面喰めんくら)” の例文
実は少し面喰めんくらったのです。どういうわけだかあなたはきっとヴェエルをかむっていらっしゃるはずのように思っていたもんですから。
面喰めんくらったなあ、泰安さ。気狂きちげえに文をつけて、飛んだ恥をかせられて、とうとう、その晩こっそり姿を隠して死んじまって……」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
主人の勘解由もさすがに面喰めんくらって居ります。日ごろ内儀に平かでない者も、内儀の機嫌取りに没頭している者も、一様に動き出しました。
ところが運悪く、あのばゞあがはひつて来ました。あなたが、その時、突然僕に加へられた皮肉な刑罰は、聊か僕を面喰めんくらはせました。
ママ先生とその夫 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
……高の知れた女一匹……と思って調子をおろしていた相手から、思いもかけぬ不意打ちを喰ったのですっかり面喰めんくらってしまったらしい。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
こういうものが出来上がってそれを牙彫界一般に配附したのであります。これを手にした一流側の人々は大いに面喰めんくらったわけでありました。
いで径二尺五寸程の大きな下部注水孔のバルブも開いて、吸い込まれて面喰めんくらった魚を渠底きょていのコンクリートへ叩き付け始めた。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
運転手は益々面喰めんくらって、やや恐れをなした様子だったが、それでも私の云うがままに、車を帰して、小山田家の門前についた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「夕方知らずして、しゅの坊が Wife とともに湯の小さきに親しみて(?)入れるを見て、突然のことに気の毒にもまた面喰めんくらはされつ」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
だが、聴いてみると、それは一月程前自分が松風氏に話したものそつくりの案なので、店員はすつかり面喰めんくらつてしまつた。で、やつと一言
と、先刻さっきの蛇の目を忘れたことに気がついたらしく、階下したから「三造さん。傘! 傘!」と大きな声がした。彼は面喰めんくらった。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
さすがに丸田は面喰めんくらつて其のまゝ後方へよろけた。隊長は一瞬間調子を柔らげたと思ふと、また限りなく怒鳴り続けた。丸田は顔色なかつた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
なんだか亀の名みたいで僕は「リュウさん」の例もあるし変な気がしていたが、字を訊くと「泰明」という立派な名前なのでよけいに面喰めんくらった。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
丁ど颶風ぐふうでも來るやうな具合に、種々な考が種々のかたちになつて、ごた/\と一時にどツと押寄おしよせて來る………周三は面喰めんくらつてくわツとなつてしまふ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
妙子がそれを承諾すると、すぐその場から妙子のことを「先生さん」と呼び出したので、妙子は面喰めんくらって「妙子さん」と呼ぶことに改めて貰った。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、めじりの切れた目をちょっと細うして莞爾にっこりしながら、敷居際で町家まちや風の行儀正しく、私が面喰めんくらったほど、慇懃いんぎんな挨拶。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あまり平凡のもののやうに、番頭に云はれて私はかへつて面喰めんくらつたが、買ふ段になると、どんな風な計算で買ふものか、私にはまるきり観念がなかつた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
こんな際だから、まさか負け惜しみでもあるまいが、骨が出てるのに痛くないなんて、先生余程面喰めんくらったと見える。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
で、上つて行つて、蒲団などをすゝめられると、彼女は里離れのした態度で、あらためて両手をついて叮嚀ていねいにお辞儀をした。彼は面喰めんくらつたやうな困惑を感じた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
壮太は面喰めんくらって、何がなにやら、分らぬながら、駆逐艦だの戦闘準備だのと聞いてこれも跳び上りながら喚いた。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そのむすめのお母さんは、すこし眼に険のある美人でしたが、おそろしく早口で捲舌まきじたしゃべるので、なにを言うやら、さっぱりわからず、いつもぼくは面喰めんくらいました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
かくも短時間の間に、かくも満員を占める人気というものの広大なことに、道庵先生も面喰めんくらった様子であります。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
服部フクは面喰めんくらって棒立になっていたが、その間に、おせいや、タツたちが、うしろをとりまいてしまった。
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
二個の長い食卓しよくたくには、何かしらあたゝかい物のはひつてゐる鉢から煙が出てゐた。ところが、面喰めんくらつたことには、食慾を起させるどころか、大變な臭氣を發してゐた。
二、三回目に会った時に、友人の数学者の岡潔おかきよし君を紹介したら、「オカさんは、コウですか、キュウですか」ときかれて、大いに面喰めんくらったことをおぼえている。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
……しかし懐中電気を手にしていた男の方でも、そんなところに思いがけず私たちが突っ立っていたのに、面喰めんくらったらしかったが、その一人が私だと気がつくと
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「パルシファル⁉」鎮子は法水の奇言に面喰めんくらったが、彼は再びその問題には触れず、別の問いを発した。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
慶三は真昼間まっぴるまの往来とて、少し面喰めんくらって四辺あたりをきょろきょろ見廻したが、坂地の道路が広いだけに、通行の人は誰も気のつくものがないらしいので大きに安心して
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
此の間初めて、舞台稽古をみたんですけど、全部あれでしょう、和服みたいなものでしょう、そこへ音楽が妙なんですもの……妾なんかまるで面喰めんくらって了って……。
華々しき一族 (新字新仮名) / 森本薫(著)
イワン・フョードロヸッチは、ちやうど、舞踏会に乗りつけた洒落者が、どちらを見ても自分より優れた服装をした客ばかりなのに、聊か面喰めんくらつたといつた形だつた。
子供達を面喰めんくらわせるものは、ただあまりにひねくりまわした、こみ入ったものだけなのである。
そうしてその語調が如何にも自然で、とても咄嗟の間の判断じゃなかったね。僕は一寸ちょっと面喰めんくらったよ
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
俺はまったく面喰めんくらって臆病に眼を伏せたが、咄嗟とっさ に思い返して眼をあけた。すると女は、美しい歯並からころげ落ちる微笑を、白い指さきに軽くうけてさッと俺に投げつけた。
苦力頭の表情 (新字新仮名) / 里村欣三(著)
恐らくフランケの外の誰もが僕と同じくさわぎたてるだろうと思い、まわりを見廻したのであるが、その予想ははずれて、誰もさわがない。それには面喰めんくらわずにいられなかった。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼はしずかにそれを云ったのだ。けれども使丁は聞きかえした。相手の変化に面喰めんくらっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
私は、あなたから君に変り、そうじゃ、そうじゃという老人臭い口調に変り、そして又、このバーの主人なんじゃと名乗られたことに、いささか面喰めんくらったかたちであったのだが
白金神経の少女 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
面喰めんくらつたのは神奈川縣かながはけん警察部けいさつぶで、くのごと迷信めいしんを、すがまゝ増長ぞうちやうさしては
が、誰も多少予想していないじゃないが余り迅雷疾風的だったから誰も面喰めんくらってしまった。その上、東京の地震の火事と同様、予想以上に大きくなったのでいよいよ面喰ってしまった。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ブラウンは面喰めんくらって、あわてだし叫び声をたてて、気を失わんばかりだった。アンナは化粧版の留め金を引きちぎり、燃えだしてる裳衣しょういを腰からすべり落として、それを足にふまえた。
面喰めんくらった日本人は、首を後に硬直さして、どうしていいか分らなかった。……。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
捨吉はちょっと面喰めんくらった。お婆さんや姉さんと玉木の小母さん夫婦との間に板揷いたばさみにでも成ったように感じた。大人同志のあらそいを避けて、誰も居ないようなところへ走って行きたい。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いまかつて、彼女はこういう調子でにんじんに話しかけたことはないのである。面喰めんくらって、彼は顔をあげる。見ると、彼女の指は、布片きれと糸で、さっぱりと、大きくがんじょうに包まれている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
回々教フイフイけう旅行者りよかうしやたちはすつかり面喰めんくらつて、ラランをなかからしたが、やつと正気しやうきづいたラランはした自由じゆうがきかないほど、くちなか火傷やけどしてゐた。カラカラとわらふどころではなかつた。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
我々は面喰めんくらって立ちすくみ、「これが日本か?」と自ら問うのであった。
若い元気のある士官であったが、先きに礼の言葉を述べられたりして甚だ面喰めんくらってしまった。私はその日の祭壇にまつられたものの、相当多くが機関員であることを聞いて今更のように目をみはった。
与一も面喰めんくらったのだろう、くちびるを引きつらせてピクピクさせていた。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私と峻とが、ひどく面喰めんくらわされたのは、妻のめいの貞子であった。
秋草の顆 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「え? 何のことですか?」と私はすこぶ面喰めんくらって訊ね返した。
誤った鑑定 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「はゝゝゝ、唐沢の奴、面喰めんくらつてゐるだらう。はゝゝゝ。」
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
おれも面喰めんくらつてしまつた。おい、助十。どうも困つたな。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)