めぐ)” の例文
この時崩れかかる人浪はたちまち二人の間をさえぎって、鉢金をおおう白毛の靡きさえ、しばらくの間に、めぐる渦の中に捲き込まれて見えなくなる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
エミリウス・フロルスは同じ赤光あかびかりのする向側の石垣まで行くと、きつとくびすめぐらして、蒼くなつてゐる顔をはげしくこちらへ振り向ける。
細腰さいようは風にめぐり、鳳簪かんざしは月光にかがやき、しばらくは、仲秋の天地、虫の音までが彼女の舞にその鳴りをひそめてしまった風情ふぜいだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それが水平面と四十五度の角度を形づくつてゐる。その塀のやうな水が、目の舞ふほどの速度で、気の狂つたやうにぐる/\めぐつてゐる。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
ただ釈迦仏の三十二相(仏本行集経ぶつほんぎょうじゅうきょう、相師占看品)のみは最も具体的な描写であるが、しかし「皮膚、一孔に一毛めぐり生ず、身毛、上になびく」
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
文禄五年筆『義残後覚ぎざんこうかく』四に、四国遍路の途上船頭が奇事を見せんという故蘆原にある空船に乗り見れば、六、七尺長き大蛇水中にて異様にめぐ
あらゆる水と共に三度みたびこれにめぐらし四度よたびにいたりてそのともを上げへさきを下せり(これ天意みこゝろの成れるなり) 一三九—一四一
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
この涯しもないめぐりに旋る思念の渦巻のなかから、鏡ノ夫人のうつろな眼には、あの大海人の朱い真一文字の唇が、しだいに形をはつきりさせながら
春泥:『白鳳』第一部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
聖地の門をめぐりながら、よるとなく白日ひるとなく、蜜蜂すがるよ。いつか門は十字に閉され、花々は霜にこゞえた。蜜蜂よ。
希臘十字 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
学士はしばらくの間、プラットフォオムに立ち止まって、見送っていたが、ゆるやかにくびすめぐらして帰った。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
麦もあわ唐芋からいも落花生らっかせいも砂糖黍も食う。高倉はもと鼠を防ぐために、柱を高くした建物であるが、鼠はその柱に飛びついて、かつらつるのようにめぐりつつ登ってしまう。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
おれは身をめぐらしてその男を見た。おれの前に立っているのは、肥満した、赤い顔の独逸ドイツ人である。
(新字新仮名) / オシップ・ディモフ(著)
わがために謀るときは、最終の言葉を逍遙子に讓りおきて、わが軍をめぐらすにくものなからむ。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
下なるは上なる輻となれば、足を低き輻に踏みかけて、めぐるに任せて登るときは、忽ち車の上にあるべし。(アルバノの農車はいと高ければ、農夫等かくして登るといふ。)
勿論其の人の運命や身分や境遇や閲歴に就いて想像をめぐらすといふやうなことも無い。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
雪明りにすかしておしおの家が眼にとまった時、彼はぎくりとしたように足をめた。そして、ためらうように窓の明りをながめていたが、きゅうに足をめぐらして二歩三歩帰りかけた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
それを聞いてゐるクサンチスの心持は、不思議な、目に見えない手が自分の髪を掴んで、種々の印象がからくりのやうにめぐつて現はれる世界を、引き摩り廻すかと思ふやうであつた。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
フリツツはくびすめぐらして、ポツケツトに両手を入れた儘、ぶら/\広場へ戻つて来た。心中非常に満足して、凱歌を奏するやうに、「茶色のジヤケツはどこにも見えない」と思つて見た。
駆落 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
ソロドフニコフは本町の詰まで行つて、くびすめぐらして、これからすぐに倶楽部へ行かうと思つた。その時誰やら向うから来た。それを見ると、知つた人で、歩兵見習士官ゴロロボフといふ人であつた。
目まぐるしい蝿のひとむれめぐる。
メランコリア (新字旧仮名) / 三富朽葉(著)
くるりとめぐ弥生やよひかな
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
物皆めぐる如く見ゆ。
糸毛車のが閉じられるやいな、わだちはもとへめぐっていた。中宮の慟哭どうこくそのままに、車の姿も、中門の外へ、揺れ揺れ消えた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その後多年経て隣国また来り侵す。すなわち馬どもを使うて戦わしむるに、馬は久しく磨挽きばかりにれいたので、めぐり舞い行きあえて前進せず。
それから……。鏡ノ夫人の黙想は、この辺りからぐるぐるめぐりはじめて、しだいに烈しい渦巻うずまきになつていつた。
春泥:『白鳳』第一部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
小止をやみなき地獄の烈風吹き荒れて魂を漂はし、めぐりまた打ちてかれらをなやましむ 三一—三三
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
フランツは何と思ってか、そのままきびすめぐらして、自分の住んでいる村の方へ帰った。
木精 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
めぐる風なれば後ろより不意を襲う事もある。順に撫でて燄をけ抜ける時は上に向えるが又向き直りて行き過ぎし風を追う。左へ左へと溶けたる舌は見る間に長くなり、又広くなる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
目まぐるしいはいのひとむれめぐる。
メランコリア (旧字旧仮名) / 三富朽葉(著)
厖大ぼうだいな人数の輪が車形くるまなりめぐるように、徳川勢も鶴翼の陣形をそのまま向きをかえて、敵のまえに人間の堤をきずいた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仏の三十二相の第二は螺髪らほつ右旋うせん、その色紺青(『方広大荘厳経』三)、帝釈たいしゃく第一の后舎支しゃし、目清くして寛に、開いてあり、髪青く長く黒く一々めぐる(『毘耶婆びやば問経』下)。
ドュルタルは現世界に愛想あいそをつかして、いっその事カトリック教に身を投じようかと思っては、幾度いくたびかその「空虚に向っての飛躍」を敢てしないで、袋町からくびすめぐらして帰るのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
どこか突いた気はしたが相手にはこたえがない。源内兵衛はいらって、竹槍を投げすて、腰の野太刀をひき抜いた。そして狂いめぐる駒の鞍わきを追い廻して
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その席に要離ようりなる者あって、勇士とは日と戦うにかげを移さず、神鬼と戦うにきびすめぐらさずと聞くに、汝は神に馬を取られ、また片目にまでされて高名らしく吹聴ふいちょうとは片腹痛いと笑うたので
依然として平坦な会話の調子を維持しているにもかかわらず、無理に自分の乗っている船の舳先へさきめぐらして逆に急流をさかのぼらせられるような感じがして、それから暫くの間は、独りで深い思量にふけった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「散るな、崩すな、まんまると円陣をむすび、円をめぐらしながら北進せよ。——味方の旗を離れて遠く戦うなよ」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを聞いて駒また妻の双足を舐り跪くと妻も可愛く思う。駒はちてあるいは固まりあるいはいまだ固まらぬ諸多の瓦器の間を行きめぐるに一つも損ぜず。珍しく気の付いた駒と妻が感じ居る。
ひとつの山陰をめぐって、次の視野へ出たときなのである。——見るとなるほど、彼方の山腹にひとかたまりの兵がたむろしていた。向うでも驚いたとみえる。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤とんぼの潮流が、青空を清々すがすがめぐってゆく。——犬千代は黙々と、ひとり駒を清洲の方へかえして行った。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
果てなく退がってばかりいる浜田某の呼吸いきを数えながら、死の淵まで押してゆくように、彼が一退すれば、彼も一進し、彼が横へめぐれば、彼もさっと、横へ旋って
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
れんのすそが大きく揺れて、紛々とうごいた白い花屑が、狂ッた人影を、妖虫のようにめぐって舞った。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
凄まじい風が座に起って、武蔵のひじが描く二挺の鉄砲の渦は、さながら苧環おだまきめぐるように見えた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それをきっかけに、踊りの輪はまた、めぐりだした。だが信長主従は、もう輪の中にいなかった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分の体じゅうをめぐっている血液と、その太陽の赤いものとが、ひとつみたいな気がして来た。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すわ、大事と見たので、呂蒙りょもうが楯を持って、ふたりの間へ飛びこんだ。そして巧みに、戟の舞と、つるぎの舞を、あしらいつつ、舞いめぐり舞い旋り、ようやく事なくその場を収めた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
巨大な鉄鎖てっさ連環れんかんがたえまなくめぐり旋り近づいて来るので、戦闘力の鋭角はどこにあるかといえば、そうしているまに敵の先陣と体当りした所がすぐそのまま鋭角となるものだった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……失敗するにきまっている。さあ、その先は、どんなふうに風雲がめぐるか」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老齢七十六の武者大島雲八は、海老えびのように曲った腰にも、なお一筋の槍は手離さず、一礼して立つと、大鎧にかためた身を重たげにめぐらして、そこからゆさゆさとあとへ引っ返して行った。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
惨々さんさん幽々ゆうゆう、なにか霊壇れいだんを吹きめぐる形なきものが鬼哭きこくしてでもいるようだ……
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、おそる畏る封を除くと、紙質のちがった、べつの一書があらわれた。……と、故人の鬼魂きこんがそこらをめぐッて啾々しゅうしゅうと生き身に何かを訴えるようだった。——高氏は、指のふるえを禁じえない。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)