しじみ)” の例文
一昨日いっさくじつの旅館の朝はどうだろう。……どぶの上澄みのような冷たい汁に、おん羮ほどにしじみが泳いで、生煮えの臭さといったらなかった。……
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ことばを換えてさらにいってみるならば、要は書の中身が大切な問題となるのである。例えば美しいはまぐり貝があるとする。しじみ貝があるとする。
荒れた庭の唯ひとつの装飾である牡丹ぼたんは、その根のところに、彼がしじみのからを一面にしきつめたから、もう犬も掘り返せなくなってしまった。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
露路奥の浪人ものは、縁へ出て、片襷かただすきで傘の下張りにせいを出し、となりの隠居は歯ぬけうたい。井戸端では、摺鉢のしじみッ貝をゆする音がざくざく。
顎十郎捕物帳:03 都鳥 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
内ン中のあわびッ貝、外へ出りゃしじみッ貝、と友達にはやされて、私は悔しがってく泣いたッけが、併し全く其通りであった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
鳥のしわざか島の脊に小さなしじみの殻がこぼれていた。四つながらみな仰むけに白い裏をみせてるのをなにとはなしにひとつひとつ裏がえしてみる。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
今其遡行の大略を記して見ると、欅平で祖母谷林道と分れ、黒部本流の左岸に沿うてしじみ谷に至り、蜆坂の険を上ると対岸に奥鐘釣山の大絶壁が見える。
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
生みの母親からも愛されず、小さいじぶんからしじみをとり、それを売りあるいた経験もある。そしてなによりも、おうめを愛しているということが大切だ。
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あの時分は川尻によしが生えてゐた。潟からは淺蜊あさりしじみはまぐりがよく獲れて、奇麗な模樣をした貝殼も多かつた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
午餐ごさんには諏訪湖のこひしじみとを馳走になつた。これは、『どうも何もなくていけないが、鯉と蜆でも食べて行つてくれたまへ』といふ赤彦君の心尽こころづくしであつた。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
太公望たいこうぼう然として百本杭にこいを釣つて居るのも面白いが小い子が破れたざるを持つてしじみを掘つて居るのも面白い。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「然し、こりゃいかにも潮干によさそうなところですな。——その辺掘ったらしじみがいるんじゃないですか」
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
また東京付近の田の溝に非常に多いしじみが、ここには貝殻ばかりしかないのには驚いた。私は生きた標本をさがそうと思って、柄杓ひしゃくでかきまわしたが、無駄だった。
彼はしじみのような黒いをして、いつものようにじっと夫人を見つめていた。夫人は再度拳銃けんじゅうを取りあげた。そして前よりももっと近く、すぐ猫の頭の上で発砲した。
ウォーソン夫人の黒猫 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「笹龍胆りんどう」や「いおりもっこ」の紋を染め出した白い幕が張ってあって、「大竹流」、「向かい流」という看板の出ている水練場で泳ぎながら帽子にいっぱいしじみが捕れ
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
浮洲には一面あしが茂っていて汐の引いた時には雨の日なぞにも本所へんまずしい女たちがしじみを取りに出て来たものであるが今では石垣を築いた埋立地になってしまったので
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それから車で大津に帰り、小蒸汽で石山に往って、水際みぎわの宿でひがいしじみの馳走になり、相乗車で義仲寺ぎちゅうじに立寄って宿に帰った。秋雨あきさめの降ったり止んだり淋しい日であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
宿の前の湖でとれた魚やしじみをいろいろに料理してたべさせてくれたのも嬉しかつた。私の行つた日の夕方からはら/\と雨が落ちて來て、翌朝はまたこの上ない晴であつた。
「大川には、浅いところもあるんだよ。僕たち、いつもそこでしじみをとるんだい。」
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
いたずらに壁破りの異名を高め、しじみ売りのずるい少年から、うそ身上噺みのうえばなしを聞いて、おいおい声を放って泣き、蜆を全部買いしめて、家へ持って帰って女房にょうぼうしかられ、三日のあいだ朝昼晩
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
国技館の天に朧銀おぼろぎんの縁をとった黒い雲が重なり合って、広い大川の水面にしじみ蝶の翼のような帆影が群っているのを眺めると、新蔵はいよいよ自分とお敏との生死の分れ目が近づいたような
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
家のうしろには流れの速い川があって、日常の生活はこれで足りていた。飲用にもなった。従弟いとこは自分のために、この川へ硝子罎ガラスびんを沈めてはやを取ったり、ざるを持ち出してしじみを拾ったりしてくれた。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
表の塩物やが野郎と一処に、しじみを買ひ出しては足の及ぶだけ担ぎ廻り、野郎が八銭うれば十銭の商ひは必らずある、一つは天道さまがやつこの孝行を見徹みとほしてか、となりかくなり薬代は三が働き
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
こんな日にはよくしじみ売りのお媼さんが来た。背中に大きなかますを背負って、真白になってやって来た。蜆や蜆——とぼとぼとお媼さんは呼び声だけを後に残して、影絵のように雪の中に消えて行った。
立春開門 (新字新仮名) / 河井寛次郎(著)
しじみの看板をかけた小料理屋を見つけて、奥の小座敷へ通されて夕飯を食っているうちに、萩を一ぱいに植え込んであるらしい庭先もすっかり暗くなって、庭も座敷も藪蚊の声に占領されてしまった。
半七捕物帳:19 お照の父 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
俺には、佐幕さばくの勤王のという資格がない。生まれついての鈍物どんぶつなのだ。鈍物なりに世間の邪魔にならないように、そして、自分のがらに合った世渡りを隅田川のしじみみたいに送りゃあいいと思っている。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
立ちました。大津はよい所でございます。瀬多のしじみが名物で……
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ぬかさめのちららにむすぶ雌雄めをのはな通草あけびはすがししじみいろの花
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
しじみ 七九・五七 一八・四〇 〇・八四 一・一九
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「このしじみ、壁で死ぬとはおもうまい」って。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
母親 えー次は斧足類ふそくるいはまぐりしじみに……。
新学期行進曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
手に満つるしじみうれしや友を呼ぶ 子規
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しじみの貝
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
私とそでを合わせて立った、たちばな八郎が、ついその番傘の下になる……しじみ剥身むきみゆだったのを笊に盛ってつくばっている親仁おやじに言った。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ええ。どこか探して引越しますよ」と彼は物憂ものうく答えた。「引越すとあなたからしじみもゆずって貰えなくなりますね」
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
栗の枝が吹き折られたこと、鳥がしじみからを落していったこと……それらは島の歴史に残るべき大きな出来事である。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
あの時分は川尻によしが生えていた。潟からは浅蜊あさりしじみはまぐりがよく獲れて、綺麗きれいな模様をした貝殻も多かった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
「こりゃあ頭いいところへきておくんなすった、しじみ河岸の道場にいた仁木にき先生ですぜ」
初午試合討ち (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これから針金や桟道の残っている岩壁の横を二度ばかり通って、草の茂った急崖を一息に下ると、しじみ谷の落口に当る本流の底に立った。そしてまじまじと四辺を見廻して悸とせずには居られなかった。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
諏訪すはのみづうみのどろふかく住みしとふしじみひぬ友がなさけに
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
ぬかさめのちららにむすぶ雌雄めをのはな通草あけびはすがししじみいろの花
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「諏訪にゃア名物のしじみがあらあ」
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
四丁目の角におふくろと二人でしじみかきいています、お福ッて、ちょいとぼッとりしたはまぐりがね、顔なんぞあたりに行ったのが、どうした拍子か
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝になると、昨日一日食べたしじみのからを、牡丹の根にしくために、彼は庭に降りて行った。冬に入る営みらしく、牡丹の幹は茶色にささくれ始めていた。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「深川のしじみっ食いが洒落れたことをぬかしゃあがる、冬木河岸が誰の繩張りだろうと、道は天下の往来だ、用があって通るのに、いちいち断わるなんてちょぼ一があるか、笑あせるな」
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
わびしかるべきくくだちのひたしもの、わけぎのぬたも蒔絵の中。惣菜そうざいもののしじみさえ、雛の御前おまえ罷出まかんづれば、黒小袖くろこそで浅葱あさぎえり。海のもの、山のもの。たかんなはだも美少年。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「おらあそれで七つの年からしじみを売りに出たもんだ」
泥棒と若殿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なるほどしじみなら重い筈だと思いながら。
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ひらひらと風次第になびくが見えたし、場処によると——あすこがもう水道橋——三崎稲荷いなりの朱の鳥居が、物干場の草原だの、浅蜊あさりしじみの貝殻の棄てたも交る、空地を通して
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しじみが鳴いていたのだ。
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)