灰燼かいじん)” の例文
けばこのむらはかつて壯丁そうてい多數たすう出漁中しゆつりようちゆうしつして全村ぜんそん灰燼かいじんしたことがあるさうで、これにかんがみて其後そのご女子じよし消防隊しようぼうたいをも編成へんせい
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
賊の巣窟は「人間改造術」の器具薬品と共に、さる火を失して、灰燼かいじんに帰した。悪魔の陰謀は跡方もなく亡びてしまったのだ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「石山の法城を中心に、方八町の門前町、そのほか浪華なにわ三里の内の町屋、港、橋々などを、兵火にかけて、灰燼かいじんとするも惜しい」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それらのあらゆる論告のはしくれは、かくのごとく一掃されて灰燼かいじんになる。すべてのへりくつは論理の鎧袖一触がいしゅういっしょくで解決される。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
江戸城も虎ノ門はじめ、日比谷、馬場先、桜田、和田倉、常盤橋、神田橋、などの諸門が焼け、その各門内にある諸侯の藩邸は灰燼かいじんとなった。
みずぐるま (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その名箏めいそうも、あの大正十二年の大震災に灰燼かいじんになってしまった。そればかりではないあの黒い門もなにもかも、一切合切いっさいがっさい燃えてしまったのだ。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
同時に下に吹きだした黒い煤や白い灰にへだてられて、しばらくは何物とも見分けがたかったけれど、その灰燼かいじんがややしずまり
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この後の成り行きは寒心すべきものありといえども、兎に角、この風とこの雨となかりせば、物は火炎の中に灰燼かいじんし、人は焦熱の中に死すべかりしなり。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
独軍の空襲は、分けても倫敦周辺の地区に於いて苛烈かれつを極めるであろうから、あの豪壮なカタリナの邸宅なども一朝にして灰燼かいじんに帰するであろう。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
令息武矩たけのり(三歳)はいかなる家族の手落からか、猛火の中の二階に残され、すでに灰燼かいじんとなろうとしたところを、一匹の黒犬のためにくわえ出された。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
太子薨去こうきょの後、御遺族は悉く蘇我入鹿そがのいるかのため滅ぼされ、斑鳩宮もむろん灰燼かいじんに帰したのであるが、およそ百年後の奈良朝にいたって再建された夢殿が
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
徳川三百年の由緒を語る御霊屋おたまやを除き、本堂、庫裡くり、護国堂等壮麗なる七堂伽藍がらんいっさいを灰燼かいじんに帰せしめた。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ついに戦禍に対する保護も充分に講ぜず、あたら灰燼かいじんにまかせてしまったのは、実に惜しんでも惜しみきれません。どこまでも充全な保護を加えるべきでした。
沖縄の思い出 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
大正の大震火災では、東京が灰燼かいじんになったと見ると、一目散に東京を飛び出して、五人十人二十人三十人と醜業婦を仕入れて帰って来て大金儲けをしたものが多い。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
あたりを兵乱のちまたと化し、無辜むこの民を死傷させ、城地を灰燼かいじんに帰するには忍びないのみか、その災禍が外人に及んだら、どんな国難をかもさないものでもないとは
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それを天からの授かり物のように大切にして長崎に行った時にもやはり一しょに持って歩いていたほどであったが、大正十三年暮の火災のとき灰燼かいじんになってしまった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
家々に重代伝わる家宝のたぐいは勿論、日記も、書類も、持出す暇はなく、全て灰燼かいじんに帰した。
天明八年の火事とは、正月みそか洛東団栗辻らくとうどんぐりつじから起って、全都を灰燼かいじんに化せしめたものをいうのである。幕府はこの答に満足せずに、似寄によりの品でもいから出せと誅求ちゅうきゅうした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
なにもかもが灰燼かいじんして、ただ玄関の三和土たたきに置いてあった傘桶だけが焼け残っていた。広場の池には、ふくれあがった死体がいっぱい浮んでいた。私は吐きそうになった。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
そのために老医師が二十数年もかかって研究して書いていた論文がすっかり灰燼かいじんに帰したことなどを話した、爺やの話の様子では、どうも村の者が放火したらしくも見える。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
灰燼かいじんに帰した広島の家のありさまは、私には殆ど想い出すことがなかった。が、夜明の夢ではよく崩壊直後の家屋が現れた。そこには散乱しながらも、いろんな貴重品があった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
……「この家は焼ける」と思うとともに、灰燼かいじんになった屋敷跡が彼れの心に浮んだ。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
已に半世紀近き以前一種の政治的革命が東叡山とうえいざん大伽藍だいがらん灰燼かいじんとなしてしまった。
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あっという間に家蔵はもとより、何一つ取り出す暇もなくすべて灰燼かいじんに帰したばかりか、主人夫婦から男衆小僧にいたるまで、烈風中の焔に巻かれて皆あえない最後を遂げたのだった。
最初私がこの観音の灰燼かいじんに帰しようとする危うい所をお扶けしようとした一念が届いて、かくは私と離れがたない因縁を作っているように思い、甚だ奇異の感を深くするわけであります。
振蕩しんたうするやうな時があつたり、萎縮して了ふやうな時が来たりして、もはや火もなくなつた、もはや全く灰燼かいじんになつた、さう思つてゐた心の場所から、忽ち山風にあほり立てられるやうに
作者の言葉 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
更にさかのぼって、保元平治の乱となり、両六波羅の滅亡となって、堂塔伽藍どうとうがらんも、仏像経巻も挙げて灰燼かいじんに帰するの日がなしと誰が断言する——不破の関守氏は仮りにその時を予想しているのである。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そうしてついに大正十二年の劫火ごうかって、灰燼かいじんに帰し去ったのである。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大坂人は、大坂城の灰燼かいじんを惜しみ、露八は、それを捨てて、夜逃げ同様に落ちたという慶喜公の姿をしのんで眼をしばたたいた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうしてついに用意した紙や、銅版等悉皆しっかい戦災をうけて灰燼かいじんに帰したのでついに昭和二十六年に一旦中止するに至った。しかし一、二年のうちに再起したい念願である。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
古くからの、そして充実した町であっただけに灰燼かいじんに帰した今日、口惜しさがこみあげてくる。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
もし新一がこのことを気附かなかったならば、大和航空機製作所は一夜にして灰燼かいじんに帰していたかも知れないのである。その功績、まことに顕著と云わなければならない。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これで灰燼かいじんに帰したのは、本覚院、成喜院じょうきいん、真如院、鐘楼、護法善神の社壇、新熊野の宝殿など、もろもろの堂舎塔廟六百三十七むね、それに大津の民家一千八百五十三家
一度灰燼かいじんとなった吾が大和民族の中央都市が、かような活力と元気とに依って溌溂と蘇らせられつつあるのを見ると、真に涙ぐましい程の心強さと嬉しさを感じさせられる。
灰燼かいじんちまたと化し去ることを免れた旅窓の外に見える町々も、変らずにある部屋の内の道具も、もう一度彼を迎えてくれるかのように見えた。ピアノを復習さらう音がた聞えて来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ついに皇極天皇の二年十一月、入鹿は軍勢をして斑鳩宮いかるがのみやを襲わしめこれを灰燼かいじんに帰した。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ある雪上ゆきあがりの午前だった。保吉やすきちは物理の教官室の椅子いすにストオヴの火を眺めていた。ストオヴの火は息をするように、とろとろと黄色きいろに燃え上ったり、どす黒い灰燼かいじんに沈んだりした。
寒さ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
弘化三年丙午正月十五日、本郷丸山ほんごうまるやまから起った火災は江戸大火中の大火に数えられているものである。湯島ゆしまの聖堂は幸にして類焼を免れたが昌平黌しょうへいこうの校舎と寄宿寮とは共に灰燼かいじんとなった。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
介錯かいしゃくした者は誰であったか、そんな名前もげてないし、夫婦の首や屍骸についても、焼け跡をくまなく捜索したにも拘わらず、全く灰燼かいじんに帰したと見えて何も出て来なかったと記している。
お江戸は灰燼かいじん、その時どうする
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
『まったく、諸国から出た皇帝が立ち皇帝に亡ぼされ、そのたびに何億という人民の膏血こうけつで築かれた皇城が一夜の灰燼かいじんになってしまっている』
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
理解と沈着と果断とが、紙のように燃えやすい市街を、灰燼かいじんから辛うじて救っているのだった。
空襲下の日本 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ただこれとほとんど同時に出すはずでありました更に大きな著書『民藝図録、現在篇』は、不幸にも原稿の全部が灰燼かいじんに帰しました。長年の努力に成っただけに深い痛手でありました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ところでかく身命をつくして造営された大伽藍が、一朝にして灰燼かいじんに帰したのは、治承四年十二月二十八日のことである。すでに四百三十年の歳月が流れ、ころは源平合戦の平安末期に移る。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
そこらの死者にも、灰燼かいじんにも、また生ける人影へも、秀吉は詫びつつ馬を歩ませていた。そのうちに彼は何を見かけたか
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
非常な労苦と莫大な費用とが空しく灰燼かいじんに帰して、民がわざわいに志を弱めた時、それらの出来事をほとんど一顧にだにせず、たちどころにその遂行を迫った大院君の意志を覚えているであろう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
おそらく合計して百トンの上にのぼる、爆弾だった。帝都でさえ五トンの爆弾で、灰燼かいじんになる筈であった。百噸を一度に投下するときは、房総半島ぼうそうはんとうなんか、千切ちぎれて飛んでしまいそうに、思われた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
北京府ほっけいふの大半は匪賊ひぞくのために灰燼かいじんとなり、官民の死傷は万を超え、自分たち夫妻が助かったのもまったく奇蹟なほどで
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この辺の村落はことごとく敵に焼かれていた。秀吉はつぶさに見つつ折々いたむ眉をしていた。わけて今市の町へかかると、灰燼かいじんのほか眼にふれる物もなかった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「青州の灰燼かいじんには、さだめし仰天なされたであろうが、仔細はあとで申しあげる。われらはお迎えに出ていたもの。ともあれ、再び山寨さんさいへお戻りください」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)