米櫃こめびつ)” の例文
二畳の部屋には、土釜どがまや茶碗や、ボール箱の米櫃こめびつ行李こうりや、そうして小さい机が、まるで一生の私の負債のようにがんばっている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
十数箇年に亘る此の間の私の米櫃こめびつ仕事は、半分は父の意見に従い、半分は自分の審美判断に従った中途半端な、そういう原型物であった。
自作肖像漫談 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
太夫元の藤六は、米櫃こめびつのお松に死なれた上、うんと儲かつてゐた小屋にケチが付くのを心配して、すつかりしをれ返つて居ります。
机一つと米櫃こめびつ一つ置いてある。側は土間になって居る。土間には轆轤ろくろ台と陶土、出来上った急須きゅうすや茶碗も五つ六つ並んでいる。
ある日の蓮月尼 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一人の私が遊んで居りまして、もう一人の私がせッせと稼いで居りますれば、まア米櫃こめびつの心配はないようなもので、誠に結構な訳なんですが
それは別当の虎吉が、自分の米を主人の米櫃こめびつに一しょに入れて置くという事実である。虎吉の給料には食料が這入っている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
これは私がもはや浪人しておらんからで、東京美術学校へ奉職して、どうやら米櫃こめびつには心配がなくなったからであります。
いわゆる文壇の不振とは、文壇に提供せられたる作物の不振ではない。作物を買ってやる財嚢ざいのうの不振である。文士からいえば米櫃こめびつの不振である。
文芸委員は何をするか (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その人の芸人はだと来たら、米櫃こめびつに米がなくなっても、やわらか物は着通し、かりん胴の大切な三味線しゃみせんを質に入れて置いて
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
米櫃こめびつへ米は取っても、男世帯なので、晩飯はよく外へ喰べに出かけた。西両国の屋台だの、薬研堀やげんぼりあたりの茶飯屋などへ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
云々というのが大体であるが、勝川春章に追われてから真のご難場なんばが来たのであった。要するに師匠と離れると共に米櫃こめびつの方にも離れたのである。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
翌朝、一升五合炊もはいろうと思う大きな米櫃こめびつへ、白い飯を山盛りいれて出してくれた。そのときの、下仁田葱の熱い味噌汁の味がいまでも忘れられない。
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「こんなにさへしておくと、鼠も温和おとなしいもので、米櫃こめびつ一つかじらなくなる。お蔭で猫なぞ飼はなくともいい。」
見し長火鉢のかげも無く、今戸焼の四角なるを同じなりの箱に入れて、これがそもそもこのいへの道具らしき物、聞けば米櫃こめびつも無きよし、さりとは悲しき成ゆき
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
空行李、空葛籠からつづら米櫃こめびつ、釜、其他目ぼしい台所道具の一切を道具屋に売払って、三百に押かけられないうちにと思って、家を締切って八時近くに彼等は家を出た。
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
人間、喰えるか喰えないか……最後の米櫃こめびつを、取上げられるか、られないかのドタン場まで来ると、こうも真剣になるものかと、我ながら感涙にむせぶばかり……。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
朝け夕けの常の飯料はんりょうは、ふつうにはげびつまたは糧米櫃ろうまいびつ、すなわち今いう米櫃こめびつの中に入れてあって、それにはざっと二合半入りの、大きな木のわんを添えて置いて
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「半焼けの米櫃こめびつ、焼け米、そこらを掘ると、卵子たまごが出てくる筈だ。みんなこの際、立派な食料品だ」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私の知っているあるお婆さんは、そら火事だというのに、うろたえて了って、いきなり米櫃こめびつの前へ行って、丹念にお米を量ってはおけの中へ入れていたって云いますよ。
恐ろしき錯誤 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
茶釜がなくなつてゐたり、米櫃こめびつふたがあいてゐたり、仏壇の下の抽出ひきだしが、ひき出したままになつてゐたり、——さういふことで泥棒が訪ねて来たことはわかるのである。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
其樣そん心算つもりではなかつたから、お大は繁々しげ/\かねへ呼出をかける。第一大切の米櫃こめびつなくして了つては、此先生活の道がないので、見かけによらぬ氣の小いお大は、氣が氣でない。
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
米櫃こめびつに責められ、脱稿の目あても立たぬうちから校正が山を積み、君いくら苦労したって誰も君の作とは思っちゃれんよと友人に笑われ、すらすら読めるから不可いかんと叱られ
翻訳遅疑の説 (新字新仮名) / 神西清(著)
台所へ突進するとお米の袋をほうり出し、しばらくは凝然ぎょうぜんとして銅像の如く突っ立っていたが、やがて未練らしく米櫃こめびつふたを取って、緞帳どんちょう芝居の松王丸よろしく、怖々に内部をうかが
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
青木は井筒屋の米櫃こめびつでもあったし、また吉弥の旦那をもって得々としていたのである。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
毎日商賣にも出られないで、米櫃こめびつががた付いてゐる最中に、朝から酒を買への何のと勝手な熱ばかり吹くから、あたしが少し口答へをすると、すぐに生かすの殺すのといふ騷ぎさ。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
米櫃こめびつをまき上げやがって、森の中で人を脅かしやがって、そのくせ人が落ちぶれてると、大きすぎる外套がいとうだの病院にあるようなぼろ毛布を二枚持ってきて、すました顔をしてやがる。
米櫃こめびつの蓋をとってますで計ってみている妻の手つきがかたかた寒い音を立てている。
右馬うまかみあしく金もいまは持たなかった。たくわえの米櫃こめびつにこおろぎが鳴き、生絹すずしはたけの揃わぬ青菜の枯れ葉をすぐるのに、爪のあいだに泥をそめた。それもいとわぬすなおな女だった。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「僕が出世前だからでしょう、御教訓によって米櫃こめびつも買いません。」
たのしみはあき米櫃こめびつに米いでき今一月はよしといふ時
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
米櫃こめびつも空っぽみてえだが、米もねえのか」
泥棒と若殿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
太夫元の藤六は、米櫃こめびつのお松に死なれた上、うんともうかっていた小屋にケチが付くのを心配して、すっかりしおれ返っております。
親方の米櫃こめびつからだとみえる。——左次郎はそんなことを考えながら、銅鑼という通称をとった彼の菊花石あばたを眺めていた。
醤油仏 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
内儀「賤しいたって貴方、お米を買うことが出来ませんよ、今日も米櫃こめびつを払って、お粥にして上げましたので」
梅若七兵衛 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
で、ぢき二つの袋はいつぱいになり、そのつど菊次さんは、お寺のお庫裡くり米櫃こめびつまで、お米をあけにいかねばなりませんでした。日暮までに菊次さんは、五へん通ひました。
百姓の足、坊さんの足 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
小倉に来てから、始てまとまった一月間の費用を調べることが出来るのである。春を呼んで、米はどうなっているかと問うてみると、丁度米櫃こめびつからになって、跡は明日あした持って来るのだと云う。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
箪笥たんす長持ながもちはもとよりるべきいゑならねど、長火鉢ながひばちのかげもく、今戸燒いまどやきの四かくなるをおななりはこれて、これがそも/\此家このいへ道具だうぐらしきものけば米櫃こめびつきよし、さりとはかなしきなりゆき
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
メリハルはポリドールの近頃の米櫃こめびつであるが、フリードのように達者で融通の利く人であると共に、生真面目きまじめな、親しみの持てる指揮者だ。
良寛さんは庵にもどつて来ると、米櫃こめびつふたをあけて見た。托鉢たくはつで貰つて来たお米が、底にちらばつてゐる。櫃をかたげて片隅かたすみによせて見ると、まだ二日分位は、あることがわかつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
自分が喰べずに米櫃こめびつを払ってお粥にして父に喰べさせても、おのれはおなかが空いた顔を父に見せません、近処でも是を知って可哀想に思って居りますがき其の裏に五斗俵市ごとびょういちと云う人がございます。
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「冗談じゃありませんよ、親分、米櫃こめびつは空っぽですよ、下手人が七日も挙がらなかった日にゃ、あっしは干乾ひぼしだ」
噂に聽けば、何んでも俺をうんと怨んでゐるさうだ。米櫃こめびつを取られたんだから、それも無理はあるまい。ハツハツハツ、だが、落ち果てても庵平太郎武士の端くれだ。
カルーソーのレコードは一時ビクター会社の米櫃こめびつになったもので、カルーソーの死後その遺族の受取った印税は年額二十万円乃至ないし五十万円に上ったということであった。
「そのことで、落膽がつかりして居ります。この小屋に取つては大事な米櫃こめびつで、へえ」
「藤六は自分の米櫃こめびつを殺すはずはない」
「藤六は自分の米櫃こめびつを殺す筈はない」