じょう)” の例文
一喝いっかつして首筋をつかみたる様子にて、じょうの内外一方ひとかたならず騒擾そうじょうし、表門警護の看守巡査は、いずれも抜剣ばっけんにて非常をいましめしほどなりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
日永ひながの頃ゆえ、まだくれかかるまでもないが、やがて五時も過ぎた。場所は院線電車の万世橋まんせいばしの停車じょうの、あの高い待合所であった。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くる学校がっこうへいってからも算術さんじゅつ時間じかんになるのがにかかってひかじょうにみんながあそんでいるときでも、長吉ちょうきちひとりふさいでいました。
残された日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これは一じょうの笑話であるが、活世界かつせかいにおいては、あからさまにいわなくとも、胸中ではこういう算盤そろばんるものがたくさんある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
新小川町のとにかく中流ちゅうりゅう住宅じゅうたくをいでて、家賃やちん十円といういまの家へうつってきたについては、一じょう悲劇ひげきがあった結果けっかである。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
五十万ママを以て三隻の水雷船すいらいせんを造り、以て敵をみなごろしにすべしなど真に一じょう戯言ぎげんたれども、いずれの時代にもかくのごとき奇談きだんは珍らしからず。
声をのんでひッそりとしずまりかえったじょうの内外は、無人むじんのごとくどよみをしずめて、いきづまるような空気をつくっていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう言って、切れ切れな言葉で彼はしかばねを食うのを見た一じょうを物語った。そして忌まわしい世に別れを告げてしまった。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
若僧の眼はようように鋭き凄色せいしょくを帯び、妙念は怪しき焔を吐くばかりの姿して次第ににじり迫る。さらに長き期待の堪うべからざるがごときじょうの緊張。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
明日あすにもあれ、首尾よく敵の艦隊に会して、この身砲弾のまとにもならば、すべて世は一じょうの夢と過ぎなん、と武男は思いぬ。さらにその母を思いぬ。き父を思いぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
こういう前置きをして、彼はかの佐山君と火薬庫と狐とに関する一じょうの奇怪な物語を説き出した。
火薬庫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
左右に並んだ弟子たちが十余人、いまじょうの真中で行われつつある稽古ぶりを見ている熱心さ。
その時にかろうじて意識を回復した甘粕氏は苦痛を忍びつつ起き上り、じょうの入口を開いて逃げ迷うていた狂人たちを外へ出すと、又も安心のためか気が遠くなって打ち倒れた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すなわち其の至るところ又如何いかなるを知らず、近代を以て之を言えば、欧陽少卿おうようしょうけい蘇長公そちょうこうはいは、しばらく置きて論ぜず、自余の諸子、之と文芸のじょう角逐かくちくせば、たれか後となりいずれか先となるを知らざる也。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「白銀は五対四! デスボロは十五対三! じょうに出れば五対四!」
大小を置くと鉄扇てっせんを握り、じょうの真ん中へ突っ立った。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
停車じょうの人ごみの中で、だしぬけに大声でぶッつけられたので、学士はその時少なからず逡巡しつつ、黙って二つばかり点頭うなずいた。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
奪った椀を、酒屋が投げつけてののしり散らす。これで計略の筋は終っていたもので、後世、名づけてこの一じょうの劇を“生辰綱しょうしんこう智恵取ちえどり”といったものだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じょうの中央には演壇と椅子いすがあり、その両側には市の有名なる人々が十人ばかりずつひかえ、その壮厳なる光景を見ては、なおさら怖気おじけて、手足はブルブルと戦慄せんりつした。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
じょうに残れる三人の僧徒らは、ことごとく生色を失い、なすことを知らざるさまにおののきてあり。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
かれはお福の死について一じょうの嘘を作った。そうして、自分がその嘘の通りに死んだ。
馬妖記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その中隊長ちゅうたいちょうは、兵士へいしらを面前めんぜんにおいて、おごそかに、一じょう訓示くんじをしました。
からす (新字新仮名) / 小川未明(著)
おどされてわれはその顔を見たり。舞台は暗くなりぬ。人大方は立出たちいでぬ。寒き風じょうに満ちて、釣洋燈つりランプ三ツ四ツ薄暗きあかりすに心細くこそなりけれ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とうの人々は、神官しんかんたちがひらあやまりにあやまる事情をきいて、一じょう滑稽事こっけいじのようにわらっていった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは一じょう戯談じょうだんに過ぎぬが、ともかくそういう考えが何人なんぴとにもある。もちろん今述べたごとく、露骨ろこつなる形式に現れなくとも、如何いかほど地位ある人にも起こり得る思想である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
この時その役つとめし後、かれはまた再びじょうに上らざるよし。蛇責の釜にりしより心地あしくなりて、はじめはただ引籠ひきこもりしが、俳優やくしゃいやになりぬとてめたるなり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
陽は爛々らんらんとこの壮観に君臨する弓矢の大武神の如く耀いている——その栄光を一身にうける、じょうの中央に毅然と仁王立ちになった一人の剣士のおもてには、今勝ち誇った色が満ちていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なんらりどころない一じょうの架空談とは、史家の史説をまつまでもなく、現代人には、わかり切っていようというもので、私本太平記の筆者もまた、夢そのままを、おしつける気は少しもない。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
段の上にすッくと立って、名家の彫像のごとく、目まじろきもしないで、一じょうの光景を見詰めていた黒ききぬ、白きおもて清癯せいく鶴に似たる判事は、と下りて、ずッと寄って、お米の枕頭まくらもとに座を占めた。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
老婦人はこれよりさき惨絶残尽さんぜつざんじんなる一じょうの光景を見たりし刹那せつな、心くじけ、気はばみて、おのがかつて光子を虐待ぎゃくたいせしことの非なるを知りぬ。なお且つ慙愧ざんき後悔して孝順なる新婦を愛恋の念起りしなり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
妖気ようきおのずからじょうつ。稚児二人引戻さる。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)