“頑是:がんぜ” の例文
“頑是:がんぜ”を含む作品の著者(上位)作品数
谷崎潤一郎6
三遊亭円朝6
夏目漱石5
中里介山5
吉川英治3
“頑是:がんぜ”を含む作品のジャンル比率
芸術・美術 > 演劇 > 大衆演芸12.9%
文学 > 日本文学 > 小説 物語1.0%
文学 > 日本文学 > 評論 エッセイ 随筆0.1%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
ぶり返す度に母は愈々いよいよこどものように頑是がんぜなくなって極度に死を惧れながら、食慾はつつしめないのでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
良人に残されて孤屋こおくを守る妻や——父を慕って夜泣きする頑是がんぜない子達や——年老いて子に先立たれてゆく親達や——
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
単に頑是がんぜない聴衆の好奇心をみたすためならば、入って行く必要もなかったろうと思う説明に入っていることである。
——世に質子ちしの身上ほど不愍ふびんなものはないと思っていたが、それはまだ世間を知らないし頑是がんぜないところもある。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その頑是がんぜない駄々だだっ子のような私どもを、ながい目で見守りつつ、いつも救いの手をさしのべるのが菩薩です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
まるで四つか五つの幼児のように頑是がんぜなくわがままになってしまった貞世の声を聞き残しながら葉子は病室を出た。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私は一人の病人と頑是がんぜないお前たちとをいたわりながら旅雁りょがんのように南を指してのがれなければならなくなった。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
けれども、まだなんといっても頑是がんぜない子どもでしたから、あいさつはあいさつであっても、少々ばかりふるった口上でありました。
翁は頑是がんぜない子供が、てれながら駄々を捏ねるように、掌に拳を突き当てつつ俯向うつむき勝ちにいった。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
自分の平生から不思議に思っていたのは、この外見上冷静な嫂に、頑是がんぜない芳江がよくあれほどに馴つきえたものだという眼前の事実であった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どうかすると彼女は、頑是がんぜない滋幹をたしなめるのと同じ口調で父をたしなめたりしたが、彼女が最もやかましく云ったのは父の飲酒のことであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あの子に聞いても頑是がんぜのない七歳なゝつ八歳やっつの子供ゆえ何も分らず、親類は知れず
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
茂「お前は俄かに怜悧りこうに成ったの、年がかなくって頑是がんぜが無くっても、己が馬鹿気て見えるよ、ハアー衆人みんなに笑われるも無理は無い」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それは自分でさえ何の意味か判らないほど切ないまぎれの譫言うわごとのようなものであった。頑是がんぜない息子は、それでも「あい、——あい」と聴いていた。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
頑是がんぜない子供が、夜が明ければ空腹を叫ぶので、止むに止まれず親戚へお縋りに行った。
食べもの (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
叔母の申しますのには子供でもなければなんとか話の持っていきようもあるけれどもお遊さんにはこれから養育していかなければならない頑是がんぜない子供がある。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
……このソーニャちゃんも、あのころはまだ、ほんとにお小さくって、頑是がんぜなくって。
ちょうど村の子供の間にはおけたがを回して遊び戯れることが流行はやって来たが、森夫も和助もその箍回しに余念のないような頑是がんぜない年ごろである。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかも、盗んでさらって売ったものは、頑是がんぜない子どもだというのでした。
「そんな聞訳ききわけのない事を云って、——頑是がんぜない小供みたように」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし、頑是がんぜなく聞分けのない子供は一週間と友人の家に居つかなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
写生文家の人間に対する同情は叙述されたる人間と共に頑是がんぜなく煩悶はんもんし、無体に号泣し、直角に跳躍し、いっさんに狂奔きょうほんするていの同情ではない。
写生文 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
折柄、賑やかな新宿の騒ぎ唄をよそに頑是がんぜない子を抱きしめてこの正直一途の爺やがホロリホロリと涙しながら角筈さして、進まぬ足を引き摺っていく辺りは、無韻の詩である。
それが頑是がんぜない健三の胸に、何の理窟なしに、不愉快な影を投げた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
頑是がんぜない子供こどもは、以前いぜんにもまさる可愛かわいげな表情ひょうじょうせて、袖子そでこかたにすがったり、そのあとったりした。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
同一なる言語を使用しても言う人は子供の頑是がんぜなきところを述べんとの心なるに、聞く人はおそらくみずからしばしば唄った甚句じんく端唄はうたを思い出したのである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
所詮しょせんかの女は頑是がんぜないこどもの大人である。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
可愛い右の人差指を真っ直ぐに立てて天をゆびさした頑是がんぜない姿なども、つい昨日のことのようにはっきりと眼に残っているのに、自分の前で今舞扇をかざしているこの妹がその人なのか、
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、いいながら、頑是がんぜない子供のように泣き出した。
この頑是がんぜないものまでを、死なすにはしのびない。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この犬一ぴきが、彼等——老いぼれた不具者と頑是がんぜない幼児おさなご——にとっては、ただ一人の稼ぎ人、ただ一人の友達、ただ一人の相談相手、杖とも柱ともたのむ、ただ一つの頼りなのでした。
に人生の悲しみは頑是がんぜなき愛児を手離すより悲しきはなきものを、それをすらいて堪えねばならぬとは、これもひとえに秘密をちぎりし罪悪の罰ならんと、われと心を取り直して
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
いま縫う猪之いのが綿入れも洗いざらした松坂縞まつざかじま、丹誠一つで着させても着させえなきばかりでなく見ともないほど針目がち、それを先刻さっき頑是がんぜない幼な心といいながら
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あっても相手は頑是がんぜないこいさんである上に累代の主家のお嬢様である佐助としてはお供の役をおおせ付かって毎日一緒いっしょに道を歩くことの出来るのがせめてものなぐさめであっただろう。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それに又、なんで頑是がんぜない方々やお女中方のお命を助けてお上げなされませなんだか。あれも殿下のお指図ならば仕方がござりませぬけれども、みんな治部殿のさしがねじゃと思わぬ者はござりませなんだ。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、その時案内の車夫は、橋の欄干らんかんから川上の方をゆびさして、旅客のつえをとどめさせる。かつて私の母も橋の中央にくるまを止めて、頑是がんぜない私をひざの上にきながら、
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
三木落城のときは、いずれは城とともに相果てる身、頑是がんぜないこの一子まであの世へつれてゆくに忍びぬので、煩悩とおわらいもあろうが、家臣の端へなと置かれて、どうか成人までおはぐくみをねがいたい
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は、三郎兵衛が、赤子の咽喉に、手をかけて、掴み殺さんばかりの有さまを見て、われ知らず、狂い果てた相手をだまして、かたきの子をわが手に抱き取りはしたものの、そして、西も東もしらない、頑是がんぜなく
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
わたくしもここにいる頑是がんぜない子供衆と同じ年頃でございました、永寿庵という村のお寺で、ちょうどこれと同じようにして上人さまの有難いお話を聞かせていただきました、そのお声までが、そっくりそのままでございます。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
えゝ、松蔭横合より差出ました横槍を入れます、これは春部氏祖五郎殿の申さるゝが至極もっともかと存じます、菊様はいまだお四才よっつで、何のおわきまえもない頑是がんぜない方をお世嗣よとりに遊ばしますのも
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
三味しゃみが思わぬパノラマを余の眼前がんぜんに展開するにつけ、余はゆかしい過去ののあたりに立って、二十年の昔に住む、頑是がんぜなき小僧と、成り済ましたとき、突然風呂場の戸がさらりといた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こいつも、売られて行く、頑是がんぜなく、今は何も知らねえが、今に泣かされることだろう……と米友は身にツマされてくると、自分たちというものと、ムク犬と、それからこの子熊との間の境がわからなくなり、子熊のために同情したのが
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「そうであろ、いかに頑是がんぜないころであったにいたせ、生みの母御の、知死期ちしごの苦しみを、ひしと身にこたえなかったはずがない——かの三斎どのこそ、父御ててごを陥れたのみではなく、母御を手にかけたも同然のお人じゃ——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「いいえ、さようなことはございません。しかし親となってみますと、頑是がんぜない時は頑是ない時のように、よく行けばよいように、悪くそれればそのように、もしまた立身出世いたしましたからとて、それで心の静まるわけのものではございません」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いったい誰の場合でも、母の顔を全く知らないのなら格別、頑是がんぜない時分におぼろげながら母を見た記憶があり、而も間もなくその母が餘所よその男の所へ走ってしまったと云うようなことに出遭うと、その子の母を思慕する情は尋常一様でないのであるが
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
七「へい…有難うございます、お梅時々うちへ帰って呉んな、のう子供ばかり残して店をあけぱなしにして、頑是がんぜねえお繼ばかりでは困るだろうじゃアねえか、此方こちらさまへ来ていてもいが、家をからあきでは困るから云うのだ」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
———自分は今では、この節廻ふしまわしも合いの手もことごとくそらんじてしまっているが、あの検校と婦人の席でこれをたしかに聞いた記憶が存しているのは、何かしらこの文句の中に頑是がんぜない幼童ようどうの心を感銘かんめいさせるものがあったに違いない。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
婆「何ういう訳もねえ、おらが方へ来てえだ云うが、おらが方へ置きたくはねえが、お前様めえさまア留守勝でうちの事は御存じござんねえが、悪戯いたずらはたすかは知らねえが、頑是がんぜがねえとおにもなんねえ正太郎だから、少しぐれえの事は勘弁して下さえ」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「書面をもって、厚顔あつかましくも、お願い申しあげたわが子とは、それに背負わせて来た幼児でござる。この戦陣の中、明日にも城とともに相果てる身をもちながら、なお煩悩ぼんのうな親心とおわらい下さるまい。……余りにもまだ何も知らぬ頑是がんぜない者にござりますれば」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お前の弟粂之助はまだ頑是がんぜもない小児しょうにほかに頼る者もないに依って何卒どうかお前、丹精をして成人させて呉れとのお頼み、そこで私が寺へ引取って、十一から三ヶ年も貴様の面倒を見てやったが、今もいう通り何分不如意ふにょいじゃに依って御当家へ願うたのも
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
世間の人はその当時、言った、神尾の家は奥方で持っているのだ、主人は論外だが、奥方がしっかりしているから、それで持っているのだ——これが世間の定評になっていたのに、当人の母は、また唯一のあととり息子たるまだ頑是がんぜないこの拙者の耳に、タコの出るほど言い聞かせていたのは、
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何うももちざっぺいが悪くて仕方がございません、お客様が折角のお志で下すった物を、粗末にしたり落しちゃア済まないよ、お志を無にするからと申しましても、あの通り頑是がんぜがございませんから、何時までも子供のようでございまして仕方が有りませんが、何うぞお見捨なく何時までも御贔屓を願います
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私はまだ子供の事とて、師匠の家の走り使いなどに、この界隈かいわいを朝夕に往復し、町から町、店から店と頑是がんぜもなくて歩いたもの、今日のように電車などあるわけのものでなく、歩いて行って歩いて帰ることでありますから、その頃の景物がまことに明瞭はっきりと、よく、今も記憶に残っております。
それ以来、私は毎日のように守田座へ行きたくなったのです。それで浅草へお参りに行くと云っては、何も知らない頑是がんぜのない綾ちゃん達のお母さんを、連れて守田座へ行ったものです。それも一日通しては見ていられないから、八つどきから——そう今の二時頃ですが、染之助の出る一幕二幕かを見に行ったのです。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
どうじゃ与八、怖ろしいことではないか。頑是がんぜない子供がやっと積み上げた小石の塔を、鉄の棒を持った鬼が出て来て、みんな突きくずすのじゃ。なあ、これを他人事ひとごとと思ってはいけないぞ、追善作善のつとめというをせぬ者には、みんな鬼が出て来るじゃ、何をしてもみな成り立たないで、みんなくずれ出すのじゃ。
それから見世物にじゃこつだといってよく出ているのがあれも牛の軟骨をかためたのだそうです。そんなものを見るために一銭二銭の金子かねを払って嬉しがっているのは多く頑是がんぜない子供ですが、まことに浅ましい事ではございませんか。文明流の家庭教育は子供に博物学上の智識を与えて牛はこういうものである。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
統計の示すところによると、親のない子供の死亡率は五十五パーセントにおよんでいる。僕は繰り返して言う、問題は妻の上に、母親の上に、若い娘の上に、頑是がんぜない子供の上にある。諸君自身のことを言うのではない。諸君自身のことはよくわかっている。諸君が皆勇敢であることはよくわかっている。諸君が皆心のうちに、大義のために身を犠牲にするの喜びと光栄とを持ってることは、よくわかっている。