冠木門かぶきもん)” の例文
そして、この屋敷町の一角、坂道の木の間がくれに見える、お城の石垣と、あたりを圧してひときわいかめしい冠木門かぶきもんの家がありました。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ト向うがくん三等ぐらいな立派な冠木門かぶきもん。左がその黒塀で、右がその生垣。ずッと続いて護国寺の通りへ、折廻した大構おおがまえ地続じつづきで。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先手組さきてぐみの組やしきの前に、古びた冠木門かぶきもんがあった。若松屋惣七は、家を間違わずに、そのくぐりを押してはいって行った。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
木戸は太い杉丸太のさくで囲まれ、黒木の冠木門かぶきもんがある。岩を削った踏段を登り、門をはいってゆくと、番所の玄関前に、番士たちが並んでいた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
山野氏の自宅は向島小梅町こうめちょうの閑静な場所にあった。自動車は威勢のいい警笛サイレンを鳴しながら、立派な冠木門かぶきもんを入って行った。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして、武者屋敷といえばどこも同じな冠木門かぶきもん袖垣そでがきまで、渡に送られて出て来ると、おりふし、外から戻って来たかれの新妻とばったり出会った。
寒竹の生けがきをめぐらした冠木門かぶきもんをはいると、玄関のわきの坪にはむしろを敷き並べた上によく繭を干してあった。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あの森蔭から大きな冠木門かぶきもんが見えましょう、あれが望月様でございます、たいへんに大きなお家でございます。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
招魂社の裏手の知れにくうちで、車屋に散々こぼされて、やッと尋ね当てて見ると、門構は門構だが、潜門くぐりもんで、国で想像していたような立派な冠木門かぶきもんではなかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
茶人か遊芸の師匠などの住むには、うってつけともいうべき構えの前へ出で、いかめしくはないむしろいきな、それでも冠木門かぶきもんの戸を押して、町娘ははいって行った。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大きい冠木門かぶきもんの家で、生け垣の外には小さい小川が流れていた。半七は立ち停まって辰蔵に訊いた。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
三人連は、八には読めないが、荒川と書いた点燈会社の軒燈のともつてゐる、黒い冠木門かぶきもんのうちへ這入はいつた。門の左手にある別当部屋から別当が出て、「おかへり」と叫んだ。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
御影石みかげいしだたみの路を十間ばかりも行くと、冠木門かぶきもんがあって、そこから中庭になる。あまり樹の数をおかない上方かみがたふうの広い前栽せんざいで、石の八ツ橋をかけた大きな泉水がある。
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
表の方へ廻りますと、冠木門かぶきもんまで御影みかげの敷石です。左の方はいろいろの立木があっても、まだ広々していました。後には、ここらが寂しいからと、貸家を二軒立てました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
路地の突き当りの、古ぼけた冠木門かぶきもんに「河井かわい謙一」と、表札のかかっている家がそれだ。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
池の端茅町で、山高やまたかさんの手前の所です。馬見場(以前不忍池しのばずのいけの周囲が競馬場であった頃、今の勧業協会の処にあった建物)から向うへ廻ると二、三軒で冠木門かぶきもんうちがそれです。
朱欒の花のこぼれ敷く庭の記憶もなく只冠木門かぶきもんだけがうっすら頭にのこっている。
朱欒の花のさく頃 (新字新仮名) / 杉田久女(著)
六月の陽が照りはえた。ま新しい冠木門かぶきもんの柱にさげた標札には、大きな字で開拓使と書き出されている。墨痕ぼっこんあざやかにのびのびと書かれた文字であった。右手には馬繋うまつなぎ場も出来ている。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
私たち、庄亮と同じく褞袍着どてらぎのタゴール老人と私とは、うち連れて、冠木門かぶきもんに見越しの落葉松からまつといった風の軒並の前の、うち湿った暗い通りをあるいていた。夜はもう十時に近かったろう。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
一寸ちょっとその家の模様をはなしてみると、通路とおりから、五六階の石段をあがると、昔の冠木門かぶきもん風な表門で、それから右の方の玄関まで行く間が、花崗石みかげいしの敷石つたい、その間の、つまり表から見ると
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
白壁の土蔵、かしの刈り込んだかき冠木門かぶきもん、物心がついてから心から憎いと思ったのは、村の物持ちで、どうしてこの身ばかりこういやしく、こう憎まれ、こう侮られ、こう打たれるのかと思った。
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
往来を仕切った無骨ぶこつな木柵もおもしろければ、家の前に刈り込まれた植木も(刈り込み方は技巧を凝らし過ぎてはいるけれども)おもしろく、後園に通じる木柵と冠木門かぶきもんもしゃれたものであり
シェイクスピアの郷里 (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
格堂かくどうは出て来たが主人は出て来ない。主人は留守であるのだ。どうしようか、としばら躊躇ちゅうちょした。頭のつかえそうな低き冠木門かぶきもんの右には若い柳が少し芽をふきかけて居る。左には無花果いちじくがまだ裸で居る。
車上の春光 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
夏ははちすの花が早抹あさあけに深いもやの中にさいて、藪の蜘蛛くもの巣にも花にも朝露がキラキラと光って空がはれていった。藪には土橋をかけて、冠木門かぶきもんの大百姓の広庭ひろにわと、奥深く大きな茅屋根かややねが見えていた。
国麿くにまろという、もとの我が藩の有司のの、われより三ツばかり年紀としたけたるが、鳥居のつきあたりなる黒の冠木門かぶきもんのいといかめしきなかにぞすまいける。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黒い冠木門かぶきもんの外から中へ、玉砂利が奥ふかくしきつめてある。城下代官と町奉行を兼ねている桐井角兵衛きりいかくべえの役宅だ。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
再び通る棚田の冠木門かぶきもんには、もちろん今ではその人の名前が出ていることと思いのほか、ヒョイと見上げた眼に相変らず棚田晃一郎と表札が出ているのです。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
君も記憶しているだろう。古風な黒板塀に冠木門かぶきもん、玄関まで五六間もある両側の植込み、格子戸こうしど、和風の玄関、廊下を通って別棟の洋館、そこに博士の書斎と応接室とがある。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
黒い冠木門かぶきもんの両開き戸をあけるとすぐ玄関で案内を乞うと右脇にある台所で何かしていた老母らしきが出て来た。姓名を告げて漱石師よりかねて紹介のあったはずである事など述べた。
根岸庵を訪う記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その隣に冠木門かぶきもんのあるのを見ると、色川国士別邸と不恰好ぶかっこうな木札に書いて釘附くぎづけにしてある。妙な姓名なので、新聞を読むうちに記憶していた、どこかの議員だったなと思って通る。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この村へ入ると誰の眼にもつくのは、山を負うて、冠木門かぶきもんの左右に長蛇ちょうだの如く走る白壁に黒い腰をつけたへいと、それを越した入母屋風いりもやふうの大屋根であって、これが机竜之助つくえりゅうのすけの邸宅であります。
田畝を越すと、二間幅の石ころ道、柴垣しばがき樫垣かしがき要垣かなめがき、その絶え間絶え間にガラス障子、冠木門かぶきもん、ガス燈と順序よく並んでいて、庭の松に霜よけのなわのまだ取られずについているのも見える。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
門は総檜そうひのき冠木門かぶきもんにきまり、へいは大谷石。洋館は階上階下とも冷暖房装置にし、日本間のほうは数寄屋造り。庭はいちめんの芝生であるが、これはイギリスからエバー・グリーンを取りよせる。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
くずれた土塀には蔓草つるくさの葉が縦横に這い、骨ばかりな冠木門かぶきもんは、あらかた雑草にめられております。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
郡の部に属する内藤新宿の町端まちはずれに、近頃新開で土の色赤く、日当ひあたりのいい冠木門かぶきもんから、目のふちほんのりとえいを帯びて、杖を小脇に、つかつかと出た一名の瀟洒しょうしゃたる人物がある。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いつか車は、冠木門かぶきもんの大きな邸内やしきうちへ入って砂利を敷いたなだらかな傾斜を登っている。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
黒い冠木門かぶきもんのある陰気なような家であった。主人の居間らしい八畳の間に通された。安中と火鉢を囲んで雑談をしていると、主人が出て逢われた。五十ばかりの男で、磊落らいらくな態度である。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この時分になって、スッテンドウジの宣伝がき出したものか、この陣屋敷のあたりへ、むやみに人が集まって来る気配けはいでしたから、東造爺は気を利かして冠木門かぶきもんの戸を締めきってしまいました。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
冠木門かぶきもんは、旧式のままで敷木があるから、横附けに玄関まで曳込むわけには行かない。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
広い宅地と、それを囲む塀や木立や、そしていかめしいさびを持った冠木門かぶきもんに、彦太は
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして広々とした石段の向うに、どっしりした冠木門かぶきもんがそびえています。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
こうして犬をようした子供らは、石段をのぼりつめて冠木門かぶきもんをくぐると
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
戸口に掛けてあるすだれを透して、冠木門かぶきもんを出て行く友の姿が見える。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いかめしい冠木門かぶきもんから奥まった式台まで、ズーと細かい玉川砂利が敷きつめてある。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
串戯じょうだんにも、これじゃ居たたまらないわけなんですが、ちっとも気にならなかったのは、——先刻さっき広い、冠木門かぶきもんを入った時——前庭を見越したむこうの縁で、手をついた優しいおんなを見たためです。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
飯をやろうと言うから、けいこをしまい、帰る時、その侍のあとについて行ったら、町奉行屋敷の横町の冠木門かぶきもんの屋敷へはいり、おれを呼んで、台所の上り段で、したたか飯と汁とを振舞ったが
高い生垣をめぐらして、冠木門かぶきもんが立ててある。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
仰いで高しいかめしと見し国麿がかど冠木門かぶきもんも、足爪立つまだつれば脊届くなり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここもその一軒か、船板塀に冠木門かぶきもん。大亀は小声を出して指さした。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うそうそとまた参った……一度屈腰かがみごしになって、そっと火薬庫の方へ通抜けて、隣邸の冠木門かぶきもんのぞく梅ヶ枝の影にすがってとまると、くだんの出窓に、鼻の下をのばして立ったが、眉をくしゃくしゃと目をねむって
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)