かさ)” の例文
また寒中などに太陽のまわりにかさが出来てその輪の横に光った処が出来、あたかも日が二つも三つも現われたように見える事がある
雪の話 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
実際今の袈裟は、もう三年前の袈裟ではない。皮膚は一体に光沢つやを失って、目のまわりにはうす黒くかさのようなものが輪どっている。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
中空ちゅうくうには大なるかさいただきしきいろき月を仰ぎ、低く地平線に接しては煙の如き横雲を漂はしたる田圃たんぼを越え、彼方かなた遥かにくるわの屋根を望む処。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たかしは彼の部屋の窓から寝静まった通りに凝視みいっていた。起きている窓はなく、深夜の静けさはかさとなって街燈のぐるりに集まっていた。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
笠の観念は、月がかさを着ると言ふ信仰によるものと、尊い神に直接あたらぬ様にすると言ふ、二つの信仰が、合したものであるらしい。
琉球の宗教 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
湿気のない、よく乾いた空気のなかに、いま崩れた岩の、こまかい粒子の粉が舞っていて、蝋燭を中心に、まるく光りのかさをつくった。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そのためか、燈火の火色はたえず揺らぎ、夜霧のかさがぼっとかかって、牧谿えがく遠浦帰帆の紙中の墨にまでにじみあうような湿度であった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
月を見ると道家は、すぐ老人のことばを思いだしてかさに注意したが、うっすらしたもやはあったが暈はなかった。道家はまたその草原くさはらの中を歩いた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
もう鏡は見まいと思うほど顔はげっそりと肉がこけて、目のまわりの青黒いかさは、さらぬだに大きい目をことさらにぎらぎらと大きく見せた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ぼうとした空に月がかさを帯びて、その光が川の中央にきらきらと金を砕いていた。時雄は机の上に一通の封書をひらいて、深くその事を考えていた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
夜になると、温度はいくぶん下がるけれど、その倦怠けんたいさと発汗の気味わるさ。湿気のかさが電灯の灯をとりまいている。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
月日つきひかさが、これをさゝふる水氣のいとき時にあたり、これをいろどる光を卷きつゝそのほとりに見ゆるばかりの 二二—二四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
かささえもない皓月をふり仰ぎながら、それに向って、声一杯訴えたい切なさが、胸をさき、あふれでようとするのであった。御覧の通りの仕儀なのでした。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そして思はず涙の浮びかゝつた私の眼から、ぼんやり明け近いかさをかぶつた燈火と、蝙蝠のやうに驛員たちの立つてゐる歩廊プラツトフオームが、見る/\中に後退あとずさつて行つた。
受験生の手記 (旧字旧仮名) / 久米正雄(著)
まず、通俗に伝うるところによるに、夜半に晴れわたりたる天気は永持ちせぬといい、月にかさあるは雨の兆しなりといい、夕日の輝くは天気の兆しなりという。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
大きい月のまわりに更に大きいかさがかかって、芝は湿っぽい夜の匂いを漂わせていた。遠くの隅の黒く見える這松の傍から、湯を貰って帰る婆さんの姿が現れた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼の女の青いひとみは海よりも廣く深く、眼瞼まぶたふちえ揃った睫毛まつげ鯨鬚くじらひげよりも長く、その周囲には鉛筆のに似た黒い物で、月のかさのような隈取くまどりが施されて居る。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その目にはかさがかかっているように思われた。いつになく感じがなまぬるくきた。頬の色も少し青い。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いつか日が暮れ夜となったが、十五夜の月が真丸に出て、しくものぞ無き朧月、明日は大方雨でもあろうか、かさを冠ってはいたけれど、四辺あたり紫陽花色あじさいいろに明るかった。
天主閣の音 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして深夜、僕にはいろんな人間のばらばらの顔や声や身振がごっちゃになっておぼろかさのように僕のなかで揺れ返る。僕はその暈のなかにぼんやりねむり込んでしまいそうだ。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
数歩向うに、河岸かし高壇テラースにある柱に、角燈がさがっていて、霧のかさの中にぼーっと光っていた。その少し先に、二、三の明るいガラス窓が見えて、一軒の小さな宿屋があった。
たった一つ点された鈍い裸電燈のまわりには、夜のしずけさがかさのように蠢いているようだった。まだ八時を少し過ぎたばかしだというのに、にわかに夜の更けた感じであった。
郷愁 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
春らしい風がそよ/\と吹いて、午後の太陽はどんよりと、大きなかさをかぶつてゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
しかしそのふちにある、指の幅ほどな紫がかった濃いかさは、昔なかったのである。
普請中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ひる間にくらべるとだいぶ風が出てきたので、寒いくらいだ。僕はそのときやっと気がついたのだが、部落の路には明りが少しもなかった。そして、真上にはかさのかかった大きな月が出ていた。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
その胃袋は野菜でみたされ くもつた神經にかさがかかる。
定本青猫:01 定本青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
かさがかゝつたやうに、微かに薄黒い隈が取られてゐた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
雨のこる萠黄もえぎの月の円きかさいまだ寒けれど遠く蛙啼く
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
月の周囲めぐりに濃きかさなして
清いかさきた月あかり……
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
月にはうかぶ月のかさ——
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
星のまはりの青いかさ
春と修羅 第二集 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
大きなかさをきて
(新字新仮名) / 竹内浩三(著)
月もおかさ
別後 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
ぼんやり浮いた月のかさ——その光りに、土手の道も仄白ほのじろく見えだした二、三町先から、ここへ指してまッしぐらに駈けつけてくる黒い影。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きわめて僅かな時間に、眼のまわりにかさがあらわれ、それが顔つきぜんたいに深い陰翳いんえいを与えた。眸子ひとみは大きくなり、きびしい光を帯びて耀かがやいた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
唯、姫の仰ぎ寝る頂板つしいたに、あゝ水にさし入つた月。そこに以前のまゝに、幾つもかさの畳まつた月輪の形が揺めいて居る。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
目のまわりも黒いかさをとっている。しかし大体だいたいの目鼻だちは美しいと言っても差支えない。いや、端正に過ぎる結果、むしろけんのあるくらいである。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
道家はほっとしてやるともなしに眼を月にやった。西に落ちかけた月の周囲まわりにぼうとしたかさがかかっていた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いつでも妙に寒寒さむざむとしてゐやがる。目を伏せてその伏せた目の薄いかさが、奴の痩せた膝小僧へ投輪みたいにヨボヨボと緩く幽かに落ちて行くのが見えるくらゐだ。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
突如、地平のはるか下から、白夜を押し上げるようにして、燦然さんぜんたる金色のかさが現われたからである。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
時雄は胸のとどろきを静める為め、月おぼろなる利根川の堤の上を散歩した。月がかさを帯びた夜は冬ながらやや暖かく、土手下の家々の窓には平和な燈火が静かに輝いていた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
目のまわりに薄黒いかさのできたその顔は鈍い鉛色をして、瞳孔どうこうは光に対して調節の力を失っていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
白眼のきわだった目のまわりに暗いかさのかかったような、素肌に袷を着たような姿を撮され
昨今の話題を (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
けれども彼の推察は月のかさのように細君の言外までにじみ出した。学問ばかりに屈託している自分を、彼女がこういう言葉でよそながら非難するのだというにおいがどこやらでした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かさをかむった月に照らされて、身長せいの高い肩幅の広い男が、窓の外に立っていた。
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私の夢はいつもそうした灯の周りにかさとなってぐるぐると廻るのです。私は一と六の日ごとに平野町に夜店が出る灯ともしころになると、そわそわとして、そして店を抜けだすのでした。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
月がかさをかぶれば雨であるとか、夕やけがすると天気の前兆であるとか、あるいは行灯あんどんの灯心にちょうができれば天気の兆候であるとか、鍋墨なべずみに火が付けば晴天の兆しであるとかいうごとく
妖怪学一斑 (新字新仮名) / 井上円了(著)
通された部屋にはもうあかりがともっていたが、それが濃い緑色の、深いかさの附いたスタンドなので、室内の上半部が薄暗くなっており、そのかげの中に、安楽椅子に腰かけている井谷の顔があって
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その胃袋は野菜でみたされ くもつた神經にかさがかかる。
蝶を夢む (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)