谷間たにあい)” の例文
迫った岡はその辺で谷間たにあいのような地勢を成して、更に勾配こうばいの急な傾斜の方へと続いて行っている。丁度他に往来ゆききの人も見えなかった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのしずけさの底に、淙々そうそうと水の流れる音がする……のは、この家の裏からおりた谷間たにあいにささやかな渓流のあることを示しているので。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その、森源の家は私の借りていた家から四五丁はなれた、低い谷間たにあいにあって、この辺では珍らしい洋式を取り入れた建て方のものであった。
脳波操縦士 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そこで、捕縄の先が、ちゅうをうねって行った途端に、一角は早くも感づいて、ならの茂った谷間たにあいの崖へ身を躍らしてしまったのだ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もし私が雪山の垢塗あかまみれの土人と一つになるようなことがあったならば、私は今時分はかのヒマラヤの谷間たにあい黒坊主くろぼうずとなって居ったかも知れぬ。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
この谷間たにあいを登山鉄道が通過する予定になっているそうで、やがてこの地が雲仙名所の一に数えらるる日も遠くはあるまい。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
そこは山国は山国ですけれども、こんな迫った谷間たにあいではなく、もっとゆったりした……気分のところだそうでございます。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
黒い山の背がやはり前方むこうの空を支えていた。暗い谷間たにあいの方へ眼をやった時、蛍火のような一個ひとつの微な微な光を見つけた。
殺神記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこンとこは梅林で、上の山が桜の名所で、その下に桃谷というのがあって、谷間たにあい小流こながれには、菖蒲あやめ燕子花かきつばたが一杯咲く。
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
谷間たにあいを取巻く、もっと近い山々は、半分霧の中に没して、それから頂上までの間に、点々として巻雲をうかべていた。
私の郷里は(宮城県玉造たまつくり一栗いちくり上野目天王寺かみのめてんのうじ)——奥羽山脈と北上山脈との余波に追い狭められた谷間たにあいの村落である。谷間の幅は僅かに二十町ばかり。
荒雄川のほとり (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
(向うを見る。)当途あてども無しに峰や谷間たにあいを駈けまわって、木の根や岩角にでもつまずくか、谷川へでも滑り落ちるか、飛んだ怪我でもしなさらねばよいが……。
人狼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
山石のかど出張でっぱっておりますから、頭を打破うちやぶって、落ちまするととても助かり様はございませんが、新吉は側にある石をごろ/\谷間たにあいへ転がしおとしました
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と、館の奥の書院の間で、塗り机にひじをもたせかけ、以前まえかた偶然行ったことのある、金剛山の谷間たにあいの城門のような岩壁のことを、思い出していた桂子は云った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
暗い湿っとりした谷間たにあいを通って、道はまた次の山へ登りになって、やっと最後のこんもりとした山の中腹を回ると、眼下はるかの向うに、村らしい家々の屋根が
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
夕方の青い靄がかかった谷間たにあいなぞを、郵便の逓送夫が腰にはピストルをさげ、てとてとてとと喇叭を吹き鳴らしながら、走って行くのはなかなかいいものでございます。
(新字新仮名) / 久米正雄(著)
谷間たにあい二百歩ばかりへだちて、こちらから声を掛けると、同じ言葉を鸚鵡返しに答えるのだった。
丹那山の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
ここガリラヤのナザレの町は、いくつかの小高い丘にとりまかれた平和な谷間たにあいにある。
聖家族 (新字新仮名) / 小山清(著)
なんしろ、反射炉から峰の山かけて、あのボヤボヤと草木の繁った谷間たにあいだ。それに因果と、夕陽で味方がギラギラとまぶしい最中に、その夕陽を背負った敵の方から、バンバン大砲を打ち込むんだ。
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
十九夜の月の光がこの谷間たにあいに射し入った。人々が多く寝静まった頃、まだ障子を明るくして、盛んに議論している浴客の声も聞えた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「ここは、街道をれている星影の谷間たにあい、通る道ではないが、そなたの難儀を遙かに見て、安否を見に降りて来たのじゃ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野岳がこの登山道路の東をふさいでいるので、朝日を遮ってくれるから、私達は蔭の道を進むことが出来る。朝の谷間たにあいを登る爽快さには身体しんたいもひきしまる。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
滝の音が聞えない、渓流の響きが耳に入るでもないけれども、山と山との谷間たにあいには多少の水はあるものである。
と力なく樹を降り、こん尽きて其の儘其処そこへ気絶いたしました。お話分れて、此方こちらは信州二居ヶ峰、中ノ峰の谷間たにあいの熊の穴に落ちましたお町が成行なりゆきでございます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
草がくれのこみち遠く、小川流るる谷間たにあい畦道あぜみちを、菅笠すげがさかむりたる婦人おんなの、跣足はだしにてすきをば肩にし、小さきむすめの手をひきて彼方あなたにゆく背姿うしろすがたありしが、それも杉の樹立こだちりたり。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼の冴えたる眼には、の惨殺されたる老人の屍体がありありと映った。自分の父もはりのような浅ましい姿になって、人の知らぬ山奥か谷間たにあいに倒れているのではあるまいか。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その後ナムの住民は以前の土地から七、八丁西の方の谷間たにあいの高地へ移ったのです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
なんしろ、反射炉から峰の山かけて、あのボヤボヤと草木の繁った谷間たにあいだ。それに因果と、夕陽で味方がギラギラとまぶしい最中に、その夕陽を背負った敵の方から、パンパン大砲を打ち込むんだ。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
大森林に連続つづいた谷間たにあいの町でも、さすがに暑い日は有った。三吉は橋本の表座敷にこもって、一夏かかって若い思想かんがえまとめようとしていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ここは谷間たにあいのせいか、いちだんと暮色ぼしょくくなって、もう夕闇ゆうやみがとっぷりとこめていたから燕作は泣きだしたくなった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一生懸命に逃げる途端道を踏外ふみはずして谷間たにあいへずうーん…可愛そうにお繼は人違いをされて谷へ落ちまする。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
草がくれのこみち遠く、小川流るる谷間たにあい畦道あぜみちを、菅笠すげがさかむりたる婦人おんなの、跣足はだしにてすきをば肩にし、小さきむすめの手をひきて彼方あなたにゆく背姿うしろすがたありしが、それも杉の樹立こだちに入りたり。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
日高川のみなもとが社の下をうねって流れて、村の谷間たにあいをかくれて行く。小半時こはんときも村の方を見下ろしていたが、村では別に誰も騒ぐものがない。それで、修験者は扉をあけて社の中へ入ってしまいます。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
木場道きばみちの中途まで自動車で行き、そこから急峻きゅうしゅん谷間たにあいを分けくだる。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
ある谷間たにあいへ行き着いて、果たしてそこにかの馬を発見した。
芝の山内を抜けて赤羽橋へ出、三田の通りの角から聖坂ひじりざかを上らずに、あれから三光町さんこうちょうへと取って、お寺や古い墓地の多い谷間たにあいの道を歩いた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と手水鉢の柄杓を口にくわえて、土手の甚藏が蔦蔓つたかつらに掴まって段々下りて行くと、ちょうど松柏の根方ねがたっている処に足掛りをこしらえて、段々と谷間たにあいへ下りまして
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
目礼して次郎はスルスルと谷間たにあいへ入ってしまった。まるで、葉裏へかくれてゆく蜘蛛くものように。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その居士こじが、いや、もし……と、莞爾々々にこにこと声を掛けて、……あれは珍らしい、その訳じゃ、茅野ちのと申して、ここから宇佐美の方へ三里も山奥の谷間たにあいの村が竹の名所でありましてな
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほどなく西北とおぼしき方面の谷間たにあいにあたって一団の火光。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ずっと以前に岸本が信濃しなのの山の上に田舎教師いなかきょうしをしながらこもり暮した頃、城址しろあとの方にある学校へ行こうとして浅い谷間たにあいを通過ぎたことがある。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と是から教えられた通り左へ付いて行くと、何処まで行ってもなだれあがりの山道で、見下みおろす下の谷間たにあいには、渦を巻いてどっどと落す谷川の水音が凄まじく聞えます。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼とは、星影の谷間たにあいで、互に約したことばがあります。金吾から果し合いを言い込む場合には、いつでもそれを拒むまいとは、日本左衛門が男として断言してある言質でした。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きその谷間たにあいの村あたりで、騒いでいるように、トントンと山腹へ響いたと申すのでありますから、ちょっと裏山へ廻りさえすれば、足許に瞰下みおろされますような勘定かんじょうであったので。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二十三日には浪士らは片桐かたぎりまで動いた。その辺から飯田へかけての谷間たにあいには、数十の郷村が天龍川の両岸に散布している。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
追掛おいかけられて逃途にげどがないが、山之助年は十七で身が軽いから、谷間たにあいでも何でも足掛りのある処へ無茶苦茶に逃げ、蔦蘿つたかずらなどに手を掛けて、ちょい/\/\/\と逃げる。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ふもとに遠き市人いちびと東雲しののめよりするもあり。まだ夜明けざるにきたるあり。芝茸しばたけ、松茸、しめじ、松露など、小笹おざさの蔭、芝の中、雑木の奥、谷間たにあいに、いと多き山なれど、狩る人の数もまた多し。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いかん。一応、ほかへ陣を移そう。どこか涼しい山陰か水のある谷間たにあいへ」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御恩も、なさけも、思う暇が有ません。もうその時の私は、藁草履わらぞうり穿いて、土だらけな黒い足して、谷間たにあい馳歩かけあるいた柏木の昔に帰って了いました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
欺いて連れ出しましたお藤と云うの婦人を、皀莢滝の谷間たにあいへ追込みましたので、お藤は勝手は知らず、足を蹈外ふみはずして真逆まっさかさまに落ちましたが、御案内の通りの折田の谷は余程深うございまして
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)