庵室あんしつ)” の例文
これも三年掛かったと本人が私に話していました。風采は禅坊主見たいな人で、庵室あんしつにでも瓢然ひょうぜんとして坐っていそうな風の人であった。
そして初めは不快に思はれた、粗野なその家が、日をふるに従つて、どこか彼の身についた片田舎の庵室あんしつのやうに思はれた。
(新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
伊右衛門はお岩の亡霊に悩まされるので、蛇山へびやま庵室あんしつこもって、浄念じょうねんと云う坊主に祈祷きとうしてもらっているところであった。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
千恵もしばらく散歩のふりをしながら、本堂から小会堂のあたり、裏門の方にある庵室あんしつのへんなどをぶらぶらしてみました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
一昨日おとといの晩三人で来て前のうちは策で売らしてしまったから、笠阿弥陀堂かさあみだどうの横手に交遊庵こうゆうあんという庵室あんしつがありましょう、二間ふたまがあって、庭もちっとあり
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
蒲衣子ほいし庵室あんしつは、変わった道場である。わずか四、五人しか弟子はいないが、彼らはいずれも師の歩みになろうて、自然の秘鑰ひやくを探究する者どもであった。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
門からのぞくと、庵室あんしつのなかには、白髪童顔はくはつどうがんおきなが、果物で酒をみながら、総髪そうはつにゆったりっぱな武士ぶしとむかいあって、なにかしきりに笑いきょうじている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このあひだまで侍者じしやをしてゐましたが、此頃このごろでは塔頭たつちゆうにあるふる庵室あんしつれて、其所そこんでゐるとかきました。うですか、まあいたらたづねて御覽ごらんなさい。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
斗丈翁とじょうおうという有名な俳人の、五反麻たんまという地の庵室あんしつへかくれたりして、所在をくらましておられました。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いやを申し上げているのではありません。眼夢、かくのごとく、いまはつくづく無分別の出家遁世とんせいを後悔いたし、冬の吉野の庵室あんしつに寒さに震えてすわって居ります。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
過て宇都谷たうげに到れば絶頂ぜつちやう庵室あんしつ地藏尊ぢざうそん境内けいだい西行さいぎやう袈裟掛けさかけ松あり其所のわきへ年の頃五十位と見ゆる旅そうのやつれたるが十歳許りの女の子を引立來り彼のそう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
西坂本の庵室あんしつ隠栖いんせいする尼僧の母は、すでに六十歳を越した老媼ろうおうであることを思う時、滋幹の心は自然冷めたい現実の前に出ることを尻込みしなかったであろうか。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「そんな事はしねえが、説教はする。八宗兼學の大した修業者だが、この世の慾を絶つて、小さい庵室あんしつに籠り、若い弟子の鐵童と一緒に、朝夕おきやうばかり讀んでゐる」
師僧般陀羅はんだらの遺示により、はるばるインドから唐土に渡って、河南のほとり崇山に庵室あんしつをいとなみながら、よく面壁九年の座禅修業を行ないつづけたと伝えられている
此月の初頃はじめごろなりしが、畫にあるやう上﨟じやうらふの如何なる故ありてか、かの庵室あんしつこもりたりと想ひ給へ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
其と共に姫の身は、此庵室あんしつに暫らく留め置かれることになった。たとい、都からの迎えが来ても、結界を越えた贖いを果す日数だけは、ここに居させよう、と言うのである。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
そこは蓮照寺れんしょうじという尼寺あまでらなのよ。そこは女人の外は禁制なんだけれど、裏門から忍びこんでごらんなさい。そして鐘つき堂のある丘をのぼると、そこに小さな庵室あんしつがあってよ。
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
吐き出すようにいって、本堂のむこうにある自分の庵室あんしつのほうへ、どんどん帰って行った。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
石川河のかわらに近く庵室あんしつをしつらえさせて、昔物語の姫君のように、下げ髪に几帳きちょうを立て、そこに冥想めいそうし、読書するという富家ふうかひとは、石の上露子とも石河の夕千鳥とも名乗って
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
吉田国五郎の人形芝居は例へば清玄せいげん庵室あんしつなどでも、血だらけな清玄の幽霊は大夫たいふ見台けんだいが二つに割れると、その中から姿を現はしたものである。寄席よせの広瀬も焼けてしまつたであらう。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
大小の村のほかに、このとおりそこここに、出村だの部落だの、坊さんの庵室あんしつだの、水車小屋だのが散らばっています。……牛や馬も、どっさりいました。この水色に塗ってある所がそれです。
「兄さん、庵室あんしつつて、こんなに何もないものですか。」
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
地獄谷の庵室あんしつと仰しゃったのを心当てに尋ねてみましたが、これはどうやら例のお人の悪い御嘲弄ちょうろうであったらしく
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
悟浄ごじょうがこの庵室あんしつを去る四、五日前のこと、少年は朝、いおりを出たっきりでもどって来なかった。彼といっしょに出ていった一人の弟子は不思議な報告をした。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「橋のたもとの柳のうちに、人住むとしも見えぬ庵室あんしつあるを、試みに敲けば、世をのがれたる隠士のきょなり。幸いと冷たき人をかつぎ入るる。かぶとを脱げば眼さえ氷りて……」
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのなんでごぜえます、王子の在におりょうがあるので、その庵室あんしつ見たような所のわきの、ちっとばかりの地面へうちを建てゝ、楽に暮していた風流の隠居さんが有りまして
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「そんな事はしねえが、説教はする。八宗兼学の大した修業者だが、この世の欲を絶って、小さい庵室あんしつこもり、若い弟子の鉄童と一緒に、朝夕お経ばかり読んでいる」
忠隣の忠臣吉見太郎左衛門は、所司代庁の捕卒を五六人れ、訴人の僧侶を案内にして九条のほうへ往った。そして、僧侶の教えるままに天神てんじんの裏手にある庵室あんしつへ往った。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
万法蔵院の北の山陰に、昔から小な庵室あんしつがあった。昔からと言うのは、村人がすべて、そう信じて居たのである。荒廃すれば繕い繕いして、人は住まぬ廬に、孔雀明王像くじゃくみょうおうぞうが据えてあった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
竹藪でしずれる雪の音、近くで聞こえる読経の声、近所に庵室あんしつでもあるらしい。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「フーム、では果心かしん先生には、鞍馬くらま庵室あんしつにも、おすがたが見えなかったか」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかさま、こゝへ来て見ると、その崖の上のこけの間に微かなひとすじの坂路があって、そこを登り詰めたあたりに傾きかゝった小さな門が建っているのは、多分その奥が庵室あんしつになっているのであろう。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
打越うちこえて柴屋寺へといそぎける(柴屋寺と言は柴屋宗長が庵室あんしつにして今なほありと)既に其夜も子刻こゝのつ拍子木ひやうしぎ諸倶もろとも家々の軒行燈のきあんどんも早引てくるわの中も寂寞ひつそり往來ゆきゝの人もまれなれば時刻じこくも丁度吉野屋よしのや裏口うらぐちぬけ傾城けいせい白妙名に裏表うらうへ墨染すみぞめの衣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
秀蓮尼しゅうれんに庵室あんしつ
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
地獄谷の庵室あんしつと仰しやつたのを心当てに尋ねてみましたが、これはどうやら例のお人の悪い御嘲弄ちょうろうであつたらしく
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
平次は立ち上がつて八五郎に合圖をすると、疾風しつぷうの如く道尊の庵室あんしつへ飛んで行きました。
夕闇の中へ飛出すと、眞つ直ぐに雜司ざふし庵室あんしつへ。