどは、とても、この場合、自分を慰藉ゐしやして呉れるものではないのだらうと、義雄は考へてしまつた。
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
さういふ私にとつては、だから、たつたそれだけのお信さんの親切も身にしみて嬉しく、まるで曠野に知己を見出したやうな喜びとも慰藉ゐしやともなつたのだつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
だから宗助そうすけさびしみはたんなる散歩さんぽ觀工場くわんこうば縱覽じゆうらんぐらゐところで、つぎ日曜にちえうまでうかうか慰藉ゐしやされるのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「述懐は一種の慰藉ゐしやなりサ、人誰か愚痴なからんやダ、君とても口にこそえらいことを吐くが、雄いことを吐くだけ腹の底には不平が、うづいて居るんだらう」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
私はそれを見て、今強ひて作つて云つた慰藉ゐしやとも教訓とも何とも附かぬ自分の言葉をひどく耻しく覺えた。
姉妹 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
彼は毎日庭の掃除をしたりして、只管ひたすら死病の自分に来るのを静かに待つてゐるのであつた。彼にとつては、かの物静かな松風の音は今は何よりも偉大な慰藉ゐしやであつた。
(新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
他の二つの場合(前にべたるものをす)も今おもひ出だし候てだに心をどりせらるゝ一種の光明、慰藉ゐしやに候へども、先日御話いたしし実験は、最も神秘的にしてまた最も明瞭に
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
「そんな事はあるものか」と貞七は口では言つたが、成程それで十分に奮発する事も出来ないのかと思ふと、一層同情の念が加はつて、いよ/\慰藉ゐしやして遣らずには居られなくなつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
彼等が眼は舞台の華美にあらざれば奪ふこと能はず。彼等が耳は卑猥ひわいなる音楽にあらざれば娯楽せしむること能はず。彼等が脳膸は奇異を旨とする探偵小説にあらざれば以て慰藉ゐしやを与ふることなし。
漫罵 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
卯平うへいはそれをつてさへ與吉よきち要求えうきうされることがかへつかれためにはどれほど慰藉ゐしやであるかれないのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
かれはたゞ坂井さかゐきやく安井やすゐ姿すがた一目ひとめて、その姿すがたから、安井やすゐ今日こんにち人格じんかく髣髴はうふつしたかつた。さうして、自分じぶん想像さうざうほどかれ墮落だらくしてゐないといふ慰藉ゐしやたかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
さういふ時にこれまで人に聞いたり本で読んだりした仏教や基督教キリストけうの思想の断片が、次第もなく心に浮んで来ては、直ぐに消えてしまふ。なんの慰藉ゐしやをも与へずに消えてしまふ。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
快楽は即ち慰藉ゐしや(Consolation)なり。
是に於て予は予の失恋の慰藉ゐしやを神に求めたり。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
平日へいじつ何等なんら慰藉ゐしやあたへらるゝ機會きくわいをもいうしてないで、しかきたがり、りたがり、はなしたがる彼等かれらは三にんとさへあつまれば膨脹ばうちやうした瓦斯ガスふくろ破綻はたんもとめてごと
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
小六ころくはこれ以上いじやう辯解べんかいやう慰藉ゐしややうあによめ言葉ことばみゝしたくなかつた。散歩さんぽひまがあるなら、手紙てがみかはりに自分じぶんあしはこんでれたらよささうなものだとおもふとあま心持こゝろもちでもなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
今度の事になつてからは、己は準備をしてゐる間、何時いつでも用に立てられる左券さけんを握つてゐるやうに思つて、それを慰藉ゐしやにしただけで、やゝもすれば其準備を永く準備のまゝで置きたいやうな気がした。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それからは不平の事は日をうて加はつても、準備のはかどつて行くのを顧みて、慰藉ゐしや其中そのうちに求めてゐた。其間に半年立つた。さてけふになつて見れば、心に逡巡しゆんじゆんするおくれもないが、又踊躍ようやくするきほひもない。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)