きょく)” の例文
そのきょくあなたは私の過去を絵巻物えまきもののように、あなたの前に展開してくれとせまった。私はその時心のうちで、始めてあなたを尊敬した。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
されば孤独のわびしさを忘れようとしてひたすら詩興のすくいを求めても詩興更に湧き来らぬ時憂傷の情ここに始めて惨憺さんたんきょくいたるのである。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
狼狽ろうばいきょく逆上ぎゃくじょうしたようになっている音松を案内して、若侍は、かね命令いいつけられていたものらしく、ドンドン奥へ通って行く。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そのきょく鳥羽上皇に奉仕して熊野に来たりとどまりし女官が開きし古尼寺をすら、神社と称して公売せんとするに至れり。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
「泣いたり、怒鳴ったりするのは、まだ悲しみや怒りのきわみじゃない。悲痛のきょくは沈黙だ。沈黙が最も深い悲痛だ。」
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
更に最後に言って置くべきは、此のきょくついに死を讃美する、そして此れを希うという事が出来るのが当然である。
絶望より生ずる文芸 (新字新仮名) / 小川未明(著)
各藩相互に自家の利害りがい栄辱えいじょくを重んじ一毫いちごうも他にゆずらずして、その競争のきょくは他を損じても自から利せんとしたるがごとき事実を見てもこれを証すべし。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
老齢な袁紹は、日夜、数百里を逃げつづけてきたため、心身疲労のきょくに達し、馬のたてがみへうつ伏したまま、いつか、口中から血を吐いていたのであった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きょくの雪の様にいさゝか青味を帯びた純白のはなびら芳烈ほうれつな其香。今更の様だが、梅は凜々りりしい気もちの好い花だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
(恐らく澄心ちょうしんきょくとはこうした無音だろう。)しずかに、無気味に、降りて、その円弧の端が触れると
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
あとになって考えて見ても激昂げっこうきょく、目がくらんでしまって、何をしたのかハッキリは覚えていない。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
強いて破壊しようとすれば、ます/\苦悶が加わって来て、懊悩のきょくは発狂するような始末になる。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
天災地変の禍害というも、これが単に財産居住を失うに止まるか、もしくはその身一身を処決して済むものであるならば、その悲惨は必ずしも惨のきょくなるものではない。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
鈴江の行方についてはかくも、一方お千代の惨死体ざんしたいが、又もやカフェ・ネオンの三階に発見されて大騒ぎが始まった。またしても言うが、お千代の最後は惨鼻さんびきょくだった。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
高等遊民が出来ることを恐れて教育の手加減をするなどは愚のきょくだ。
六 勿論新星の出現はきょくの昔から二年目又は三年目ごとには有った。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
在獄中に出獄せば如何いかにせんこころざしを達せばかくなさんと、種々の空想に耽りしも、出獄もなくその空想は全くあだとなり、失望のきょくわれとはなしに堕落だらくして、半生はんせいを夢と過ごしたることの口惜しさよ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
もし我エルサレムをわがすべての歓喜よろこびきょくとなさずば
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
旅行費に千円とは、贅沢ぜいたくきょくのように勝代は思って
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
煩悶はんもんも坊ちゃんとしての煩悶であったのは勿論もちろんだが、煩悶のきょく試みたこの駆落かけおちも、やっぱり坊ちゃんとしての駆落であった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
門閥の人を悪まずしてその悪習を悪む所がその不平のきょくは、人から侮辱されるその侮辱の事柄をにくみ、ついには人を忘れてただその事柄を見苦しきことゝ思い
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そこで、僕に云わせると、失恋のきょく、命をなげだして、恋敵こいがたきと無理心中をやった熊内中尉は、大馬鹿者だと思う。鰻のにおいを嗅いだに終った竹花中尉も、小馬鹿こばかぐらいのところさ。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
丹波は、そう謎のようなことを口ずさんだが、その心中は悲壮のきょくです。斬られる覚悟。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
心痛のきょく一時的狂気の発作ほっさを起し、窓から飛降りる様なことになったのです。
半成牡はんせいぼも去り、そうして、かの絶倫なる諸王、ブル中の英雄たちも、不眠と絶食と間断なき性交とに、疲労困憊のきょくは、へとへとによろよろになってようやくに後から後からいて去るのだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そうしてそのきょくいつでも同じ言葉をかえすようになった。それは「ええまあどうかこうか生きています」という変な挨拶あいさつことならなかった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
不潔に頓着せず塾員は不規則とわんか不整頓と云わんか乱暴狼藉ろうぜき、丸で物事に無頓着むとんじゃく。その無頓着のきょくは世間でうように潔不潔、汚ないと云うことを気にめない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
三根夫は緊張のきょく、身体がぶるぶるふるえだした。
怪星ガン (新字新仮名) / 海野十三(著)
心配のきょくこわくなって、ちょっと立ち懸けたが、まあ大丈夫だろう、人間はそう急に死ぬもんじゃないと、度胸をえてまた尻を落ちつけた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
軍艦をもって脱走する者もあり、策士論客は将軍に謁して一戦の奮発を促がし、諫争かんそうきょく、声をはなって号泣するなんぞは、如何いかにもエライ有様ありさまで、忠臣義士の共進会であったが
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
煩悶のきょく尻尾しっぽをぐるぐる振って見たが何等の功能もない、耳を立てたり寝かしたりしたが駄目である。考えて見ると耳と尻尾しっぽは餅と何等の関係もない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
れば自国の衰頽すいたいに際し、敵に対してもとより勝算しょうさんなき場合にても、千辛万苦せんしんばんく、力のあらん限りをつくし、いよいよ勝敗のきょくに至りて始めて和を講ずるか、もしくは死を決するは立国の公道にして
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼女は昂奮こうふんきょく訴える所がないので、わざわざ自分をうたものとは思えなかった。だいち訴えという言葉からしてが彼女の態度には不似合であった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
云々うんぬんするのは恥辱のきょくである。退いて保護を受くるより進んで自己に適当なる租税を天下から払わしむべきである
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それを心得んで金のある所には理窟もあると考えているのはきょくである。しかも世間一般はそう誤認している。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
くいと云う念を通り過すと張り合が抜けてぼーとする。ぼーとしたあとは勝手にしろ、どうせ気のいた事は出来ないのだからと軽蔑けいべつきょくねむたくなる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
煩悶はんもんきょくそこいらを迷付まごついている血がさかさにのぼるはずである。敵のはかりごとはなかなか巧妙と云うてよろしい。むか希臘ギリシャにイスキラスと云う作家があったそうだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかしただ仮定だけでは、いかに臆病の結果幽霊を見ようとする、また迷信のきょく不可思議を夢みんとする余も、信力をもって彼らの説を奉ずる事ができない。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「君は構わなくってもこっちは大いに構うんだよ。その上旅費は奇麗に折半せっぱんされるんだから、きょくだ」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その尺度に合せざる作家はことごとく落第の悲運に際会せざるを得ない。世間は学校の採点を信ずるごとく、評家を信ずるのきょくついにその落第を当然と認定するに至るだろう。
作物の批評 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
物騒のきょく子規はとうとう骨になった。その骨も今は腐れつつある。子規の骨が腐れつつある今日こんにちに至って、よもや、漱石が教師をやめて新聞屋になろうとは思わなかったろう。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いっさいの声はことごとく彼の鋭敏なる神経を刺激して懊悩おうのうやむあたわざらしめたるきょくついに彼をして天に最も近く人にもっとも遠ざかれる住居をこの四階の天井裏に求めしめたのである。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
未来にこの法を超越した連続が出て来ないなどと思うのはきょくであります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「こいつは降参だ。ちょっと失敬して、流しの方へ出るよ」と碌さんは湯槽ゆぶねを飛び出した。飛び出しはしたものの、感心のきょく、流しへ突っ立ったまま、茫然ぼうぜんとして、仁王の行水を眺めている。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分がこの顔を一目見た時の感じは憐れのきょく全くこわかった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
実は疲労のきょく声を出す元気を失ったのだと知れた。
変な音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)