鵞鳥がちょう)” の例文
「何処の家のだって同じごった。俺家の鵞鳥がちょうを見てけれったら。何処の世界に黒い鵞鳥なんて……。俺は、見る度に、可笑おかしくてさ。」
黒い地帯 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
わたしはさまよい出た一羽の鵞鳥がちょうが池の上をまさぐり歩き、迷い児のように、あるいは霧の精のようにクックッとくのを聞いた。
彼は四五秒の間突っ伏したまま、身じろぎもしなかったが、次の瞬間には、地の底で鵞鳥がちょうが縮め殺されるような泣き声を立てた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
これがためにたとえば鵞鳥がちょうの声から店の鎧戸よろいどの音へ移るような音のオーバーラップは映像のそれよりも容易でありまた効果的でありうる。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
こんな男にとっては、主人の暖簾のれんと威光が何よりの頼りで、まさか金の卵を産む鵞鳥がちょうを絞め殺すほどの無分別者とは思われなかったのです。
若狭のと塩、石狩の新巻、あるいは燕巣えんそう、あるいは銀耳、鵞鳥がちょうの肝、キャビア、まあそんなもののうまさに似た程度のうまさであるならば
河豚食わぬ非常識 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
鵞鳥がちょうは長く生きる。苦労のない其の性質ではあたりまへの事だが、廿五年位まで生きる。そして時にはもつとずつと多くなる事さへあるのだ。
黄色い鵞鳥がちょうの肉が、くしにささってゆっくり回っている。脂肪と歯ごたえのある肉との甘い匂いが、室の中にたちこめている。
鵞鳥がちょうが増えたこと、百歩蛇ひゃっぽだにわとりと喧嘩したこと、誰それが転勤になって平地に降りたこと、——熱に浮かされたように
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
無論この川で家鴨あひる鵞鳥がちょうがその紫の羽や真白な背を浮べてるんですよ。この川に三寸厚サの一枚板で橋がかっている。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「さあ、さあ、あちらには鵞鳥がちょう焼肉羮サルミとモカのクレエム。小豚に花玉菜、林檎りんご砂糖煮マルメラアド。それから、いろいろ……」
そこに浮いている二羽の鴛鴦おしどり、そこに我鳴がなっている二羽の鵞鳥がちょう、水禽小屋にいるものといえば、ざっとどころか文字通り、四羽の水禽に過ぎなかった。
奥さんの家出 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
マリーナ なんでもありませんよ、おじょっちゃん。鵞鳥がちょうがガアガア言っただけ、——すぐやみますよ。……ガアガア言っただけ——すぐやみますよ。……
中川「それは随分贅沢ぜいたくなお料理で雁臓がんぞう即ちフォーグラーというものは多く鵞鳥がちょうの肝だそうですが横浜で買うと大鑵が七円五十銭小鑵が一円五十銭します。 ...
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「古きつぼには古き酒があるはず、あじわいたまえ」と男も鵞鳥がちょうはねたたんで紫檀したんをつけたる羽団扇はうちわで膝のあたりを払う。「古き世に酔えるものならうれしかろ」
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
善良なる神の信仰は民衆の哲学であることが差しつかえないと言われる、あたかも鵞鳥がちょうくり料理は貧しい者にとっては七面鳥の松露料理だとでも言うように。
鵞鳥がちょうに呑ませる、犯人自身が飲みこんでしまうなどが極端なもので、普通の隠し場所としては石鹸せっけんの中、クリームびんのクリームの中、チューインガムに包む
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鵞鳥がちょうが遊ぶあおい湖、ひつじの群れる緑の草原、赤い屋根、白い家々。大学もそんなユウトピアの中にあります。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
はとは小屋へはいる。一羽の雌鶏めんどりはけたたましく鳴きながら、雛鶏ひよこたちを呼び集める。用心堅固な鵞鳥がちょうどもが、裏庭から裏庭へがあがあ鳴き立てている声が聞える。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
鵞鳥がちょうのように追っかけてようよう拾った帽子を袖で払いながら、あとからおやじが真赤になって呶鳴っているが、町の人の笑い声でそれはおやじ自身にさえ聞えない。
いまや、雄鶏おんどりも、雌鶏めんどりも、七面鳥、鵞鳥がちょう家鴨あひるに加えて、牛や羊とともどもに、みな死なねばならぬ。十二日間は、大ぜいの人が少しばかりの食物ではすまさないのだ。
駅馬車 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
とうとう鵞鳥がちょうのこやへもぐりこんで、ほんのすこしばかりある堅いわらの上にころがりました。
こんな鵞鳥がちょうのような連中のためではない、こういうことを悟ったので、彼は引っ返して……賢明なる人々の仲に加わったわけだが、そんなことはあり得ないというのかえ?
むかし淳于髠じゅんうこん斉王せいおうの命をうけて、楚国に使いし、その途中、楚王そおうに贈る鵞鳥がちょうを焼いて食べてしまいながら、空籠を奉じて楚王にまみえ、詭弁きべんをふるってかえって王をよろこばせ
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鵞鳥がちょうの羽毛を千切ちぎって落すかと思うようなのが静かに音をも立てず落ちている。
雪の日 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
その婦人客の細い頸は、夫人の熱した右手の中で、死にかかった鵞鳥がちょうのようにびくびくしていた。夫人はそいつを引きずり倒して、鼻先の皮がむけるまで、床の上へ惨虐ざんぎゃくにこすり付けた。
ウォーソン夫人の黒猫 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
波を渡るか、宙をくか、白き鵞鳥がちょう片翼かたつばさ、朝風に傾く帆かげや、白衣びゃくえ水紅色ときいろ水浅葱みずあさぎ、ちらちらと波に漏れて、夫人と廉平がたたずめる、岩山の根のいわに近く、忘るるばかりに漕ぐ蒼空あおぞら
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
給仕は自然いじける。今夜聴き得た情況はわずかに料理場で鵞鳥がちょう料理を特別に成績よく作ったという報告に過ぎなかった。これなら給仕ギャルソンもマネージャアに聞えて差支えない。大きな声でいえる。
食魔に贈る (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
削がれた樹の枝や海豹あざらしの毛のほそいふさや野鴨や鵞鳥がちょうの羽じくを以て仔羊の皮や巻物に聖い御言葉をかくことも出来、御言葉のなかに散らばる大きい文字をば、土の褐色にも空の青色にも輝く緑色にも
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
「先生、一生懸命になって、毎朝鵞鳥がちょう生血いきちを飲むそうです」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
まるでするすると泳いでゆく鵞鳥がちょうのようだった。
最初にハンブルグの一陋巷ろうこうの屋根が現われ鵞鳥がちょうの鳴き声が聞こえ、やがて、それらの鵞鳥を荷車へ積み込む光景が現われる。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
わたしは鵞鳥がちょうのけたたましいごえにおどろかされ、戸口に歩いて往って、かれらがわたしの家のうえ低く飛ぶ、森のなかの嵐のような羽音を聞いた。
すっぽんはどうだといってみても問題がちがう。フランスの鵞鳥がちょうきもだろうが、蝸牛かたつむりだろうが、比較にならない。もとよりてんぷら、うなぎ、すしなど問題ではない。
河豚は毒魚か (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
彼は、人にからかわれた鵞鳥がちょうみたいに、首を前に突き出し、にぎこぶしを寝台のふちにあてて伸び上がる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
そのようにしてふたりの姉妹は若いころ、めいめい自分の夢想のうちにさまよい出ていた。ふたりとも翼を持っていた、ひとりは天使のように、ひとりは鵞鳥がちょうのように。
少なくとも何か考えてる様子をすればいい。それらの鵞鳥がちょうどもにを与えてやりさえすれば、それがどんな餌だろうと構わない。やつらはなんでも飲み込んでしまうんだ。
あすこには大理石の素敵なテーブルや、背中のない鵞鳥がちょう恰好かっこうをした灰皿があるんですよ。……
小波瀾 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
屈強くっきょうの書生が、みじめな、鵞鳥がちょうの鳴声の様な、悲鳴を上げたのを聞くと、室内には、どの様に恐ろしいことが起っているのかと、斎藤老人を初め、ゾッとして、梯子を昇る勇気もなかった。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
たまらず袖を巻いて唇をおおいながら、勢い釵とともに、やや白やかな手の伸びるのが、雪白せっぱくなる鵞鳥がちょうの七宝の瓔珞ようらくを掛けた風情なのを、無性髯ぶしょうひげで、チュッパと啜込すすりこむように、坊主は犬蹲いぬつくばいになって
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今朝煙草たばこの灰をてたマジョリカの灰皿が綺麗きれい掃除そうじされて僕のひじの前にせてあったのに気がついて、僕はその中に現わされた二羽の鵞鳥がちょうながめながら、その灰をけたさくの手を想像にえがいた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ときおり、まだ乳ばなれしない小豚の群が飛びだしてきたが、大気のにおいをぐためのように見えた。雪のように白い鵞鳥がちょうは堂々たる艦隊をなして、近くの池で遊弋ゆうよくし、家鴨あひるの船隊をまもっていた。
「やあ、鵞鳥がちょうが五羽並んでいる。ギャ/\/\/\/\」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ソプラノがベースに聞こえたりうぐいすの声が鵞鳥がちょうのように聞こえるのでは打ちこわしである。前述のピストルの場合でも音の強度より音色のほうが大切である。
耳と目 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「君がもし鵞鳥がちょうか何かだったら、僕もビュッフォンがしたように君の讃辞さんじを書くところさ、君のその羽を一枚拝借してね。ところが、君はただの七面鳥にすぎないんだ」
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「なあに、あの鵞鳥がちょうどもが僕にたいして何ができるものか。僕は彼奴あいつらが何を言おうと平気だ。」
わしも、雷鳥も、角をやした鹿しかも、鵞鳥がちょうも、蜘蛛くもも、水にむ無言のさかなも、海に棲むヒトデも、人の眼に見えなかった微生物も、——つまりは一切の生き物、生きとし生けるものは
たまらず袖を巻いて唇をおおひながら、いきおひ釵とともに、やゝしろやかな手の伸びるのが、雪白せっぱくなる鵞鳥がちょう七宝しっぽう瓔珞ようらくを掛けた風情ふぜいなのを、無性髯ぶしょうひげで、チユツパと啜込すすりこむやうに、坊主は犬蹲いぬつくばいに成つて
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
クリスマスの用意に鵞鳥がちょうをつかまえてひざの間にはさんで首っ玉をつかまえて無理に開かせたくちばしの中へ五穀をぎゅうぎゅう詰め込む。これは飼養者の立場である。
読書の今昔 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)