回向院えこういん)” の例文
かく是等を救助せずして静まるべきの筋にあらずとて、先づ救民小屋造立つくりたての間、本所回向院えこういん谷中やなか天王寺、音羽おとは護国寺、三田みた功運寺
保吉はこの言葉を聞くが早いか、回向院えこういん境内けいだいを思い出した。川島もあるいは意地の悪い譃をついたのではなかったかも知れない。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
両国橋の脇から舟に乗っていったが、明日は回向院えこういん川施餓鬼かわせがきがあるそうで、たて川筋はどこでも精霊舟しょうろうぶねを作るのに賑わっていた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
毎朝、夜の明けないうちからする勤行ごんぎょうかねが、回向院えこういん裏まで聞えて来る頃、いつもそれを時刻に、雨戸を開ける豆腐屋の夫婦であった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふたりは眼にしみる汗をふきながら両国橋をいそいで渡ると、回向院えこういんの近所には藪入りの小僧らが押し合うように群がっていた。
半七捕物帳:21 蝶合戦 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この大人形が当ったので、回向院えこういんで江の島の弁天か何かの開帳があった時に、回向院の地内に、朝比奈三郎の大人形が出来た。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
いわ嵯峨さがのお釈迦しゃか様が両国の回向院えこういんでお開帳だとか、信濃しなのの善光寺様の出開帳だとか——そのうちでも日蓮宗ははなやかだった。
そうしてその流した子は、一朱内外を添えて、隅田川のほとり、本所ほんじょ回向院えこういんへ収めたという事が書き添えられている。
柳橋から両国橋を渡って、大川沿いに土手を左へ曲がりながら、そこの回向院えこういん裏の横堀よこぼりの奥へどんどんと急ぎました。
千住の遊廓くるわでは嫖客ひょうかくが、日本橋の往来では商家の手代が、下谷池之端したやいけのはたでは老人の易者が、深川木場では荷揚げ人足が、本所回向院えこういんでは僧が殺された。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これを例するに浅野あさのセメント会社の工場と新大橋しんおおはしむこうに残る古い火見櫓ひのみやぐらの如き、あるいは浅草蔵前あさくさくらまえの電燈会社と駒形堂こまがたどうの如き、国技館こくぎかん回向院えこういんの如き
その時引取手の無い死骸を本所牛島新田に埋め、その上に築いた伽藍がらんがすなわち回向院えこういん——そんなことはもう講釈種で皆様よくご存じのことと思います。
誠太郎の注文を能く聞いてみると、相撲が始まったら、回向院えこういんへ連れて行って、正面の最上等の所で見物させろというのであった。代助は快よく引き受けた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
回向院えこういんから東にあたる位置で、一つ目の橋の近くだ。そこには親子三人暮らしの気の置けない家族が住む。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
大学生時代に回向院えこういんの相撲を一二度見に行ったようであるがその記憶はもうほとんど消えかかっている。
相撲 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
翌朝、吉良の首を槍の柄に結んで、回向院えこういん無縁寺の門前に勢揃いした一党が、高輪泉岳寺への途中、廻りみちをして永代橋を渡っているとき、行列のなかの武林唯七が
口笛を吹く武士 (新字新仮名) / 林不忘(著)
読書界が毎年二季のこの附録を迎うるやあたかも回向院えこういんの番附を見ると同一の感があった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
余は回向院えこういん角力すもうも観たことがないので、贔屓ひいき角力などはないがどつちかといふと梅ヶ谷の方を贔屓に思ふて居る。さうして子供の時から謙信よりも信玄が好きなやうに思ふ。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
混合こみあ人数にんずの崩るるごとき火水の戦場往来のつわものには、余り透いて、相撲最中の回向院えこういんが野原にでもなったような電車のていに、いささか拍子抜けの形で、お望み次第のどれにしようと
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
橋手前の広場に葭簀よしず張りの茶店や麦湯の行灯、橋向うは細い横町を抜けて突当りが回向院えこういんの表門、橋詰の左の角にデロレン祭文ざいもんの常小屋、正面の高座に法螺の貝と錫杖しゃくじょうで二人の太夫
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
自分は知人某氏なにがししを両国にうて第二の避難をはかった。侠気と同情に富める某氏なにがししは全力を尽して奔走してくれた。家族はことごとく自分の二階へ引取ってくれ、牛は回向院えこういんの庭に置くことを諾された。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
名付けて諸宗山無縁寺回向院えこういんといった。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
八歳か九歳くさいの時か、とにかくどちらかの秋である。陸軍大将の川島かわしま回向院えこういんぼとけ石壇いしだんの前にたたずみながら、かたの軍隊を検閲けんえつした。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
少年の頃は東両国、回向院えこういん前にてもこのつるし多く売りをりしが、その頃のものと形はさのみ変りなけれど、彩色は段々悪くなり、面白味うせたり。
江戸の玩具 (新字旧仮名) / 淡島寒月(著)
両国の回向院えこういんででもあるのかな。回向院ならば自分もよく知っている、どう見直しても回向院ではない。第一、回向院は寺とはいえ、もっと和気がある。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
八つを告げる回向院えこういんの鐘の音が、桜花はなを映して悩ましく霞んだ蒼穹あおぞらへ吸われるように消えてしまうと、落着きのわるい床几のうえで釘抜藤吉は大っぴらに一つ欠伸あくびを洩らした。
喧嘩をしても、回向院えこういん相撲すもうのような心持ちのいい喧嘩は出来ないと思った。そうなると一銭五厘の出入でいり控所ひかえじょ全体をおどろかした議論の相手の山嵐の方がはるかに人間らしい。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その一方は駿河台するがだいへ延びて神田かんだを焼きさ、伝馬町てんまちょうから小舟町こぶなちょう堀留ほりどめ小網町こあみちょう、またこっちのやつは大川を本所ほんじょに飛んで回向院えこういんあたりから深川ふかがわ永代橋えいたいばしまできれえにいかれちゃった
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その頃の九段坂上は現今いまよりグッと野暮な山の手だった——富士見町の花柳界が盛りになったのは、回向院えこういん大角力おおずもうが幾場所か招魂社しょうこんしゃの境内へかかってから、メキメキと格が上ったのだ。
日が暮れると、平次の遺骸を板囲いのうちから運び出し戸板に載せて、回向院えこういんに移しました。江戸中の名ある御用聞手先が二三十人、笹野新三郎と一緒に、それに従ったことは言うまでもありません。
風采ふうさい、千破矢家のたるに足る竜川守膳が、顔の色を変えて血眼になって、その捜索を、府下における区々の警察に頼み聞えると、両国回向院えこういんのかの鼠小憎の墓前はかのまえに、居眠いねむりをしていた小憎があった。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遠く——回向院えこういん七刻ななつがうつつな耳に聞える。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「相生町一丁目……。回向院えこういんの近所だね」
半七捕物帳:67 薄雲の碁盤 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
このくらい秘密の魅力みりょくに富んだ、つかまえ所のない問題はない。保吉は死を考える度に、ある日回向院えこういん境内けいだいに見かけた二匹の犬を思い出した。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
というのはこのほど、両国の回向院えこういんに信州善光寺如来にょらいのお開帳があるということ。そのお開帳と前後して、回向院の広場をかりて広大な小屋がけがはじまったこと。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
回向院えこういんのそれのように、一分足いっぷんたらずで引分を期する望みもなく、命のあらん限は一生続かなければならないという苦しい事実におもい至るならば、我等は神経衰弱におちいるべき極度に
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
明治十二年の大火に蔵だけ残して丸焼けになって、本所の回向院えこういん境内まで、両国橋を渡って逃げたということであるから、住居の具合は変りもしたであろうが、とにかく、五軒間口の塀は
手はじめは、回向院えこういんのネズミ小僧の墓だったと思う。イキなねえさんや、勇ましいあんちゃんたちの参詣で、四十七士の墓よりも、もっと、香煙もうもうとして、そして、見事に、ぶち欠かれていた。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「つい今し方回向院えこういんの八つが鳴るのを聞きました」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「なアに。夜明け方、自身番の六兵衛さんに、こうこうだと、早耳に聞いたから、それッ行って見ろってンで、経師屋の安さんや棟梁のきちさんなんかと、松坂町のすぐそばの回向院えこういん前まで行って見て来たんだ。だから、朝飯もまだ喰ッちゃあいねえ」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大導寺信輔の生まれたのは本所ほんじょ回向院えこういんの近所だった。彼の記憶に残っているものに美しい町は一つもなかった。美しい家も一つもなかった。
いつもならば直接じか回向院えこういんの興行場へ行くのに、今日はどこぞ廻り道をするところがあるとみえます。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
回向院えこういん相撲すもう本門寺ほんもんじ御会式おえしきのように幾旒いくながれとなく長い旗を所々に植え付けた上に、世界万国の国旗をことごとく借りて来たくらい、なわから縄、つなから綱へわたしかけて、大きな空が
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
回向院えこういんに有名な墓を遺している鼠小僧は、あるいは実在の人物であったかもしれないが、今となっては小説と戯曲中の美化された侠賊であり、谷中やなかに墓を遺した毒婦高橋お伝と共に時の浄化によって
ほどなく泰さんに別れると、すぐ新蔵が取って返したのは、回向院えこういん前の坊主軍鶏ぼうずしゃもで、あたりが暗くなるのを待ちながら、銚子も二三本空にしました。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ねえ、お嬢様、あののぼりの一つをごらんなさい、舞鶴駒吉てのがございましょう、あれはね、駿河の生れで、そうですね、安政六年の春でしたか、回向院えこういんへ来たことがありますよ。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
幼稚園は名高い回向院えこういんの隣の江東小学校の附属である。この幼稚園の庭のすみには大きい銀杏いちょうが一本あった。僕はいつもその落葉を拾い、本の中にはさんだのを覚えている。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこで、この連中は、打揃って、程遠からぬ回向院えこういん境内けいだいに、お君の墓参りをして行こうと、花と香とを携えて、門を出ようとする時に、どこからともなくムク犬が現われました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
国技館の隣に回向院えこういんのあることは大抵誰でも知っているであろう。所謂いわゆる本場所の相撲もまだ国技館の出来ない前には回向院の境内に蓆張むしろばりの小屋をかけていたものである。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
両国橋を渡りきった米友は、回向院えこういんに突き当って右へ廻って竪川通たてかわどおりへ出ました。