葛籠つづら)” の例文
燈心に花が咲いて薄暗くなった、橙黄色だいだいいろの火が、黎明しののめの窓の明りと、等分に部屋を領している。夜具はもう夜具葛籠つづらにしまってある。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その時細君が取り出して来たいくつかの葛籠つづらを開けたら、種々反古やら、書き掛けたものやらが、部屋中一杯になるほど出て来た。
北村透谷の短き一生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
狭い家の中一パイに取散らかして、置舞台の上には、風呂敷包が二つ、葛籠つづらが一つ、引越しの手伝いを待つ風情に置いてあるのでした。
古い小袖を元のやうに古い葛籠つづらにしまひ終つた家人は片隅から一冊づつ古い書物を倉のなかへと運んでゐる。自分は又来年の虫干を待たう。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
六兵衛とは家扶かふ和田六兵衛のことで、支度というのを見ると釣竿らしい長い包のほかに、小さな葛籠つづらほどもある風呂敷包が二つもあった。
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
仏壇の抽斗ひきだしに百両、ボロ葛籠つづらの底から百両、あわせて二百両だけは見付け出しましたが、残りの四百両の隠し場所がわからない。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
けちなことをお言いなさんな、お民さん、阿母おふくろ行火あんかだというのに、押入には葛籠つづらへ入って、まだ蚊帳かやがあるという騒ぎだ。」
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さうしてまた、お鈴さんに連れられて、もとの小綺麗な茶の間にかへると、そこには、大小さまざまの葛籠つづらが並べられてある。
お伽草紙 (旧字旧仮名) / 太宰治(著)
そんならばことによると、自分が持って来た品物の中に、あの書付が残っているかも知れぬ。お絹は葛籠つづらをあけて証文箱を取り出しました。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、大通りの勢いのよい人たちに突きのめされながら、薄いきもの一枚で、葛籠つづらを肩にした青い少年がフラフラと現われた。
その身は東海道を下り、写本は葛籠つづらに納めて大回しの船に積みだせしが、不幸なるかな、遠州なだにおいて難船に及びたり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
丑年うしどしの母親は、しまいそうにしていた葛籠つづらの傍をまだもぞくさしていた。父親が二タ言三言小言こごとを言うと、母親も口のなかでぶつくさ言い出した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
玄関はたつみの方に向かへり。きはめて古き家なり。この家には出して見ればたたりありとて開かざる古文書の葛籠つづら一つあり。
遠野物語 (新字旧仮名) / 柳田国男(著)
商売用の葛籠つづらふたを引っくり返して、その中へ銭をバラでほうり込んで置く。そんな投げやりなことをしていのかと私は心配をして父に注意すると
軽い葛籠つづらを背負った舌切雀のはなしの中のおじいさんが、雀たちに送られて竹林を出て来る模様が古びている信玄袋です。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
僕の素人しろうと的の考えでは、潜在識せんざいしきは知識を、心という土蔵の奥にある葛籠つづらの中に入れて、しまいこんだように思われる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
中には箪笥たんす長持ながもち葛籠つづらの類があった。また祖父が集めた書画骨董の類があった。戸口のわきに二階に通ずる階段があった。二階は父の稽古場であった。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
葛籠つづらの紋やふろしきの染め抜きを見ると、これは、今夜の火事を出した火元とか噂をされていた田舎いなか廻りの旅役者、岩井染之助一座の河原者と思われる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先刻、出しかけていた衣裳葛籠つづらを肩にかついで、避難所へ急いだ。火勢は強まるばかりのようだ。張りめぐらされた交通遮断の綱の外に、見物人が密集している。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
どの女の葛籠つづらには麻布ぬのがどれだけ入つてゐるとか、また堅気な男が祭りに衣類なり家財なりの何品なにをいつたい酒場へ抵当かたに置いたとかいふことを、細大漏らさず知つてゐる。
新左衛門は家来に命じて屍骸を葛籠つづらへ。棄てにやる。もうおもてはしんしんと雪ふっている。
そこは長櫃ながもちの並んだ処で、長櫃の前には葛籠つづらが並んでいた。平吉はその間を入って往った。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そういうと、庵主は僕をさしまねいて、隣室の戸棚から、一つの葛籠つづらを下ろすと、これを弥陀の前にまで担がせた。僕が蓋を明けましょうかというと、まあ暫くといって止めた。
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ひいじいさんかが、切支丹キリシタンの邪宗に帰依きえしていたことがあって、古めかしい横文字の書物や、マリヤさまの像や、基督キリストさまのはりつけの絵などが、葛籠つづらの底に一杯しまってあるのですが
鏡地獄 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
俺の心に済まないから、どんなことがあっても、この金ばかりは決して使ってはならないと、お石に堅く云いつけて、彼は彼女に知らさないようにして、古葛籠つづらの底へ隠してしまった。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
一隅に小さい葛籠つづら、その傍に近所の人の情けでこしらえた蒲団ふとん赤児あかごがつぎはぎの着物を着て寝ていて、その向こうに一箇の囲炉裏いろり、黒い竹の自在鍵じざいかぎ黒猫くろねこのようになった土瓶どびんがかかっていて
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
箪笥たんす葛籠つづら等に納めおきし衣類が、いつの間にか怪しの穴あきて着ることのできぬようになり、柱に掛けておきたる衣類が、故なくして中央より切断してるなど、実に不思議にたえぬとて
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
(昔の名残りの葛籠つづらの底から、成田山の疵薬を出す。薬は辛うじて残っている)少しシミるけれど、もうこれで大丈夫、今、ゆわえといてあげるよ。(小布れを探して結えてやる)さあ、もういい。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
古行李や古葛籠つづら、焼焦だらけの畳の狼籍しているを横に見て
虫干や葛籠つづら払へば包熨斗つつみのし 鶴声
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
 表には葛籠つづらが置いてある。
武蔵旅日記 (新字新仮名) / 山中貞雄(著)
出代でかわりや春さめ/″\と古葛籠つづら
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
葛籠つづらにいつぱい綾錦あやにしき
とんぼの眼玉 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
古ぼけた箪笥たんすが二たさお、片方へゆがんだ茶箪笥、ふちの欠けた長持、塗のげた葛籠つづらなどが、幾つかの風呂敷包と共に壁にそって置いてある。
雪と泥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さうしてまた、お鈴さんに連れられて、もとの小綺麗な茶の間にかへると、そこには、大小さまざまの葛籠つづらが並べられてある。
お伽草紙 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
ある時おじさんがうんうんいって押入れの葛籠つづらを引っぱりだして暑いのに何をはじめたんですとおしょさんが小言をいった。
へッ、へッ、二十五両と稼いだのは悪くなかったぜ、——最初は葛籠つづらへ入れて船の中に飼っておいたが、知合いの船が五月蠅うるさくてかなわねエ。
革鞄かばんもござりますれば、貴女、煙草たばこ盆、枕、こりゃ慌てて抱えて出たものがあると見えます。葛籠つづら、風呂敷包、申上げます迄もござりません。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十畳の間、真中に紙張しちょうが吊ってあって、紙張の傍に朱漆しゅうるし井桁いげたの紋をつけた葛籠つづらが一つ、その向うに行燈あんどんが置いてある。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
怪我けがもしなかったことを私は安心しましたが、父はこんな突発的な場合にも素早く、馴れたものでそれというと、葛籠つづらの中の売りめを脇にはさんで
この純然たる浪人生活が三十年ばかり続いたのに、源吾は刀剣、紋附もんつきの衣類、上下かみしも等を葛籠つづら一つに収めて持っていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
二階は六疊一間ひとまで、うす暗い隅には葛籠つづらなどが置いてあつた。をぢさんも後からつゞいてあがつて、小幡の屋敷の奇怪な出來事について詳しく話した。
半七捕物帳:01 お文の魂 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
とまた松雲は静かに言い添えて、小さな葛籠つづら風呂敷包ふろしきづつみにしてあるのを取り出して来た。あだかも、和尚の本心はその中にこめてあるというふうに。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「京の梅渓家うめたにけから徳島へ依託されました三ツの葛籠つづらがございます。それも明日あしたの便船へ積みこむことになっておりますので、ひとつ、そいつをからくりして」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伽話おとぎばなしにある「舌切雀したきりすずめ」の葛籠つづらにいかなるものが潜在してあるかは、もらう人のあずかるところでないようなものの、その根本をただせばもらう人が入れ込むのである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
貴様の荷物と一処に乃公おれのこの葛籠つづらついでもっかえっれ。乃公おれはもう着換きがえが一、二枚あれば沢山たくさんだ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼方此方かなたこなたに響く鑿金槌のみかなづちの音につれて新しい材木のやににおいが鋭く人の鼻をつく中をば、引越の荷車は幾輛いくりょうとなく三升みますたちばな銀杏いちょうの葉などの紋所もんどころをつけた葛籠つづらを運んで来る。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
父親が箪笥たんす葛籠つづら造りの黒塗りのけんどんなどを持ち込み、小さい世帯しょたい道具は自身リヤカアで運び、くぎをうったり時計をかけたりしていたが、職人とも商人ともつかぬ
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
衣裳入れの葛籠つづらに手をかけたとき、金五郎は、背後から、頭へ、鳶口を打ちかけられた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そして、室の一方には蒲団を畳んで積み、衣類を入れた葛籠つづらを置き、鎧櫃よろいびつを置き、三尺ばかりの狭い床には天照大神宮てんしょうだいじんぐうの軸をかけて、其の下に真新しいさかきをさした徳利を置いてあった。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)