精神こころ)” の例文
斯うして半町も行った頃、大きな建物の前へ出たが、もう其時は脚ばかりで無く、体も精神こころも疲れ果てて、歩こうにも足が出なかった。
人間製造 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
多年の骨折から漸く得意の時代に入ろうとしている民助の前に、岸本は弟らしくむかい合った。つくづく彼は自分の精神こころの零落を感じた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
剣と人倫、剣と仏道、剣と芸術——あらゆるものを、一道と観じ来れば——剣の真髄しんずいは、政治まつりごと精神こころにも合致する。……それを信じた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身体からだは弱いけれども、精神こころの強い人はある。しかし霊性たましいの強い人は少ないものである。私たちの子供らをこの三つの力の強い人にしたい。
たましいの教育 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
その時分じぶん不安ふあん焦燥しょうそう無念むねん痛心つうしん……いまでこそすっかり精神こころ平静へいせいもどし、べつにくやしいとも、かなしいともおもわなくなりましたが
実はその手柄話を聞きたいが精神こころで、平馬殿に申し含めて、斯様かように引止めさせた訳じゃが……門弟共の心掛にもなるでのう
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
なんでもないのにさういふ雨垂れ落ちを古くとりべた心が、細かいところはどこまでも微かく行つた茶庭の精神こころを、しぶさ以上のしぶさで感じた。
故郷を辞す (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
祖母の話によると、君子の生まれるまでの母は精神こころというものをさきの世に忘れてきた人のように、従順ではあったが、阿呆あほうのようにも見えたそうな。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
精神こころは紛たる因縁にられで必死とばかり勤め励めば、さきの夜源太に面白からず思われしことの気にかからぬにはあらざれど、日ごろののっそりますます長じて
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「出して来ねえのか? そんなら自分で出して来るからいいで。貴様きさままで精神こころが腐りやがった。」
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
お母さんとて精神こころはただ民子のため政夫のためと一筋に思ってくれた事ですから、よしそれが思う様にならなかったとて、民子や私等が何とてお母さんを恨みましょう。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
なんの興味もない、針の先ほどの刺激もない一日々々の中に、その身が浸つて居ることを思ふと、体も精神こころもげんなりしてしまつて、何も彼もすつかりれきつてしまふ。
脱殻 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
換言すれば、われ等の教訓が、正しき理性の判断にえるか? 精神こころかてとしてれ丈の価値を有するか?——われ等の教訓の存在理由は、これをもって決定すべきである。
丸テーブルにひじを持たして、この静かさの夜にまさる境に、はばかりなき精神こころをおぼれしめた。この静かさのうちに、美禰子がいる。美禰子の影が次第にでき上がりつつある。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
只もう可愛い情夫おとこ、それは彼女の肉と精神こころのすべてを捧げた恋人であったのだ。彼は、逆上した瞬間に人をあやめた。しかしその恐ろしい負目おいめは、もう払ってしまったではないか。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
そうして私は、唯柔かい可愛らしい精神こころになって、蒲団を畳む手伝いまでしてやった。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
詰り、私の精神こころも、徒歩旅行が企てたくなつたのだ、喧嘩の対手が欲しくなつたのだ。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
仔細しさいらしく筮竹を捧げて、じっと精神こころを鎮めるこなしよろしくあって、老人は筮竹を二つに分けて一本を左の小指に、数えては算木をほどよくあしらって、首を傾けることしばらく
ところで、身体の病気を治療するには、外科、内科のいずれを問わず、医者が必要のように、精神こころの病気をいやすにも、やはり医者せんせいを要します。いずれも「先生」という医者が必要です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
それは、怖れにも似た精神こころの動揺であつたが、それはまた同時に、天の声を聞いたとも云へるやうな不思議な麻痺状態に違ひなかつた。彼女は、とられた手に力をいれて握り返さうとした。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
これぞこれ、に顕れしアラビヤが祖国くに精神こころぞ!
お富や子供らのこと考えるたびに、伊之助のわきの下には冷たいねばりけのある汗がわく。その汗は病と戦おうとする彼の精神こころから出る。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おことばの数々、よう分りました。——なれどお案じ下さるまい、物心ついてより持ち馴れている刀なので、その刀の精神こころ
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法術と云うてもその基本もと精神こころの工夫の鍛錬じゃ。精神こころが一ヵ所に集まって自我を一切忘却し、他物に自身を移した時、そこに法術が現われる。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
多くの人や子供をみているうちに、身体からだは十分に強くても精神こころの力の弱い人もあり、理性も研究心も強く鋭いのに霊性たましいの力の非常に弱い人もある。
たましいの教育 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
津の国を吹く風の音いろがすすきの穂がしらをしずかにゆすっては、はるかにすぎてゆくような遠い思いであった。とらえがたいものが物の精神こころになって見えて来た。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
平生へいぜいはちょいちょいわたくしのところへもおまいりにる、いたって温和おんわな、そして顔立かおだちもあまりわるくはないおんななのでございますのに、嫉妬しっとめにはんなにも精神こころくるって
民子のいやだという精神こころはよく判っているけれど、政夫さんの方は年も違い先の永いことだから、どうでも某の家へやりたいとは、戸村の人達は勿論親類までの希望であった。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
これらはみんなきさまに預くる、見たらば何かの足しにもなろ、と自己おの精神こころめたるものを惜しげもなしに譲りあたうる、胸の広さの頼もしきをせぬというにはあらざれど
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
が、詰り私は、身體は一時間も暇が無い程忙がしいが、爲る事成す事思ふ壺にはまつて、鏡の樣にいだ海を十日も二十日も航海する樣なので、何日しか精神こころが此無聊にんで來たのだ。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
「病は気から」ともいうように、私どもは健康たっしゃ精神こころによって、身体の病気を克服してゆかねばなりません。だから、医者と薬と養生の三つのなかで、いちばん必要なものは養生です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
三吉は家の内部なかを見廻した。彼とお雪の間に起った激しい感動や忿怒ふんぬは通過ぎた。愛欲はそれほど彼の精神こころを動揺させなく成った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一人と一人の太刀打すら、あれは剣でするのではない、精神こころでする。いわんや、戦を眼でするか、眼で采配がとれようか。
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが余りにも浮藻の精神こころが、その容貌や姿と同じに、清浄きよらかであり無邪気だったので、あべこべに感化されてしまった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やや極端にいえば身体からだ精神こころ霊性たましいと、この三つを含む活力を強くしてやりさえすれば、そのほかのことは何もいらないと思ってもよいほどである。
たましいの教育 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
が、そのうち、あの最初さいしょ精神こころ暴風雨あらし次第しだいおさまるにつれて、わたくしきずつけられた頭脳あたまにもすこしづつ人心地ひとごこちてまいりました。うとうとしながらもわたくしかんがえました。——
が、詰り私は、身体は一時間も暇が無い程急がしいが、為る事成す事思ふ壺に篏つて、鏡の様に凪いだ海を十日も二十日も航海する様なので、何日しか精神こころが此無聊ぶれうに倦んで来たのだ。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それが所詮「ごう」です。はては、他人さまにも迷惑をかけ、自己おのれも苦しむのです。経済上の苦しみはいうまでもありません。身体も精神こころも、苦しめるようになるのです。これがいわゆる「苦」です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
樹はみな精神こころにあつまり
抒情小曲集:04 抒情小曲集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
容易に三吉が精神こころの動揺は静まらなかった。彼は井戸端へ出て、冷い水の中へ手足を突浸つきひたしたり、乾いた髪を湿したりして来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いやいや、筑前どのには、それが結構茶の精神こころかなっているものでしょう。無法の法です。無規格の中の大規格です。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「常陸は立派な侍じゃ、器量は五右衛門には劣っているが精神こころの潔白はたぐいない。立派な主人を持たせたいものじゃ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
どうかすると自分ながら驚くばかり放肆ほしいままな想像——そういうものが抑えに抑えようとしている精神こころの力を破って紙の上にほとばしって出て来ていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「この国のあらん限り、世のさまはどう変ろうと、剣の道——ますらおの精神こころの道が——無用な技事わざごとになり終ろうか」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はすっかり驚きもしたが、其拍子に精神こころが引締りもした。で彼は素早く眼を配って四辺あたりの様子を窺った。其処は何うやら裏庭らしく桐の木が矗々すくすくと立っている。
人間製造 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その日、曾根は興奮した精神こころ状態ありさまにあった。どうかすると、悲哀かなしみの底から浮び上ったように笑って、男というものを嘲るような語気で話した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この君の精神こころをとおし、この殿の将来をとおし、自分の理想は、何らかのかたちで世に行われよう。自分はこの喬木きょうぼくを大ならしめる根もとの肥料こえであっていい。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
引締まった精神こころも、余りの空腹と疲労つかれめに、復もだらけて朦朧となり、虫の好いこんな事を考えながら、彼はフラフラと入口から廊下の方へ這入はいって行った。
人間製造 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一時いっときも油断をなさらない真面目まじめ精神こころの旦那様が、こうした御顔でいらっしゃるということは、不思議なようでした。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
吾々のく日に、三平殿もまことの死を遂げるというもの。……この純情な精神こころは、拙者たちが血の中にうけて、屹度きっと、御子息の薄命を犬死にはおさせ申さぬ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)