洋袴ズボン)” の例文
ことに洋袴ズボンは薄茶色に竪溝たてみぞの通った調馬師でなければ穿かないものであった。しかし当時の彼はそれを着て得意に手を引かれて歩いた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
風のかげんか、省線の電車の音が轟々がうがうと耳につく。蒲団の上にぬぎつぱなしの二人の洋袴ズボンが、人間よりもかへつて生々とみだらにみえた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
彼は、刑事がするがままに、外套と上着と短衣チョッキ洋袴ズボンとの衣嚢をのこらず裏返して紙屑一つあまさず所持品という所持品を悉く没収された。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
彼の上品な洋袴ズボンはところどころ裂け、洋杖ケーンを握るこぶしにはきずができて血が流れだしたけれど、一郎はまるでそれを意に留めないように見えた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二人とも「銀鼠色のルパシュカ」「紺のビロオドの洋袴ズボン」といふ、想像する丈でも失笑を禁じ得ないみなりをしてゐる。
「大奥様、わたくし確かに殿下と、れ違いましたんです。決して、間違いではございませんです、紅い筋の入った、緑色の洋袴ズボンをお召しになりまして」
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
門扉をとざした Villa〔別荘〕、木蔭の小さい家、家、家、ボヘミア風の帽子をかぶり、半洋袴ズボンをはいた男がパイプをくわえてリュックサックを負うて通る。
チェッコの男は支那の靴を常用し、もうひとりいる独逸人はゴルフ洋袴ズボンに身を固め、支那人T博士は各国語をあやつり一車中の代弁をつとめる。それに私たち夫婦。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
ドロシイの肌着と下穿きズロウスだった。これに勢いを得たフレッド・ドウマイアは、洋袴ズボンを捲くり上げて川の中へ這入ってみた。暫らく足で川底を探ぐって歩き廻っていた。
双面獣 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
無造作にその上をこすつた手を、つぎの多い洋袴ズボンになすりつけ、洋袴の裾を高くたくつた。
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
こういって、その人は、洋袴ズボンをまくって見せようとしたので、車掌は始めて顔を和げ
猫と村正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
掌で洋袴ズボンをしきりにこすり、彼は全身の重心を片足のかかとにかけていた。火影の乱れが彼の表情を不安定なものに見せたが、やがてうすぼんやりした笑いが彼の頬に突然浮んで消えた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
彼が最後に書物を買った時は、チョッキから、上衣から洋袴ズボンから、外套まで、小型の奴は悉くポケットに詰め込み、大冊は両わきに抱えたので、何処の辻馬車の馭者ぎょしゃも彼を乗せる事を拒んだ。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
二人はそのせなまたぐと、いきなり洋袴ズボンの隠しから骰子さいころを掴み出した。そして
それから後ろの襟へかかったところまで長く撫で下ろした髪の末端を、こてを当てたものかのように軽く捲き上げていました。身につけているのも筒袖の着物と羽織に、太い洋袴ズボン穿いています。
解剖着の下にまん丸く膨れております洋袴ズボンのポケットにその手を突込んで、色々な品物を取出しながら、一つ一つかたわらの木机の上に並べました。白髪染しらがぞめの薬瓶と竹の歯ブラシ。三四本の新しい筆。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
身長五尺の上を出る事正に零寸零分、埃と垢で縞目も見えぬも木綿の袷を着て、帶にして居るのは巾狹き牛皮の胴締、裾からは白い小倉の洋袴ズボンの太いのが七八寸も出て居る。足袋は無論穿て居ない。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
宗近君はずんどぎり洋袴ズボンを二本ぬっと立てた。仏見笑ぶっけんしょう二人静ふたりしずか蜆子和尚けんすおしょうきた布袋ほていの置物を残して廊下つづきを中二階ちゅうにかいへ上る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふわふわしたクッションに腰を掛けると、半洋袴ズボンの啓吉は、泥に汚れた自分の脚を、母親に気取られないようにしては、唾でそっとしめした。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
突っ立ったまま腕を水平に洋袴ズボンポケット上衣うわぎ、伯爵は身体を探らせている。別に兇器きょうきを帯びている気配もない。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
硝子ガラスがガタガタ鳴った。洋袴ズボンのポケットへ両手を突こみ、社長が窓から外を眺めていた。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
額部へ汗の粒が染み出て来て洋袴ズボンのポケットからハンケチを取り出して拭こうとした。
双面獣 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
花田の右手が身体を滑りながら洋袴ズボンの方に伸びて行く。何か不自然な身のこなしであった。洋袴の物入れには何があるのか。花田は急に笑いを頬から消し突然右掌を胸に上げたのだ。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
おせっかいなのが「坊ちゃんですか、お嬢さんですか。」教授、猛烈な近眼をぽかんとさせて「え? じょ、冗談じゃありません。まだひとりです。」道理で洋袴ズボンのお尻に穴があいている。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
身長五尺の上を出る事正に零寸零分、埃と垢で縞目も見えぬ木綿の袷を着て、帯にして居るのは巾狭き牛皮の胴締、裾からは白い小倉の洋袴ズボンの太いのが七八寸も出て居る。足袋は無論穿いて居ない。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
音楽家は洋袴ズボンの隠しから、銀貨を一つ取り出して掌面てのひらの上に載せた。
辮髪べんぱつを自慢そうに垂らして、黄色の洋袴ズボン羅紗らしゃの長靴を穿いて、手に三尺ほどの払子ほっすをぶら下げている。そうして馬の先へ立ってける。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蒼黒あをぐろい顔で、髪は枯草のやうに乱れ、額に大きな黒子ほくろがあつた。白いYシャツに、灰色の洋袴ズボンをはいて素足である。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
洋袴ズボンまくって水を渡ったが、これではとても届きそうにもない。マゴマゴすればせっかく近寄った函が、また長濤に乗って沖の方へと漂ってゆきそうな懸念がある。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ノウスカットは、洋袴ズボンのポケットへ手を突っ込んで、金を出す真似をして笑った。
土から手が (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
白ズボンに赤すじの入った洋袴ズボンをつけた海軍軍楽隊の男が、三人ぬかるみをとびこえ公園に入った。公園の入口にはウインネッケ彗星大歓迎会 音楽と映画の夕べと云う立て札が出て居る。
一九二七年春より (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
薄暗いかわらの方から今まで水浴をして居たらしく手拭てぬぐいで身体を拭きながら歩いて来る男が居る。上半身は裸だが将校洋袴ズボンを穿いた半身は、暗がりにそれと判るほどびっこを引いて居るのだ。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
風は洋袴ズボンまたを冷たくして過ぎた。宗助にはその砂をいて向うの堀の方へ進んで行く影が、斜めに吹かれる雨のあしのように判然はっきり見えた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
シャフスキンの半袖シャツを着て、茶色の洋袴ズボンをはいてゐるところは、ゆき子には安南人のやうにも見えた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
窓から差し込んで春の夕陽ゆうひを受けて鈍い光を放っている冷たい膚を、凝乎じっと眺めながら洋袴ズボンのポケットへ納めたのであったが、もちろん今私の全身をたぎらせている憤怒と無念さを
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
「だいぶ御邪魔をしました」と立ちける前に居住いずまいをちょっとつくろい直す。洋袴ズボンひだの崩れるのを気にして、常は出来るだけ楽に坐る男である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その人波をって、母親の姿を探しているらしいつえを突いた、ヨアンネス少年の顔が入口に見える。せいだけはほぼ当主とおっつかっつだったが、やっと長洋袴ズボンになったばかりの子供。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
小林はすぐ吸い残した敷島しきしまの袋を洋袴ズボン隠袋かくしへねじ込んだ。すると彼らのぎわに、叔父が偶然らしくまた口を開いた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その髪を両耳き上げて、たかい鼻、不思議そうに私を見守っている、透きとおるようなあおひとみ……真っ白なブラウスに、乳色の乗馬洋袴ズボンを着けて、艶々つやつやした恰好かっこうのいい長靴を、あぶみに乗せています。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
そこはまだ道路が完成していないので、満洲特有の黄土こうどが、見るうちに靴の先から洋袴ズボンひざの上まで細かに積もった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「また靴の中がれる。どうしても二足持っていないと困る」と云って、底に小さい穴のあるのを仕方なしに穿いて、洋袴ズボンすそ一寸いっすんばかりまくり上げた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眼のくぼんだ、煤色すすいろの、背の低い首斬り役が重たに斧をエイと取り直す。余の洋袴ズボンの膝に二三点の血がほとばしると思ったら、すべての光景が忽然こつぜんと消えせた。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その顔を見ると、やっぱり坑夫の類型タイプである。黒のモーニングにしま洋袴ズボンを着て、えりの外へあごを突き出して
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがてえんの片隅で燐寸マッチの音と共に、咳はやんだ。明るいものはへやのなかに動いて来る。小野さんは洋袴ズボンの膝を折って、五分心ごぶじんを新らしい台の上にせる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
男は黒き上着にしま洋袴ズボン穿く。折々は雪をあざむく白き手拭ハンケチが黒き胸のあたりにただよう。女は紋つきである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがて洋袴ズボン隠袋かくしへ手を入れて「や、しまった。煙草たばこを買ってくるのを忘れた」と大きな声を出した。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分は洋袴ズボンかくしから金貨を出して、むき出しにへえと云って渡すと、先生はやあすまんと受取りながら、例の消極的な手をひろげて、ちょっとてのひらの上で眺めたまま
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「靴ばかりじゃない。うちの中までれるんだね」と云って宗助は苦笑した。御米はその晩夫のために置炬燵おきごたつへ火を入れて、スコッチの靴下と縞羅紗しまらしゃ洋袴ズボンを乾かした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
中折の男は困ったなと云いながら、外套がいとうえりを立てて洋袴ズボンすそを返した。敬太郎は洋杖を突きながら立ち上った。男は雨の中へ出ると、すぐ寄って来る俥引くるまひきつらまえた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小林はホームスパンみたようなざらざらした地合じあい背広せびろを着ていた。いつもと違ってその洋袴ズボンの折目がまだ少しもくずれていないので、誰の眼にも仕立卸したておろしとしか見えなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)