おい)” の例文
まもなくうちから持って来た花瓶にそれをさして、へやのすみの洗面台にのせた。同じ日においのNが西洋種のらんはちを持って来てくれた。
病室の花 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「——そのうえ店のこと万端取仕切っているおいの吉三郎さんが、大坂へ商売用で行っているとかで、迎えの飛脚を出す騒ぎでしたよ」
皆で力を貸して守立てようってことになり、おかみさんのおいに当るとかいう今の旦那を養子に入れて、店を続けることになったんです
夜の蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さらに頼朝の兄、信田三郎先生義憲しだのさぶろうせんじょうよしのりを尋ねて信田しだの浮島へ下り、木曽冠者義仲もおいなので令旨を伝えようと、行家は中山道へ赴いた。
九郎右衛門は是非なくおいの事を思い棄てて、江戸へ立つ支度をした。路銀は使い果しても、用心金ようじんきんと衣類腰の物とには手は着けない。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
だから津田は手もなくこの叔父に育て上げられたようなものであった。したがって二人の関係は普通の叔父おいいきを通り越していた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
権右衛門はハッと思って透かして見ると、雨龍のおいで非常な腕ききなところから、投げ槍小六と異名されている郷士の一人であった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おいめいの白痴であることを話しだし、どうにかしてこれにいくぶんの教育を加えることはできないものかと、私に相談をしました。
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その目見得の晩に私のおいが急性腸胃加答児ちょういかたるを発したので、夜半よなかに医師を呼んで灌腸をするやら注射をするやら、一家が徹夜で立騒いだ。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おいに留守を頼んで置いて、一寸三吉は新宿の停車場ステーションまで妻子を送りに行った。帰って見ると、正太は用事ありげに叔父を待受けていた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その間の長さと申しましたら、橋の下の私のおいには、体中の筋骨すじぼねが妙にむずがゆくなったくらい、待ち遠しかったそうでございます。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それはジルノルマン氏の父方ちちかたの系統で、おいの子に当たり、一族の外にあって、いずれの家庭からも遠く離れ、兵営の生活を送っていた。
それは彼の伯母が「お上からの仰せつけで」自分のおいが名誉ある仕事を「お引きうけ申し」ている事を近所にふれ回したからであった。
町を通るついでに、いつものとおり、妹とおいとを抱擁しにやって来たのであった。でも翌朝はまた出かけると、前もって言っておいた。
「ああ、それは私の弟だ。お前は、まあ、私のおいだったんだね。私は、しばらく外国へ行っていた、お前の伯父おじさんなんだよ。」
叔父おじさんは、博物館はくぶつかんほう名残惜なごりおしそうに、もう一見返みかえったが、ついおいあとからついて美術館びじゅつかんぐちをはいってゆきました。
町の真理 (新字新仮名) / 小川未明(著)
笹村のおいが一人、田舎いなかから出て来たころには家が狭いので、一緒にいた深山みやまという友人は同じ長屋の別の家に住むことになった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おいが死んだ。従弟いとこが死んだ。私は、それらを風聞に依って知った。早くから、故郷の人たちとは、すべて音信不通になっていたのである。
女はそれからうえ云うのをいとうように口をつぐんだ。父親はふと伯父おいおかへあがって道楽でもするのであるまいかと思った。
参宮がえり (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いいえ、それがちっとも不審ではござりませぬ。あれなる番頭十兵衛は、先代のおいでござりまして、口やかましく身代の管理を
出張の途次、余を訪いたるおいの政利も、その隊に加わらむとせり。余無事に旭川に戻りて、甥は愁眉を開き、有志も安心せり。
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
叔父おじのリチャード・ロイドはそのおいを理想的に育て上げることを神聖かつ最高の義務と信じて、これにその一身をささげた。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
晩年は藤森とかいう自分の血すじのおいを近づけていたが、その甥は鉱山かなんかに手を出し、失敗して、それきり失踪しっそうしてしまったそうである。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「ながまさこそかたきだけれども子どもになんの罪があろう、わたしにはおいになるのだからいとおしゅうてたずねるのだ」
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
福田氏は、数字が「九」まで進んだ時、もう我慢がし切れなくなって、おいの玉村二郎じろうを呼びよせて、この快活な若者の智恵を借りることにした。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その「おひげの伯父」(おいたちはそう呼んでいた。)の物静かさに対して、上の伯父の狂躁性を帯びた峻厳が、彼には、大人げなく見えたのである。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
幸いオークランドに小農地を持ってとにかく暮らしを立てているおいを尋ねて厄介やっかいになる事になったので、礼かたがた暇乞いとまごいに来たというのだった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
広島の兄からは、間近に迫ったおいの結婚式に戻って来ないかと問合せの手紙が来ていた。倉敷の妹からも、その途中彼に立寄ってくれと云って来た。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
蘿月はその頃お豊の家を訪ねた時にはきまっておいの長吉とお糸をつれては奥山おくやま佐竹さたけぱら見世物みせものを見に行ったのだ。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
何故だかわからないままになっているのです……しかしタッタ一人その源次郎氏のおいというのが残っていたそうです。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「わしのおいなんだよ」と、叔父は言った。「いっしょに連れてきたよ」そして、紹介した。「業務主任ヨーゼフ・K」
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
彼の作品に比すれば、その孫の光甫こうほおいの子光琳こうりんおよび乾山けんざんの立派な作もほとんど光を失うのである。いわゆる光琳派はすべて、茶道の表現である。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
御孫である左大将家の長男次男は紫夫人のおいとしても、主催者の子としても席上の用にいろいろと立ち働いていた。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
血のつながりのない他人よりも、おいを子供に迎えたいというのは当然なことである。しかし栄介の父母はそれに対して、若干のこだわりを感じたらしい。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
息子とおいに見送られて発車した西川夫婦は、長いこと無言で考え込んでいた。無論我儘な独息子の身の上である。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
司令官も、一彦が帆村探偵のおいであることは、よく知っていました。この少年が、なにをいいだすやらと、急に顔をにこにこさせて一彦をながめました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
女が酒の醸造をつかさどったことは、近昔の文学では狂言の「うばが酒」に実例がある。無頼ぶらいおいが鬼の面をかぶり、伯母おばの老女をおどして貯えの酒を飲むのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
火事場の中には、テンコツさん一家の一人に、肺病で寝ている、来春大学を出る法律書生の、父のたった一人のおいもいたから、家のものは案じきっていた。
店を弟子でありおいでもある現マネージャア、ヂュプラにゆずって生れ故郷のブレターニュのルンヌスに引退した。
食魔に贈る (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかるにそのおいなる田崎某たざきぼう妾に向かいて、ある遊廓にひそめるよし告げければ、妾先ず行きて磯山の在否を問いしに、待合まちあい女将おかみで来りて、あらずと弁ず。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
有家だけが六条家の人だが、これも歌の上では定家についてきている人で、そのおい知家ともいえは定家の門人になった。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
しかもその婿さんというのは、継母おっかさんのおいだったんですからね。私はこうして、今に恋というものを知らないんですよ。ふみさん。つまんないわねえ……。
兄の子供の新太郎に忠次郎といって彼にはおいに当る相棒がいたが、ある日忠次郎を相手に剣術を使ったら、出会い頭に胴をぶん殴られて目をまわしてしまった。
安吾史譚:05 勝夢酔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
この六日はしもの河原で年に一度の花火の大会があるはずであった。名古屋のおいたちや隆太郎にも見に来るように通知はしたが、それもどうやら怪しくなって来る。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
このうちは旦那様、停車場ステエション前に旅籠屋はたごやをいたしております、おいのものでもわたくしはまあその厄介でございます。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
丁度ドストエフスキーの『しいたげられた人々』中のイユメニエフという老人が青年作家たる若いおいの評判高い処女作を読んで意外な作才に驚くと同一の趣きがあった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
それじゃア此の布子ぬのこを貸せと云ってはア何でも持出して遣い果したあとで、何うにも斯うにも仕方が無いが、まア真実のおいだからと云って文吉も可愛がって居たゞが
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
けれども血はつながらずとも縁あッて叔母となりおいとなりして見れば、そうしたもんじゃア有りません。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
されどもこなたへはたやすく顔も出さざるを、世間気質かたぎの善平は大いに面白からず思いぬ。第一不断からおれを軽蔑けいべつして、と伯父おいの間は次第にむずかしくならんとす。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
其墓場の一端には、彼がおいの墓もあった。甥と云っても一つ違い、五つ六つの叔父おじ甥は常に共に遊んだ。ある時叔父は筆のじくを甥に与えて、犬の如くくわえて振れと命じた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)