引立ひった)” の例文
立騒ぐ召つかいどもを叱りつも細引ほそびきて来さして、しかと両手をゆわえあえず奥まりたる三畳の暗き一室ひとま引立ひったてゆきてそのまま柱にいましめたり。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、何処でかキャンキャンと二声三声犬の啼声がする……きっと耳を引立ひったって見たが、もう其切それきりで聞えない。隣町あたりでかじけたような物売の声がする。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
さればこそ衣類と髪の不似合な装いをしたのでござらぬか、さりとは不届至極な為され方、さア此の上は両人とも当家を引立ひったて、大目附衆おおめつけしゅうへ差出さねば成らぬ
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「今あすこで一服すって待っているだが、顔さえ見れば直ぐに引立ひったてて連れて行こうという見脈けんまくだで……」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それから彼は口を堅くつぐみさま、警官等の引立ひったてるがままに身体を任した。
 (おつやは太吉を引立ひったてて、かみのかたの障子のうちに入る。山風やまかぜの音。)
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
尾をつまんで、にょろりと引立ひったてると、青黒い背筋がうねって、びくりと鎌首をもたげる発奮はずみに、手術服という白いのをはおったのが、手を振って、飛上る。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
法は法、げる訳になりませぬから、文治お町の両人を駕籠に乗せて奉行所へ引立ひったてました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さて食事も済む。二階へ立戻ッて文三が再び取旁付に懸ろうとして見たが、何となく拍子抜ひょうしぬけがして以前のような気力が出ない。ソッと小声で「大丈夫」と言ッて見たがどうも気が引立ひったたぬ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
といって、今、お夏を引立ひったてたのを見るや否や、軍鶏のうなじを捕えようとした鉄は、両のてのひらで目をふたして背後うしろった。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただ枕元で喋るばかりでちっとも手が届かねえ、奥のふとったおきんさんと云うかみさんは、おれ引立ひったって、虎子おまるへしなせえってコウ引立ひきたって居てズンとおろすから、虎子でしりつのでいてえやな
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
今の時世ときよに、またとない結縁けちえんじゃに因って、半日も早うのう、その難有ありがたい人のお姿拝もうと思うての、やらやっと重たい腰を引立ひったてて出て来たことよ。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
畠には桐を作り、大樹が何十本となく植込んで有り、下は一杯の畠に成って居ります。裏手の灰小屋へ身を潜め、耳を引立ひったて宅の様子を聞いて居りますると、お瀧が爪弾つめびきで何か弾いて居ります。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と推着けるように辞退して来たものを、ここで躊躇ちゅうちょしている内に、座を立たれては恐多い、と心を引立ひったてた腰を、自分で突飛ばすごとく、大跨おおまたに出合頭。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
清藏は曲者を引立ひったてまして
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
身は——思うむねがある。一度社宅から出直す。棚村たなむらは、身ととも参れ。——村の人も婦を連れて、引立ひったてて——
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(や、なぐり込みに来やがったな、さ、殺せ、)というと、椅子を取って引立ひったてて、脚をつかんでぐンとった。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
左のかいなを、ぐい、とつかんで、けものにしては毛が少ねえ、おおおお正真しょうじん正銘の仁右衛門だ、よく化けた、とまだそんな事を云いながら、肩にかけて引立ひったてると
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぱっと風説うわさたちますため、病人は心が引立ひったち、気の狂ったのも安心して治りますが、のがれられぬ因縁で、その令室おくがたの夫というが、旅行たびさきの海から帰って
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ばばあがやかましいから急ごう、と云うと、髪をばらりとって、私の手をむずと取って駆出かけだしたんだが、引立ひったてたうでげるように痛む、足もちゅうで息がつまった。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「つままれめ、どこをほッつく。」とわめきざま、引立ひったてたり。また庭に引出ひきいだして水をやあびせられむかと、泣叫びてふりもぎるに、おさえたる手をゆるべず
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
誰でも可い、何をするととがめりゃ、黙れとくらわす。此女こいつ取調とりしらべの筋があるで、交番まで引立ひったてる、わしは雀部じゃというてみい、何奴どいつもひょこひょこと米搗虫こめつきむしよ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
巡行の巡査があやしんで引立ひったて、最寄の警察で取調べたのが、俵町の裏長屋に居たそれだと謂って引渡された。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かたわらの茶棚の上へ、出来て来たのを仰向あおむいてのせた、立膝で、煙草盆たばこぼんを引寄せると、引立ひったてるように鉄瓶をおろして、ちょいと触ってみて、けてあった火を一挟み。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うむ、用があるこっちへ来いと、力任せに引立ひったてられ、鬼にらるる心地して、大声上げて救いを呼べど、四天王の面々はこの時既に遁げたれば、誰も助くる者無くて
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ず口のうちでいって見て、小首を傾けた。ステッキが邪魔なのでかいなところゆすり上げて、引包ひきつつんだそのそでともに腕組をした。菜種の花道はなみち、幕の外の引込ひっこみには引立ひったたない野郎姿やろうすがた
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
せんの内は、自分でもいやいや引立ひったてられるようにして帰り帰りしたものですが、一ツは人のとこへ自分は来て、我がうちへ誰も呼ばない、という遠慮か、妙な時ふと立っちゃ
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
不意にハッと驚くを、そのまま引立ひったつるがごとくにして座敷に来り、手を離し、どうとすわり、一あしよろめいて柱にる白糸と顔を見合せ、思わずともに、はらはらと泣く。
錦染滝白糸:――其一幕―― (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぐい、と取って、引立ひったてる。右と左へ、なよやかに脇を開いて、扱帯しごきの端が縁を離れた。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
走り行きたる三人みたりの軍夫は、二にん左右より両手を取り、一にんうしろよりせなを推して、端麗多く世に類なき一個清国の婦人の年少としわかなるを、荒けなく引立ひったて来りて、海野のかたえに推据えたる
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もがくない、螇蚸ばった、わはは、はは、」多磨太は容赦なくそのいわゆる小羊を引立ひったてた。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
卓子テエブルの上へ、煙管きせるを持ったまま長く露出むきだした火鉢へかざした、鼠色の襯衣しゃつの腕を、先生ぶるぶると震わすと、歯をくいしばって、引立ひったてるようにぐいともたげて、床板へ火鉢をどさり。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いや、御身おみたち、(村人と禰宜ねぎにいう)このおんなを案内に引立ひったてて、臨場裁断と申すのじゃ。怪しい品々しなじなかっぽじってられい。証拠の上に、根から詮議せんぎをせねばならぬ。さ、婦、立てい。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
推し返す、遣返す——突込つっこむ、突放つっぱなす。引立ひったてる、引手繰る。始末がつかない。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黒髪は崩るるごとく蔵人のせなに揺れかかって真白まっしろかいなは逆に、半身ねじれたと思うと二人の者に引立ひったてられて、風に柳のなびくよう、横ざまに身悶みもだえした、お夏はさも口惜くやしげに唇を歪めたが
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五六名どやどやと入来いりきたりて、正体もなき謙三郎をお通の手より奪い取りて、有無を謂わせず引立ひったつるに、啊呀あなやとばかり跳起はねおきたるまま、茫然として立ちたるお通の、歯をくいしばり、瞳を据えて
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
荷物を引立ひったてて来て、二人で改札口を出た。その半纏着はんてんぎと、薄色背広の押並んだ対照は妙であったが、乗客のりてはただこの二人の影のちらちらと分れて映るばかり、十四五人には過ぎないのであった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手桶を引立ひったてて、お源は腰を切って、出て、溝板どぶいたを下駄で鳴らす。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宅膳 引立ひったててうござる。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、引立ひったてて、ずいと出た。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)