行衛ゆくえ)” の例文
旧字:行衞
三光稲荷は失走人の足止の願がけと、鼠をとる猫の行衛ゆくえ不明のうったえをきく不思議な商業あきないのお稲荷さんで、猫の絵馬が沢山かかっていた。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その後も屡々しばしば水戸へ人を派したが、水府は東湖塾を中心として混乱していて、一人の青年の行衛ゆくえなどまるで尋ねあてる由もなかった。
岩魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
何とかして東京市内に居る江戸ッ子の行衛ゆくえを探る方法はないかと考えた末、納豆売りの巣窟を探しまわって売り子の話を聴いて見た。
同じ夜三艘の漁船が行衛ゆくえ不明となった。賊の快速船さえも、この暴風を乗り切って、近くの避難港へたどりつくのがやっとであった。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「それに」と「爺つあん」は嘲笑うように「噂によるとあの紫錦は、高島以来お前の所から、行衛ゆくえを眩ましたって云うじゃねえか」
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それから一年半、行衛ゆくえも知れなかった舎人が、いま涌谷の密使として来たと聞いて、甲斐は少なからず気持が動揺するのを感じた。
しかもその金の行衛ゆくえは、一体どうなったんだときいて見ても、女の返事はあいまいで判然としない。わたしは内心ここがあきらめ時だ。
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いつわりとは思いも寄らねば、その心に任せけるに、さても世には卑怯ひきょうの男もあるものかな、彼はそのまま奔竄ほんざんして、つい行衛ゆくえくらましたり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「ところで、たびたび申し上げました、村次郎のことでござんすが、座頭おやじ行衛ゆくえについて、一度ぜひお耳に入れたいことがございますので」
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そののち大掃除をすると鼠の巣から見出した、浪人は償却しおわると直ぐ転住して行衛ゆくえ知れず、家主一生悔恨したとあった。
橋弁慶の行衛ゆくえは不明であるが、この弁慶が分捕ぶんどりした銅牌は今でも蓮杖の家に残ってるはずだが、これも多分地震でどうかしてしまったろう。
私はたった一人の母とも交渉を断ち、妹や弟からも行衛ゆくえ不明となり、今では笠原との生活をも犠牲にしてしまった形である。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
蜻蛉とんぼ釣りに蜻蛉の行衛ゆくえをもとめたり、紙鳶たこ上げに紙鳶のありかを探したりするわずらわしさに兄は耐えられなくなってしまった。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
頭髪もひげ胡麻白ごまじろにてちりにまみれ、鼻の先のみ赤く、ほおは土色せり。哀れいずくの誰ぞや、してゆくさきはいずくぞ、行衛ゆくえ定めぬ旅なるかも。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
我一人して御行衛ゆくえを、探りてもみるそれだけは、よしお詞に背いてもと。思ふ甲斐なき手がかりも、慰めかねし胸に泣き、口に笑ふが常なれど。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
マクスウェルの仕事の先駆をなしていることを発見して、これを出版し、同時に隠れたこの著者の行衛ゆくえを詮索したりした。
レーリー卿(Lord Rayleigh) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
指して定まらぬ行衛ゆくえに結ぼるる胸はいよいよ苦しく、今ごろはどこにどうしてかと、打ち向う鏡はやつれを見せて、それもいつしか太息といきに曇りぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
水を指さしてむかしの氷の形を語ったり、空を望んで花の行衛ゆくえを説いたところで、役にも立たぬ詮議せんぎというものだ。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
娑婆しゃばに出てみると蕗子の妹艶子は、誰に聞いてもその行衛ゆくえが判りません。中谷の消息も捜りましたが知れないのです。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
その後、お近婆さんは、二人の子供を置き去りにして行衛ゆくえ不明になった。二人の子供は、仕方なく私のうちに来ていた。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
先日行衛ゆくえ不明で、もし来たら留めて置いてくれと照会があった角谷すみや消息しょうそくが分かった。彼は十八日の夜、大森停車場附近で鉄道自殺を遂げたのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それぎり青年画家の行衛ゆくえは知れなくなってしまった。その夜は近隣の村々に黒風こくふう白雨びゃくうたけりに猛り狂いに狂った。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
家の中には、美木に呼びにやらした田部井氏が、恐らく私と同じ事を考えたのであろう、ガタピシドアを鳴らして部屋から部屋へ子供の行衛ゆくえを探していた。
寒の夜晴れ (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
常に彼と共に犯罪を行うを習慣としたる彼の兄弟は、この犯行には現れることなく、警察にて彼の行衛ゆくえについて極力捜査中なるも、現在未だに不明なり。——
するといくらか気が静まって来て、小粒に光りながらゆるんだ綴目の穴から出て本の背の角をってさまよう蠧魚しみ行衛ゆくえに瞳をとらえられ思わずそこへうずくまった。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
何しろ兄の行衛ゆくえが分らないということは、私にとって非常な不安なので、S夫人に探し出して頂いて、直ぐ警察の手で捕縛させ、精神病院の院長に鑑定させれば
鉄の処女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
やがて太き麻縄あさなわもて、犇々ひしひしいましめられぬ。そのひまに彼の聴水は、危き命助かりて、行衛ゆくえも知らずなりけるに。黄金丸は、無念に堪へかね、切歯はぎしりしてえ立つれば。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
ふとった奴国の宮の君長ひとこのかみは、童男と三人の宿禰すくねとを従えてやぐらの下で、痩せ細った王子の長羅ながらと並んでいた。長羅は過ぎた狩猟の日、行衛ゆくえ不明となって奴国の宮を騒がせた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その幸内は行衛ゆくえが知れないし、それよりもひとり残ったお嬢様が、「わたしもお嫁に行く」と言った一言は今でもお君にとって、何の意味だかよくわからないのであります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
最も大切な「おもろ」の原本は、一米人が強引に持ち去った由ですが、行衛ゆくえが心配です。
沖縄の思い出 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
お浦の行衛ゆくえ、お浦の生死は依然として分らぬのだ、第二に此の死骸、当人は誰か、何の為に斯くも無惨な目に逢わされたかと云う疑いが起る、第三には此の女が何でお浦の着物をき
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
たとへば品子にいぢめられて、食ふや食はずでゐるためにひどく衰弱してしまつたとか、逃げて出たきり行衛ゆくえ不明になつたとか、病死したとか、云ふやうなことがあるのではないか。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「まだ叔父さんにも御話しませんでしたが、漸く吾家うち阿父おやじ行衛ゆくえも分りました」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
谷の行衛ゆくえうて目を移すと、突き当りに小黒部の大抜けが、裂けた雪の繃帯から生々しい岩骨を曝露して、目が眩むようだ、何処かで郭公が頻りに物寂しい声を繰り返して鳴いている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ところが父と母とはあんな工合になって別れて、その後母の行衛ゆくえがわからなかったのでどうしようもなかったのが、母が実家に帰って来たので、急にまたその話をもとに戻したためだった。
解きがたいなぞいだいて青空を流れる雲の行衛ゆくえを見守った遣瀬やるせない心持が
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
かえりみて世間を見れば、徳川の学校は勿論潰れて仕舞い、その教師さえも行衛ゆくえが分らぬ位、して維新政府は学校どころの場合でない、日本国中いやしくも書をよんで居る処はただ慶應義塾ばかりと云う有様ありさま
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
持彦との愛情の行衛ゆくえはこうなるより外に、なりようがなかった。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
雲にいる鳥の行衛ゆくえや星ひとつ 其由
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
歩行歩行ありきありきもの思ふ春の行衛ゆくえかな
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
愉楽の行衛ゆくえ 今いずこ
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
急ぐ心の行衛ゆくえかな
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はその痛みの行衛ゆくえを探すかのように、片手で頭を押えたまま、黄色い光線と、黒い陰影かげ沈黙しじまを作っている部屋の中を見まわした。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかもその水の行衛ゆくえと云えば、知っているものはないのであった。流れ流れて消えるのかも知れない。大地の底へ落ち込むのかも知れない。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
アゴというものかけて入歯も叶わぬ身となればさんだらぼっちや西瓜の皮と共に溝川の夕を流れ流れて行衛ゆくえを知らず。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「用事を済ませて逃げてしまったのさ。どこへ逃げたか。我々にとって、そいつの行衛ゆくえが一番恐ろしいことなのだ」
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
勇はぼうとして、自分の飛んだ独楽の行衛ゆくえを見ていましたが、だんだん悲しそうな顔付になって泣き出しました。
百合の花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
懐に金を入れて出たまま行衛ゆくえ不明になって、幼子と後妻だけが残ったのを、家を売った金や残りのものと一緒に実家さとかたの兄、テンコツさんの近くへいっていた。
独逸ドイツスペイン艦隊の旗艦シャルンホルスト号には、二隻の艦載潜航艇があったのであるが、そのうち一つは傷つき、他の一隻は行衛ゆくえ知れずになってしまった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
が、一年程前に時化しけに会って、北海丸の沈没と共に行衛ゆくえが知れなくなると、女は、僅かばかりの残された金を、直ぐに使い果して、港の酒場で働くようになっていた。
動かぬ鯨群 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)