ちが)” の例文
ちがだなを略した押入れのあるのに目をとめて、それへ手がかかる途端に、サッと、ふすまおと——そして、どたりという重苦しい響きが一瞬。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
河のおもては悲しく灰色に光っていて、冬の日の終りを急がす水蒸気は対岸の堤をおぼろにかすめている。荷船にぶねの帆の間をばかもめが幾羽となく飛びちがう。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「うむ」と呻いたが小一郎は、左の一人へ太刀をつけ、瞬間足を踏みちがえると、右手の一人へ太刀をつけた。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すれちがつた野良帰りの人達が彼等の姿を見ると、頼もしさうにして斯んな言葉を掛けた。
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
私はそういわれて、林田と入れちがいに廊下にとび出し、いそいで藤枝をよび出した。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
そしてその女中と入れちがいに、友達のトレヴォは真蒼な顔色をして、しかし落ついて、今、君が膝の上にのせているその書類をつかんでやって来た。彼は僕と向い合って腰をおろした。
いそぐ馬、蹴魂しい自動車、疾驅する電車、すれちがひ、行交ひ、馳せ交ふ群集
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
村に近くなつて来ると、一群の人が行きちがひましたが、一人も知つた顔でありません。かれは村中に知らない顔はなかつたものを。それに邂逅であうた人のきものが、皆んな見慣れない仕立です。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
弱きには怨恨うらみを抱かしめ強きにはいかりをおこさしめ、やがて東に西に黒雲狂ひ立つ世とならしめて、北に南に真鉄まがねの光のきらめきちがふ時を来し、憎しとおもふ人〻に朕が辛かりしほどを見するまで
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
いたる洋杖ステッキきびすを返した霜路しもじの素足、しずかに入れちがって、北と南へ。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、そのうちに、勝龍寺城の落去も伝わり、光秀の死も聞えて来たので、兄弟は、淀の小橋のたもとに坐って、見事にちがえて果てた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かはおもては悲しく灰色に光つてゐて、冬の日のをはりを急がす水蒸気すゐじようきは対岸のつゝみをおぼろにかすめてゐる。荷船にぶねあひだをばかもめ幾羽いくはとなく飛びちがふ。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
かたじけない!」と飛びちがえ、腰を捻ると真の居合い。抜いた時には斬っていた。左の耳の附け根からあごを割り咽喉のどを裂き脇のあばら三枚を切り皮を残して真っ二つ……
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ひろ子が室に入ると入れちがいにさだ子は出て行つたが、伊達と自分の部屋ででも話すつもりなのだろう。二十分程私はひろ子、初江ととりとめのない話をしている所へ、林田がいそいで戻つて来た。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
人の口端くちはにも笑われぐさだ。恥ある侍ふたり刺しちがえて、鎌倉殿へ、ご偏頗なお仕打のお返しをして見しょうか。……いや待て。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と国貞は鶴屋の主人あるじ差向さしむかってしきりに杯を取交とりかわしていた時、行きちが一艘いっそうの屋根船の中から
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
きわどく、左転、小一郎は、飛びちがったが決心した。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
橋桁に添って、九尺もいる所をかえていたが、弾と行きちがいに、彼の体はそこから敵のかくれている暗がりへ向って一躍した。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
江北橋の北詰には川口と北千住の間を往復する乗合自動車と、また西新井にしあらい大師だいし王子おうじの間を往復する乗合自動車とが互に行きちがっている。六阿弥陀と大師堂へ行く道しるべの古い石が残っている。
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ちがえ、刺し交え、おくれる親も子もなかった。——ひとりなお生き残って、やがてそこから廊下へ出て来たのは、長閑斎だけであった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
極めて狭い溝板どぶいたの上を通行の人はたがいに身を斜めに捻向ねじむけて行きちがう。稽古けいこ三味線しゃみせんに人の話声がまじって聞える。洗物あらいものする水音みずおとも聞える。赤い腰巻にすそをまくった小女こおんな草箒くさぼうきで溝板の上を掃いている。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
組む、刺しちがえる、或いは、首をあげる、その首を奪うなど、到底、ほかの戦場では見られぬほどな猛闘が演じられだした。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きはめてせま溝板どぶいたの上を通行の人はたがひに身をなゝめに捻向ねぢむけてちがふ。稽古けいこ三味線しやみせんに人の話声はなしごゑまじつてきこえる。洗物あらひものする水音みづおときこえる。赤い腰巻こしまきすそをまくつた小女こをんな草箒くさばうき溝板どぶいたの上をいてゐる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
と、最後の捨言葉をいて、千鳥庵の運座の帰りを待ちうけていたか、或はそこへ行くちがいに、先夜の暴行をかっとしてやったものだった。
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ばかなッ。……ここで刺しちがえて死ぬくらいなら祖先の地で死ぬ。こうなったからには、草の根を喰っても生きるのだ」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「オ、こなたは知らず、つい、駈けちがうところであったの。……して上杉殿には、都から御帰府の後も、お変りないか」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帰って行くその使者が、呉服橋あたりで、すれちがったであろう頃に、また、吉良家の門に、浅野家の使者が訪れた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さればよ、死ぬ気で、柳生家の門へやって来たのだ。お父上の但馬守を主家の仇とのろい、是が非でも、父上に近づいて、ちがえる覚悟で来たおとこよ」
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
相互から近づくほどに、当然、その者たちとすれちがった。騎馬の若い武士は、将門の顔を、無遠慮に、白眼で見た。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
尾張の大兵をうけて、善戦半月の余、矢弾やだま尽きるの日、勘解由は、炎の中で静かに、夫婦むかいあってさしちがえた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
栗山善助などの豪胆者をひとりひとり隊に付けて、万一、不審な行動に出たときは、即座にその部将と刺しちがえて死ぬべしと、官兵衛は先にいい渡してある。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは、敵国へ曳かれて後、吉川元春なりあわよくば毛利輝元なりと、刺しちがえて死なんとすることだった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大蔵は、気軽に承知して、手廻りの荷物を持たせ、急に二階へ引っ越しとなったが、それと入れちがいに、ここへ入って来たのは角屋すみやの女郎衆の同勢であった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水の手の水番小屋をのぞいてみると、城内の女たちや幼い者たちが刺しちがえて、嵐のあとの花野のようにむごたらしくもみなけなげに、朱のなかに俯伏うつぶしていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
死骸は、頭蓋骨をくだかれていた、それも附近に立っていた高札で撲ったものとみえ、あけになった高札が、死骸とぶっちがえに、死人の背に負わせて捨ててある。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
召使でも置き忘れたものか、ちがだなの端に裸火の手燭てしょくが一つ、ゆら、ゆら、と明滅の息をついている。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一縷いちるのその望みとは、吉川きっかわ元春に近づいて、元春と刺しちがえることだった。尼子氏の積年の敵。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
からかさのお化けみたいに、こもをかぶっている姿が、橋の中ほどまでゆくとすれちがった酒くさい男が
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伝右のまなこは、らんとして、すでに殺気を——数正とちがえようとするていを示している。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今し方、入口の暖簾のれん先に佇んでいた侍が、中庭へ這入はいって行ったのと、伏原がその家の裏口からそわそわ立ち去って行ったのと、ちょうど入れちがいぐらいな時間の差であった。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「柳沢との往復の文書が、そのちがい棚のうえの手筥てばこから、二、三通出て来たほかは——」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこのめ込み箪笥だのちがい棚だの長火鉢といったような調度類は薄暗い中にもチリ一つとめない神経質なまでの几帳面さの中に置時計の針のチクタクまでがいやにいかめしい静けさを
たがちがいに、槍と槍をもって、彼の体を挟んだ二人の法師は、わめき合って、味方へ
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふと、すれちがった商家の妻らしい女は、彼の姿を振り向いて立ち止まった。そして供の手代てだいらしい男と、頻りに小首をかしげて何かささやき合っていたが、やがておそるおそる近づいて
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
肩をぶつけて、ちがった小倉のはかま一群を、張りのあるきつい眼で、めつけた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その松明たいまつの光がここへのぼってくる頃、丹左は、沢庵から道を教えられて——今度は丘の道を下へ降りて行った。で、降りて行く丹左と、上って来る松明たいまつとは、坂の途中ですれちがいになった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なお、安心なことは、女子ながら、ゆうの側におけば、もし天蔵がひとへ機密をもらすが如き気ぶりでも見えれば、すぐ刺しちがえてでも守りましょう。よく云いふくめておきましたから」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
行きちがいに、武蔵が出た後を訪ねたところ、隣家の筆職人の女房が、常々、武蔵の身辺に、案じられる節のあったことや、きょう侍の使者が見えたことなど——つぶさに聞かせてくれたので
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(一角とは、桐ばたけで、ちがえたと思って、吉良殿へ、参りまする)
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
駈けちがい駈け交いながら、物見や足軽頭などが、声をらして告げた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)